11話 ~魔力切れ~
「た……隊長さん!?」
「う……ぐ、うぅ」
民家の壁にたたきつけられた彼の右足は、反対方向に折れ曲がっていた。
その上、するどいツメでえぐられたらしく、肩口から腹まで裂けた、見るも無残な深い傷口があった。
ドバドバとおそろしい量の血があふれ、見たこともない人体構造の中身が視界に入ってくる。
痛い。苦しい。
目をそむけたくなるほどの惨状だった。
ひとりで。ひとりで、こんな魔物の相手をしたから……!!
隊長の口からは、とぎれとぎれにうめき声がこぼれている。
意識はないのか、青色を通り越して蒼白なまぶたは閉じられてしまっていた。
――死。このままでは、死ぬ。
今までの誰より悲惨な状態に、ガンッと頭を殴られるような恐ろしい死の実感が襲い掛かってくる。
「……っ、隊長さん! 今、助けますから……!!」
皮膚に、腕に、体にめぐる、すべての力を。
彼の体を治すために、命をつなぎとめるために、注ぎ込む!
パチパチと、肌の表面にソーダのような力がはじける。
制御できないほどの力の奔流が、体のあらゆる部分から巡りめぐって、手のひらに集約される。
「傷も……痛みも……ぜんぶ、全部消えて……!!」
すべてを、元通りに。
傷口も、折れた足も、流れてしまった血も、すべて元通りになるように!
ぽかぽかと、全身に熱が沸き上がる。
みなぎった力を、すべて、この目の前の隊長に!!
手のひらに集約された力に、金色の光が宿る。
直視できないほどのまばゆさは、私の手のひらから隊長に降り注ぎ、彼の体すべてを覆いつくした。
「え……あれ、あたし……??」
光の中で、金色の彼のまつげが震えて、赤い瞳が開かれた。
キラキラと、光がだんだんと薄れるにつれて、頬っぺたの擦り傷がなくなり、腹の傷もふさがっている。
折れた足は元の位置に戻って、白かった肌には暖かい色が戻った。
手のひらをどかしても、金色の光は彼の体を治すようにチカチカとまたたきながら飛び回り、そして――すぅ、と消えた。
「あ、れ……? 傷が、足が……」
隊長が、ぽかん、とあっけにとられた顔で体を起き上がらせた。
二本足でしっかり立つ彼の体には、さきほどまでの傷はひとつも残っていなかった。
「隊長さん!! よかった、よかった……!!」
私が半泣き状態で両手を上げると、彼はギョッとした表情でガシッと肩をつかんできた。
「あ、あんた、戦場に入ってきちゃダメでしょう!!」
「え、あ、すいません……!! でも、ケガした人をみて放っておけなくて」
「え、なに、どういうこと!? 傷、あんたが治してくれたの!?」
「ええ、実はそのようで……能力に開眼したというか、なんというか」
「ッ、危ない!!」
のんきにエヘラエヘラと笑っていると、目をカッと開いた隊長に、グッと腕を引き寄せられる。
「えっ?」
ゴッ、と風を切るツメに、エプロンのすそがちぎれた。
獣の放つ強烈な臭気が、真横を一瞬で通り抜ける。
「ひぇっ、わ、ま、魔物が……っ!?」
「危ないから下がってなさい!!」
つかまれた腕がすぐさま離され、決死の形相をした隊長がオオカミの魔物に向かって走り出した。
しかし、向かう相手は三匹だ。
現状、私は回復魔法しか使えないけど、どうにかして手助けできないだろうか。
やきもきしつつ、魔物と相対する隊長を見守っていると、三匹のうちの一体が、チラッと視線を私へ向けてきた。
(ん? なんだろう……覚えがある、ような)
私がジーッと見つめ返すと、オオカミの魔物はまるで笑うようにニヤッと口を釣り上げた。
(やっぱり……アイツ……最初、私を襲ってきたヤツだ!!)
