第6話「バトル班の優しい狂犬・後編」
一戦目ではチーターに負けてしまった新堂。
だが彼の瞳に、闘志の炎は消えていなかった……
第二戦。
新堂の動きは、先ほどとはハッキリと違っていた。
さっきは真正面から追いかけていたが、
今度はギリギリ射程の外を、円を描くように回り始めた。
魔導士が撃つ。
新堂が避ける。
また撃つ。
また避ける。
「新堂さん、逃げ回ってる……?」
運用メンバーが心配そうに息を呑む。
「いや、わざと同じ距離を保っているんです、これは」
瑛士は、モニターを見つめたまま言った。
「三パターンのうち、
どれを優先して使ってくるか、絞り込んでいるんでしょう」
一戦目と違うのは、ただ食らっているわけではないということだった。
わざとギリギリで身をかわしたり、
逆に早めに回避を入れたりしながら——
相手のマクロがどの条件で、どんな対応をするのか、
少しずつタイミングをズラして探っていく。
「……はい、今のでパターン1の動きは読めたっス」
新堂がつぶやく。
そしてそこから、戦況は少しずつ変わっていった。
回避→前ステップ→通常攻撃一発。
少しずつ、「こちらのターン」が混じり始める。
「当たった……!」
観戦チームから小さな歓声が漏れる。
しかし、まだ勝負は五分と五分だ。
体力ゲージはお互い赤、どちらが倒れてもおかしくない。
「……ま、ここからっス」
新堂の口元が、わずかに上がった。
次の瞬間、魔導士が決め打ちの設置魔法を置く。
さっきまでなら、それで完全に新堂の逃げ道を塞げたはずだった。
——だが。
新堂のキャラは設置地点のギリギリ外側に立ち、一瞬だけ動きを止めた。
いかにも「ここから先には踏み込めません」
と、言わんばかりの立ち位置を見せることで、相手のマクロに次の一手を選ばせる。
そして、その反応が出た瞬間——。
「……今だ!」
設置魔法の硬直が切れる、そのちょうど「境目」のフレーム。
そこへ、ステップイン。
「んっ!?」
観戦していたメンバーの一人が、予想外の動きに思わず声を漏らした。
新堂がギリギリで踏み込んだ一歩は、敵の不正ツールの想定を覆した。
相手は安全な場所まで逃げ帰ったつもりだったが、それこそが新堂の『狙い目』だった。
魔導士が後ろに逃げるのを読み切って、
すでに新堂は、その場所で剣を構えていた。
【Arena】《Root0》:な、なんでそこにいるんだよ!?
カウンターヒットを受けて、魔導士がよろめく。
さらにそこから、剣士の最大コンボが寸分の狂いもなく叩き込まれていった。
——そして。
体力ゲージを全て削り取られ、魔導士が膝をつく。
【System】《WINNER:Shindo_Test》
「おお、新堂さん、取った……!」
観戦陣がどっと沸いた。
【Arena】《トウヤ》:え、今の当たる??
【Arena】《Siegfried》:……タイミングおかしくね?
【Arena】《Broken_Sword》:でもラグじゃなさそうだしな
同時に、観戦していたテスターたちの混乱も伝わってくる。
新堂は肩で息をしながら、ヘッドセットを少しずらした。
「ふぅ……ま、これで一勝一敗。
ラスト一戦で本気出しますわ」
瑛士はモニターから目を離さずに、小さくうなずいた。
「つまり今のは……対策のための、試運転ってことですね」
「そうっス。本番は、三戦目からっスよ」
観戦スタッフの、新堂に送る目の色が変わった。
* * *
第三戦のカウントダウンが始まる。
3
2
1
——Start!!
開始の瞬間、新堂は一歩も動かなかった。
代わりに、ほんの数ミリだけスティックを倒し、
微妙な距離のまま、じりじりと横移動を開始する。
魔導士の詠唱が始まり、いつものように初動が来る。
——その瞬間。
新堂の表情が、ふっと変わった。
ゴクン、と喉が動くと、
口を半開きにして、上の八重歯を舌でぺろりと舐める。
そして目を見開いて、ニカッと笑った。
それは普段のちょっと頼りないポニーテールの青年ではなく——。
獲物を見定めた、猟犬の目だ。
「いただき!」
呟いた瞬間、画面の戦士が弾かれたように動き出す。
一歩目のダッシュ。
魔導士が硬直キャンセルで距離を取るが、
その逃げ先を潰すように、間合いを詰める。
「そこ!」
回避ボタンと攻撃ボタンが、小気味よいリズムで刻まれていく。
新堂の動きには、余計な入力の隙間がひとつもない。
攻撃が飛んでくるより早く、安全な位置へと先回りして移動している。
観戦モニターの前で、メンバーの一人が息を飲んだ。
「……これ、ラグじゃないの?
