【結の部】地図から消えた平原、心に刻まれた約束
第七次カルディナ会戦は、両軍共に「勝者なし」という結果で幕を閉じた。
より正確に言うならば、「判定不能」である。
なにしろ、勝利条件であるはずの「平原の制圧」をしようにも、その平原自体が物理的に消滅し、巨大なカルデラ湖(温泉付き)に変わってしまったからだ。
帝国軍の本営テント。
そこで頭を抱える男たちがいた。帝国の参謀本部である。
「……報告します。今回の会戦における我が軍の損害は、鎧の溶解が三千、武器の蒸発が五千、そして『心の傷』による退役希望者が一万人です」
「敵軍の損害は?」
「ほぼ同数かと。あと、周辺の生態系がリセットされました。地図職人が『もう仕事をしたくない』と泣きながら辞表を出しています」
参謀総長は天を仰いだ。
この戦争は一体なんなのか。我々は何と戦っているのか。
そんな重苦しい空気が流れる本営の隅で、一人だけ花が咲いたようなオーラを放っている男がいた。
黒の軍神、ゼギウスである。
彼は兜を脱ぎ、人知れず手鏡を見つめながらニヤニヤしていた。兜の下の素顔は、無精髭一つない、驚くほど整った美青年である。
「(ふふっ……思い出すなぁ。あの時のリリアナとの共同作業……)」
彼はドラゴンを消滅させた瞬間の、あのピンク色の閃光を反芻していた。
彼にとってあれは、ケーキ入刀ならぬ「ドラゴン入刀」。初めて二人で成し遂げた愛の結晶だ。
「(しかも、別れ際に彼女は言った。『また会いましょう』と。あれは明らかに、次はプライベートで……いや、戦場という名の逢瀬を楽しみたいという誘いだ!)」
ゼギウスは拳を握りしめる。
初デート(会戦)は成功だった。ならば、次はさらなるステップアップが必要だ。
「副官!」
「は、はいっ! 何でしょう閣下! 処刑ですか!? 私、何か粗相を!?」
「次の会戦はいつだ?」
「え……? は、早ければ来月にも、国境の『嘆きの渓谷』で小競り合いがあるかと……」
「よし。至急、開発局に連絡を入れろ」
ゼギウスは真剣な眼差しで命じた。
「次回の作戦には、『指輪』を持っていく」
「ゆ、指輪……ですか?」
「ああ。直径十メートルくらいの、ミスリル合金製の円月輪だ。外周にはダイヤモンドの刃をつけて、回転させると虹色に光るやつを頼む」
「それは指輪じゃありません! 巨大投擲兵器です!!」
副官のツッコミは無視された。
ゼギウスの脳内では、その巨大なチャクラムを「僕の気持ち(リング)だ」と言って投げつけ、リリアナが「まぁ素敵(斬新な攻撃)!」と受け止めるシミュレーションが完成していた。
◇
一方、王国軍の王城。
その一室にある、天蓋付きのベッドの上で。
白銀の聖女リリアナもまた、枕に顔を埋めて足をバタバタさせていた。
「んん〜っ! 思い出しちゃう! あの時のゼギウスの横顔!」
彼女は完全に乙女モードだった。
戦場での凛とした姿はどこへやら、今はパジャマ姿でクッションを抱きしめている。
「(あのドラゴンが現れた時の、彼の不機嫌な顔……。『俺の女に手を出すな』って言ってるみたいで、最高に痺れたわ!)」
彼女の記憶は、都合よく改竄されていた。
実際には「俺の獲物を奪うな」と言っていただけなのだが、恋する乙女の耳には愛の囁きにしか聞こえない。
「(別れ際の約束もしたし、次のデート(戦争)が待ち遠しいわ。……そうだ、次は手作りのお弁当を持っていこうかしら)」
リリアナは起き上がり、執事を呼びつけた。
「爺や、最高級の食材を用意してちょうだい」
「お嬢様、何をお作りになるので?」
「お弁当よ。……戦場でも冷めないように、発熱魔法を付与した容器に入れて。中身は、彼の精がつくように、マンドラゴラの姿煮と、ドラゴンの尻尾のステーキ。隠し味に、惚れ薬(猛毒指定の魔法薬)を一瓶まるごと入れるわ」
「お嬢様、それはお弁当ではありません。生物化学兵器です」
執事の忠告もまた、空回りするだけだった。
リリアナは窓の外、東の空を見上げる。
そこには、愛しい人が住む帝国の空が広がっている。
「待っていてね、ゼギウス。次はもっと熱い、私たちだけの時間を過ごしましょう?」
◇
こうして、伝説の「第七次カルディナ会戦」は幕を閉じた。
だが、それは新たな伝説の始まりに過ぎなかった。
これ以降、大陸各地で謎の現象が多発することになる。
直径十メートルの指輪が山を削り取る事件。
お弁当箱が爆発して要塞が吹き飛ぶ事件。
「夜景を見に行こう」という理由で、深夜に戦略級照明魔法が放たれ、白夜が発生する現象。
世界中の人々が震え上がった。
「帝国と王国が、ついに最終兵器を投入し始めた」と。
「世も末だ」と。
しかし、真実を知る者はいない。
これは戦争ではない。
ただ不器用すぎて、規格外すぎる二人が、世界を巻き込んでイチャついているだけなのだということを。
恋する軍神と、夢見る聖女。
二人の恋が成就し、世界に平和(と静寂)が訪れる日は来るのか。
あるいは、その前に大陸が消滅してしまうのか。
それは、神のみぞ知る――いや、神ですら「巻き込まれたくない」と逃げ出す、迷惑極まりない愛の物語である。
(完)




