第5話「バトル班の優しい狂犬・前編」
バトルプランナーのポニテの兄ちゃん。
軽そうなノリで、いつもエナドリ片手に笑ってるけど——
この人、どうして社内で『狂犬』なんてあだ名がついてるの?
今回は、そんな疑問にお答えするべく、彼が『狂犬』と呼ばれるようになったきっかけのエピソードをお届けします。
※対戦ゲーム用語がいくつか出てきますが、いつものように、後書きに「読んで楽しい用語解説」をご用意しておりますので、まずはふわっと雰囲気でお読みいただいて大丈夫です!
それは、ティルナノ正式サービス開始前のこと——
クローズドβテスト用サーバーでは、
PvPバランス検証も兼ねた公式イベントが行われていた。
* * *
「ん? ……なんか、コイツ動きおかしくないっスか?」
モニターの前で腕を組みながら、バトルプランナーの新堂直希が眉をひそめた。
開発室の片隅に設置された簡易モニタールームでは、
テストプレイヤーたちが操作するキャラの姿が、観戦用カメラに次々と映し出されている。
テスト参加者同士が、三戦二本先取ルールで腕を競う、一対一の決闘大会。
今日は、その最終戦が行われている日だ。
「この垢……さっきから全部、同じパターンで勝ってるみたいなんスけど」
「動き方が不自然、ということですか?」
隣でコーヒーを飲んでいた、チーフディレクターの榊原瑛士がモニターを覗き込む。
「不自然ってか……
人間らしいミスが一個もないんスよね」
画面の中では、黒いローブの魔導士キャラが、また一人相手を倒したところだった。
回避と射線切り、スキルの回し方、硬直の切り方。
どれを取っても教科書のように無駄がない。
……いや、無さすぎる。
「毎試合、同じフレームで回避出してますね、あれ。
入力ブレがゼロって、さすがに有り得ないっスよ」
「ふむ……」
瑛士はウィンドウを開き、戦闘のログをチェックした。
「……そうですね。入力タイミングとログの揺れ方から見ても、完全に機械的です」
普通に人間がプレイしていたら、こんなに揃った数値にはならない。
「外部ツール経由でパケットいじってますね。チート確定っス」
「まあ、正式サービス前に見つかっただけ、まだマシと思うべきですかね」
「っスね、さっさとBANしちゃいましょうよ」
「いや、それができれば早いんですけどね……」
瑛士は天井を仰いだ。
「証拠取りと挙動解析をして——
つまり、ちゃんと戦ったログを残しておかないと、後で絶対揉めるんで……」
「なるほど。
誰かが『遊んで』やらなきゃいけない、ってことか……」
新堂がため息をついた、その時だった。
画面右下のチャット欄には、問題の魔導士と、
それを観戦している他のテスターたちのコメントがひっきりなしに流れていく。
【Arena】《Root0》:弱すぎんだろ、これで本番出すの?
先ほどの黒ローブが、勝利ポーズのままチャットに挑発めいた一文を投げる。
「うっわ……」
「言ってくれますね……」
開発室の空気が、ピリッと張りつめた。
これは単なる不正ツール使用で済む話ではない。
このゲームを作り、運営している「中の人」たちへの、あからさまな挑発だ。
今ここで何もせずに流してしまえば——
『このゲームの対人戦なんて、その程度なんだろ?』
そう舐められたまま、うやむやにすることになる。
【Arena】《トウヤ》:アイツぜってーおかしいって、チートじゃね?
【Arena】《cho-ko》:運営さーん、不正プレイヤー放置するんですか??