本当は当たってないのに、回線の遅れでズレて見えるやつ」
「違います。新堂さんは予測しながら動いています」
戦闘ログの画面から目を離さないままで、瑛士が静かに言う。
「マクロは、相手の入力に反応します。
でも新堂さんは、その一手の先を読んで動いてる」
そこから先は新堂の独壇場だった。
まるでチェスの上級者と、定石だけ覚えた初心者のような、
一方的な戦いが繰り広げられていく。
魔導士が足元に設置魔法を置く。
そこから彼が安全圏まで戻る方法は、大きく分けて三つ……
まっすぐ後ろに下がるか、斜め左後方に逃げるか、斜め右後方に逃げるか。
新堂の戦士は、その三つの逃げ道の「交点」になる位置まで、すっと滑り込んだ。
魔導士がどの退路を選んでも、瞬時に斬りかかれるポジションだ。
いわば、逃げ道そのものを先に抑える『出口待ち』の戦略。
「はい、パターン1終了」
新堂は何事もなかったかのように呟いた。
そして次の攻撃も難なく回避し、魔導士の動きも全て読み切って躱す。
「パターン2も終わり」
新堂は、敵の攻撃エフェクトを見て回避しているわけではない。
頭の中ではすでに、相手の行動パターンが組み上がっているから——
相手が動くより「先」に最適な位置を割り出している。
結果として、ツールを使って絶対に有利な立場にいるはずの相手が、後手に回り始めているのだ。
【Arena】《Siegfried》:え、今の避け方おかしくね?
【Arena】《Broken_Sword》:ラグ? それともこっちがラグってる?
【Arena】《トウヤ》:今の距離なら普通は絶対食らってるって……
チャット欄には、
「目の前で何かおかしなことが起きている」
と、気づき始めたプレイヤーたちの、戸惑いが一気にあふれ出した。
「んじゃ、フィニッシュ!」
新堂が、一瞬だけ深く息を吸い込む。
【Arena】《Root0》:おい運営、なんか仕込んでんだろ!?
対戦相手は、すでに余裕を失っていた。
そして、あからさまに焦って攻めに回ったのがわかった。
さっきまでは一定だった魔法のタイミングに、乱れが生じている。
新堂の口元が、不敵に歪む。
「……そこでビビったら、もう勝てねーぜ?」
戦士は盾を下げ、ガードを解いて見せた。
誘うために、わざと見せる隙。
しかし、焦りに目が眩んだ魔導士には新堂の本意が読めない。
チャンスと判断した相手は、一気に最大火力コンボを叩き込んだ……
が、
——その直前のフレームで、新堂は当然のようにその攻撃を全てガードした。
「ふぁっ!?」
信じられない光景に、観戦組のひとりが思わず変な声を上げた。
【Arena】《トウヤ》:は?
【Arena】《Siegfried》:今のどうやってガードしたんだよ?
【Arena】《Broken_Sword》:……人間の反応速度じゃ無理じゃね?
同時にチャット欄もざわつく。
一見、人の動きには見えないほどの超反応。
だがそれは、ツールのパターンを読み切った人間のみが可能にする、精密な手動入力だった。
そこから先は、一方的だった。
ガードからの確定反撃。
スタン。
そしてスタン中に叩き込まれる最大コンボ……。
最後の一撃が決まった瞬間——
魔導士は、なすすべもなく地面に伏した。
【Arena】《Siegfried》:すげえ……運営、ちゃんと勝った……
【Arena】《Broken_Sword》:やっぱPvP、こうでなくちゃな
「おぉぉぉぉ!」
観戦スタッフも、思わず声を上げる。
【System】《WINNER:Shindo_Test》
その文字を確認すると、新堂はふっと肩の力を抜き、椅子にもたれかかった。
——そして元の、人懐こい青年の顔に戻る。
「……ふぅ。お疲れっした!」
* * *
「…………」
しばし、皆は言葉を失っていた。
「今の……チーター側から見ても、何が起こったのかわからないんだろうな」
「うん、俺も正直よくわからんかった……」
スタッフ間での感想戦が始まった。
しかし、誰も本当に何が起きていたのかを把握できていない。
あんな読みも動きも、できるとは思えない。
……人間には。
「でも新堂さんの動きは全部、正規操作ですよ」
瑛士は、ログを確認しながらうなずいた。
「ラグも、補正も、変なパケットも飛んでない。
全部ゲーム内の仕様どおりです」
皆は息を飲んだ。
「ということは、つまり……」
「ああ……やっぱバケモンだな、あの人」
誰かが、ぽつりと言う。
「狂犬だよ、あれは」
それを聞いて、ぷっ、と瑛士がコーヒーを吹き出した。
「いや、ほら。やばかったですもん、さっきの新堂さんの顔」
「……顔?」
「モニター前で、口半開きにしてさ。八重歯ぺろっと舐めて、
笑いながら目ぎらぎらさせてんの」
運用メンバーの一人が真似してみせる。
「あれは……獲物を見つけた獣の顔だよ」
「……あー、わかるような……」
瑛士もさっきの新堂の横顔を思い返して苦笑した。
「あの顔で『パターン三つだな』とか冷静に言い出すんですよね」
「で、最後には当然のように全部噛み砕いてる。
……やっぱ狂犬でしょ」
「バトル班の狂犬……ですかね」
「そうそう、『バトル班の狂犬』!