この村にくるときに追いかけられた、巨大なオオカミ。あれに違いない!!
「待ちなさい!! そっちへはいかせないわ!!」
オオカミの視線に気づいた隊長が、すばやい身のこなしで遮るように立ちふさがった。
しかし、振りかぶった魔物のツメが、彼の体を遠くへ吹き飛ばす。
「あ……隊長さん!?」
「ぐうっ……!!」
ドォン!!
樹にたたきつけられた彼の体は、そのままドサリと地面に倒れ、手足をぐったりと伸ばしてしまった。
(もしかしたら、軽い脳震盪でも起こしたのかもしれない……!!
すぐに、治療しにいかないと……!!)
そう思い、ザッと足を動かそうとしたが、オオカミの魔物の三体の目が、すべて私に向いていることにも気が付いてしまった。
「……狙われてる……??」
もし、今、隊長のもとへ駆け寄ったら、この魔物たちまでついてくるかもしれない。
ならば今は、さきに彼らの注意を引くことを考えないと。
グッと大地を踏みしめて足を踏ん張ると、どうにか対抗手段はないだろうか、と脳内で策を巡らせる。
私が使えるのは、現状回復魔法だけ。
でも、回復が使えるのなら、きっと攻撃魔法だって使えるはずだ。
炎を生み出すとか、水を湧き出させるとか、土を操る、とか。
なにか――なにか、できるだろう、きっと!!
再び、全身にめぐる力を、手のひらへと集中させる。
私が準備態勢に入ったのを見てか、オオカミの魔物三匹が、私へ向かって駆け出してきた。
すぐに反撃しないと、やられてしまう!!
「え、えぇと……ほ、炎? それとも水? えっと、土、風……ああ、どうしよう……!!」
ドタドタドタと、四本脚を駆使して魔物たちが襲い来る。
巨大な体躯が、すさまじい勢いをともなって向かってくる。
戦わなければ。
彼らを、倒さなくては――!!
(でも、怖い……ものすごく、恐い……っ!!)
耳元まで裂けた口からは、鋭いキバがズラッと並んで見える。
瞳は血走り、緑の毛は逆立って、走りよってくる足のツメは刃物のようだ。
あのツメが少しでも肌に触れてしまえば、肉なんて一瞬で裂けてしまうだろう。
この場から逃げ出したいほどの恐怖が襲い掛かってくる。
怖くて、恐ろしくて、逃げ出したい。
戦わなくちゃいけないのに。
隊長たちを、グリューたち少年兵を、傷を負ったたくさんの人たちを、守らなきゃならないのに!!
ガクガクと足が震えた。
無意識のうちにズッ、と後ずさった足に気づいて、そんな自分に自己嫌悪が浮かぶ。
ダメだ、このままじゃ。
立ち向かうんだ。せっかく、すごい力があるのなら!!
「――来い、ッ!!」
目を細め、両手を突き出す。
魔物を、倒す。倒して、隊長たちを救うんだ!!
グルル、とオオカミたちのうなり声。すでに、正面まできている。
ぐわん、と振りかぶられたツメが、すぐ眼前に迫った。
突き出した両手に、意識を集中させる。魔力を、すべての力を放出する――!!
「……あ、れ??」
しかし、ついさっきまで、アレだけみなぎっていたはじけるソーダのような感覚が、ない。
まるで、消え失せてしまったかのように、体は元通りだ。
「ま、まさか、魔力切れ――!?」
こんなタイミングで、そんなバカな!!
両手を前に突き出したまま慌てたものの、魔物たちは当然待ってくれなかった。
三匹の魔物たちが、キバをむき出しツメを振りかざし、私の肌を割き肉を食らおうと、大きく口を開けて迫ってくる。
「ちょっ……えっ、い、いやだ、うわぁぁぁああ!!」
死にたくない。死にたくない!!
思わず両手で頭を抱え込み、その場にしゃがみこんだ瞬間だった。