ゲーム内の空気も荒れ始めた。
その時、新堂が思い詰めた表情で、椅子からガタッと立ち上がった。
「サカキさん……俺、出ていいっスか」
瑛士は横目で彼を見た。
「やってくれますか」
新堂はコクンと頷いた。
「ただしGM権限は禁止です。戦うなら同じ条件で、ですよ?」
「もちろん。ユーザーさんと同じビルドで、同じレギュレーションでやってやります」
ニカッと笑うと、新堂は自分の開発用マシンへと戻った。
「三本勝負っスよね?」
「はい」
「じゃあ一戦目は、観察に使います」
「いいですが……勝算は?」
「ありますって。三本中二本取ればいいんでしょ?」
軽口を叩きながらも、声のトーンはいつもより重い。
瑛士は、その変化にちゃんと気付いていた。
* * *
開発室には、瑛士と新堂の他にもイベント運営担当の運用メンバー数名が詰めていた。
不穏な空気を嗅ぎつけて、彼らも次々と新堂のデスクの周りに集まってきた。
新堂が選んだのは、一般テスターと同じ条件で育成した近接アタッカー。
装備も、テストショップで買える範囲のものだけだ。
プレイヤーネームは【Shindo_Test】
社内でテスト用に使っている、そのまんまのアカウントだ。
明らかに手抜きなネーミングだが、
だからこそ、この名前で出れば——
公式が対応に乗り出してきたと、いやでもわかる。
しかし、先程瑛士が言った「GM権限ナシで」というのは、
「チーターを一般プレイヤーと同じ条件で倒してみせろ」
という意味だ。
公式の看板を背負って出る「負けられない試合」である以上、プレッシャーも加わって、これは相当なハンデ戦とも言える。
メンバーのひとりが、堪らず声をかけた。
「新堂さん……大丈夫ですか?」
否が応でも、皆の期待と不安の入り交じった視線が、新堂の背中に集まる。
「うっス。まあ、見ててくださいよ」
だが当の本人は、
「これから楽しいゲームが始まる」
くらいのお気楽な表情で、PCに向かっていた。
観戦モニターに、対戦カードが表示された。
――――――――――
◆ 黒ローブの魔導士——【Root0】(問題のアカウント)
VS
◆ 片手剣を構えた軽装戦士——【Shindo_Test】
――――――――――
「えっ? 新堂さん、なんでわざわざ近接で行くんですかね?」
メンバーのひとりが首をひねる。
「魔導士同士で撃ち合った方が、まだ勝ち目あるのに」
「パターンを見るためには、近接のほうがわかりやすいんですよ」
瑛士はぽつりと答えた。
試合開始のカウントダウンが始まる。
3
2
1
——Start!!
黒ローブの魔導士が、一瞬で距離を取る。
そして詠唱、回避、設置スキルと、流れるように無駄のない動きをした。
射程のギリギリだけを狙う、いやらしい立ち回り。
それを新堂は、真正面から迎えうった。
「はいはいはい、当然撃ってくるよねー」
小さくつぶやきながら、わざと一瞬だけ回避を遅らせる。
魔法をギリギリの距離で被弾しながら、
相手の詠唱タイミングとキャンセルの癖を、ひとつずつ頭に入れていく。
「今の、0.3秒。次が、0.35秒?
……うっわ、マクロくさいなぁ」
当然、戦況は一方的だ。
距離を詰める前に被弾し、
近づいたと思った瞬間には、さらに次の魔法の標的にされる。
——そして、数分後。
【System】《WINNER:Root0》
画面には相手側の勝利を告げるメッセージが流れた。
【Arena】《Root0》:あっれ〜? また勝てちゃった??
【Arena】《Root0》:正式サービスでこのレベルはマズくないっすか、運営さんww
「え、負けた……?」
あっさりとやられた新堂の姿に、スタッフたちもざわつく。
「ま、一戦目は、こんなもんス」
【Arena】《Siegfried》:雑ッ魚w
【Arena】《トウヤ》:近接で来るとかアホなん?
画面のチャット欄には、観戦している他のテスターたちの冷やかしも混じり始める。
だが新堂は、それを涼しげな顔で流している。
瑛士が問いかける。
「……どうでしたか?」
「んー。だいたい三パターンっスね。
立ち回りとスキルの順番、三つくらいの組み合わせをマクロかツールで回してる感じ」
「なるほど……読めそうですか?」
「当然。それが仕事なんで」
画面が暗転している間も、
新堂の瞳は頭をフル回転させるかのように、じっと画面を見つめていた。
// TODO: Continue in next chapter.