……榊原さん、さすがいいネーミングセンスです」
そんな会話をしていると、当の本人が、ヘッドセットを外しながら近寄ってきた。
「サカキさん、ログ検証の方どうっスか?」
「問題なしですよ。……てか」
瑛士は新堂の方をクルリと向き直った。
「新堂さん——ほんとに人間?」
「ちょw失礼なww
どっからどう見ても人間でしょー、俺!」
「…………」
「なんスかその沈黙は! みんなそんなこと思って見てたの!?」
「……いや、新堂さんすごかったっス」
「なんていうか、俺らの無念晴らしてくれて、ありがとうございます……」
「へへっ。見直した?」
開発室に笑いが広がる。
新堂も笑いながら、エナドリの残りを一気にあおる。
「……でもまぁ」
モニターに表示された《WINNER》の文字を、もう一度見つめる。
「ツールで荒らされるの、やっぱムカつくんで。
そういうのは、こっちでちゃんと倒しておかないと」
その言い方があまりにもさらっとしていたので、運用メンバーの一人が、思わず呟いた。
「……さすが狂犬」
「は? 何スかそれ」
皆の視線が、一斉に新堂に集まる。
「えっ? ……ひょっとして俺のことっスか?」
「うん。今決まりました」
瑛士は笑いをこらえながら、肩をすくめた。
「バトル班の狂犬」
「いやいやいや、それ褒めてます!?」
「褒めてますよ。
——プレイヤー側からすれば、『不正に噛みついてくれる人』は、いてくれたほうがいいですからね」
新堂は一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、照れくさそうに頭をかいた。
「……じゃ、またいつでも噛みつきますわ。
悔しさを飲み込んだ、ユーザーさんの代わりに」
そして、八重歯を剥き出してニカっと笑った。
* * *
その日から新堂直希は、社内でこっそりと、
『バトル班の狂犬』と呼ばれるようになった。
ユーザーの秩序とゲームの誇りを守る、
少しだけ乱暴で、とんでもなく優しい……
一匹の『番犬』として。
// End of this commit.
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
少しでも「新堂、おもしれーやつじゃん!」と感じていただけていたら、とても嬉しいです!
新堂くんのモデルは作者のリアル友人、という話は『いもモー裏話』にもアップしましたが、実は口許をべろんと舐めるクセもその人からいただきました(*´ω`*)
。❅┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❅。
【PvPバトル回ミニ用語集】(バトル班の狂犬ver.)
◆ラグ
通信の遅延により、実際の状況と画面表示のタイミングがズレてしまう現象。
「こっちでは避けてたのに、当たってる判定になる」タイプの不幸の9割くらいは、だいたいこれのせいにされる。
本当にラグなのか、単なる反応の遅さなのか——
それを見極めるのが、一番難しい読み合いなのかもしれない。
◆カウンターヒット
相手の攻撃の「出がかり」にこちらの攻撃をぶつけること。
先に振った側が、逆に一番大きなダメージをもらってしまう、格闘ゲームあるあるな現象。
読み勝ってカウンターを通した瞬間、観戦勢のテンションは一気に跳ね上がる。
◆ガード → 確定反撃
ガード:相手の攻撃を防ぐ行為。ダメージを減らしたり、ノーダメージにしたりする。
確定反撃:ガードした後、「相手の硬直が長すぎて、こちらの攻撃が必ず間に合う」ポイントで入れるお仕置きの一撃。
◆スタン
一定条件を満たすと、キャラがしばらく硬直して動けなくなる状態異常。
頭の上に星が飛んだり、ぐるぐる目になったりする、あれ。
やられた側は「ちょ、動けないんだけど!?」となるが、
やった側にとっては「ここからが本番」である。
◆バトル班の狂犬
この短編のタイトルにもなっている、新堂の社内あだ名。
もちろん危なかったり凶暴な人ではないが、
・不正を見ると噛みつきに行く
・パターンを読んだ瞬間の目つきが完全に獣
・気づいた時には相手の牙を全部折っている
という理由で付けられた、最大級の褒め言葉。
ユーザー視点から見れば、
「ズルするやつを代わりに木っ端微塵に噛み砕いてくれる、ちょっと頼もしすぎる番犬」
くらいのイメージで読んでもらえるとちょうどいい。