* * *
後編は明日(1/23)公開!
チーター相手に新堂はどんなプレイを見せてくれるのか……
ご期待ください。
新堂くんのプロフィールは『いもモー裏話』に掲載されていますので、そちらもぜひ!
◆ いもモー裏話第16話【設定資料集】バトル班の狂犬!?新堂直希のキャラ設定とその秘密
https://ncode.syosetu.com/n4405lb/16
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【PvPバトル回ミニ用語集】(バトル班の狂犬ver.)
◆クローズドβテスト
正式サービス前に、限られた人だけが参加できるテスト期間のこと。
「世の中に出る前に、一度お客さんに触ってもらって、ボロを出しておく期間」くらいのイメージ。
この時点で見つかったバグと炎上要因は、まだギリギリ笑い話にできる。
◆PvP(対人戦)
「Player vs Player」の略。
モンスターではなく、人間同士がガチで殴り合うモードの総称。
プレイヤーの腕前と性格とプライドがバチバチにぶつかってる世界。
◆マクロ
あらかじめ決めた一連の操作を、自動で再生してくれる仕組み。
本来は「同じ作業を楽にする」ための便利機能だが、
対人戦で「完璧なタイミング入力」ができるので、ただのズルになってしまう。
「人間らしいミスが一個もない」時、だいたい疑われているもの。
◆パケット
オンラインゲームでやり取りされる「データの小包」。
プレイヤーの入力や、キャラの位置、ダメージ計算などが、小さなデータの塊になって飛び交っている。
これをこっそり改ざんして、自分だけ有利に動こうとする者が、いわゆるチーターである。
◆ 射線切り
相手の攻撃が届く「まっすぐの通り道(射線)」を、壁や柱で遮ること。
魔法や弓、銃みたいな遠距離攻撃は、たいてい「見えている相手」にしか当たらない。
なので、ひとつ角を曲がったり、障害物の裏に回り込んだりして
「そもそもこっちが視界に入らない位置」に移動するのが、射線切り。
真正面から殴り合うのが苦手なプレイヤーたちの
「生き延びるための小賢しいテクニック集」の代表格。
◆ 硬直
キャラが攻撃やスキルを出したあと、「しばらく動けなくなる時間」のこと。
大振りな技ほど威力は高いが、そのぶん硬直も長い。
この「動けない時間」に攻撃を差し込まれてしまうと、反撃確定のおいしいチャンスになる。
◆ GM権限
ゲームマスター権限の略。
オンラインゲームの世界で、運営スタッフだけが使える『神様モード』みたいな力。
・どこにでも瞬間移動できる
・壁の中まで見にいける
・キャラを無敵にしたり、アイテムを無限に出したりできる
といった、普通のプレイヤーがやったら即アウトなことが、仕事として合法的にできる。
バグ調査や荒らし対処には欠かせないが、
対人戦でこれを使った瞬間、それはもう「試合」ではなく「公開処刑」になってしまう。
瑛士が新堂にわざわざ「GM権限ナシで」と釘を指した理由はそこにある。
◆ビルド/レギュレーション
ビルド:その時点のゲームの「バージョン」のこと。
レギュレーション:その試合での「ルール・縛り」のこと。
「ユーザーと同じビルドで、同じレギュレーション」
=開発用チートも封印して、プレイヤーと全く同じ条件で殴り合う、という宣言。
◆パターンを読む
相手の「行動のクセ」を見抜くこと。
・この距離だと必ずこの魔法を撃ってくる
・この状況だと必ず後ろに下がる
といった「無意識の習慣」を、試合の中で一個ずつメモしていく作業。
新堂はこれを、負け試合の最中に平然とやっている。
◆Shindo_Test
新堂が使っている、あまりにもそのまんまな開発用アカウント名。
・隠す気ゼロ
・でも逆に公式感は満点
この名前が見えたら、「公式が本気で殴りに来たから覚悟しろ」の合図である。




