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【第2章・2話完結】ゲームは夜に作られる  作者: 未知(いまだ・とも)
第1章

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第4話「それ、絶対言っちゃダメなやつ ・4 それでも、朝は来るから 」

仕事がエクストラハードモードでも、過去最大級の失恋をしようとも、

それでも朝はやってきます。

気持ちを奮い立たせて、出社した瑛士を待ち受けていたのは……

どんなに最低な気分の時でも、朝の通勤ラッシュはいつも通りに容赦ない。


電車に揺られながら、窓に映った自分の顔を見て、

瑛士は「うわ……」と、心の中で小さく声を上げた。


(——目、ちょっと腫れてるな)


昨晩は全く泣かなかったかと言えば、嘘になる。

それでも気持ちを誤魔化しながら、無理やり浅い眠りを繰り返しているうちに、いつの間にか朝を迎えていた。


(……まぁ、そりゃそうだよな)


一日であれだけのことがあったのだから——

こうしていつも通りに会社へ向かっているだけでも、

「よくやってる方だよな、俺……」と、自分を励ましたい気持ちになる。


クローゼットに押し込んでいた紙袋も、

ゴミ箱のシャンプーや化粧品も、合鍵も、朝のうちに全部片付けた。


それでも心の整理は全く追いついてはいないが、

少なくとも表面上は、いつも通りに装えているはずだ。


* * *


オフィスに入ると、空調とPCの排熱の混じった独特の匂いに包まれる。

その匂いに、自分が「チーフディレクターの榊原さん」としてコーティングされていくような気がした。


「おはようございます」


挨拶しながら自分の席に向かうと、ひと足先に来ていた新堂が、くるりと椅子ごと回転した。


「おはよーございま……?」


一瞬で目つきが変わる。

いつものヘラヘラした笑顔ではなく、仕事モードの、相手を値踏みするような鋭さ。


(やっぱり、バレるよな)


瑛士は慌てて眼鏡を押し上げて、目元を隠そうとした。


「サカキさん……あんま寝てないんじゃないっスか?」


「多少は、寝ましたよ」


「多少って言い方が、もうダメそうなんスけど」


新堂はじっと瑛士の顔を見る。

腫れぼったいまぶたに、少しだけ赤くなった白目。

そして何か言いかけて——やめた。


その代わりに、机の端にあったコンビニ袋をガサゴソと漁って、一つの缶を取り出す。


「はい、ブラックでいいスか」


挿絵(By みてみん)


「ありがとう……買ってきてくれたんですか?」


「いや、来る時なんか嫌な予感するな~って思いながら、まとめて買っておいたんスよ。

 今日も、長くなりそうじゃないっスか?」


「まぁ……この状況で、何も無いわけがないですからね」


昨晩拾いきれなかったログの確認。

イベント設計の再検討。

サーバー班との見直し会議……。


課題は山積みだ。


「じゃ俺、とりあえず朝会までに、昨夜の修正版のログ、ざっと出しときますわ」


「ありがとうございます。……僕はその前に、仕様の確認をしておきます」


「ちなみに……」


新堂は瑛士の顔を覗き込んだ。


「はい?」


「その寝不足の理由は……聞かない方がいいんスよね?」


「……そんなに酷い顔してますか?」


新堂もそれ以上は言わずに、自分の席に戻った。

でも瑛士に向けられた視線は


『無茶しないでくださいよ』


そう言ってくれている気がした。

モニターに自分の顔が映り込まないように、瑛士は素早く電源を入れた。


* * *


朝会は、いつも通りに淡々と進んだ。


「サーバー班、昨日のイベントインスタンスの件、続報お願いします」


進行役のプロジェクトマネージャーの声に、サーバー担当が一歩前に出る。


「昨夜の修正反映後、イベント用サーバーの負荷グラフは安定しています。

 中断パターンを何度か流しても、メモリが異常に積み上がる事象は確認されませんでした」


プロジェクターに映ったグラフは、昨夜見た「右肩上がりの崖」ではなく、

なだらかな丘を描いていた。


(……山は、潰せたか)


「現時点では、予定通り明日のイベント開催は可能と判断しています」


「ありがとうございます。バトル側から、補足ありますか?」


「うっス」


手を挙げて一歩出た新堂は、いつもの調子で話し始める。


「昨日のHP管理まわり、戦闘終了処理が、どんな中断でも必ず走るように直しました。

 それに合わせて、ボスの行動パターンをちょっとだけいじってます」


「戦闘テンポに影響は?」


「ない……ようにしたつもりっスけど、

 そのへんはディレクターさんに触ってもらって、最終判断を」


一瞬、視線が探るように瑛士に向かう。


「——わかりました。僕の方で確認します」


声だけは、普段通りの調子を保てているはずだ。


今、この部屋の中にいる誰も、瑛士に昨晩何が起きていたかなんて知らない。

知らせる必要もない。


ここでの自分は、チーフディレクターであって、

私生活で何があったかなどは関係ないのだから——


サーバー班の報告に続いて、運営チームのメンバーが一歩前に出た。


「運営側から、課金アイテム不具合の件です」


声のトーンが沈んでいるが、それも仕方のないことだろう。


「該当時間帯に有償アイテムを使用して、

 正しく効果を得られなかったアカウントに対しては、

 アイテム代金の全額返還と、お詫び分の上乗せ補填を考えています」


サーバー班のリーダーが続ける。


「……了解です。ログからの抽出は、こちらでやれます。

 使用タイミングとイベント状態を突き合わせれば、

 アイテムだけ消費されて終わったプレイは切り出せるはずです」


話が一段落したところで、皆の視線が自然と瑛士に集まった。

最終的に、「どこまで補填するか」「どこまで謝るか」を決めるのは——

チーフディレクターである、瑛士だ。


「……わかりました」


軽く息を吸って、口を開く。


「基本方針はそれでいきましょう。

 『被害者』を、一人も取りこぼさないようにお願いします」


「はい」


運営メンバーが、ほっとしたように頭を下げた。


「告知文の草案は、このあと共有します。

 プレイヤー向けの文言、チェックお願いできますか?」


進行役からの確認に、瑛士はしっかりと答える。


「もちろんです。変に言い訳せずに、しっかりと非を認める文章にしましょう」


昨夜の不具合は、予期せぬ実装ミスではあるが、

仕様の想定を詰めきれなかった、自分の責任でもある。

そのツケを、今からきちんと払いにいくのだ。


会議が終わり、自分の席へと向かう。

そんな一人になった心の隙間に——。


(……沙耶には、何一つ返せなかったくせに)


ふと、心のどこかで、そんな冷めた声が響いた。


それでも仕事を選んだ自分には、今ここでやるべきことがある。

瑛士は、自分を責める心の声を押し殺して、デスクに向かった。


* * *


自分の席に戻ると、新堂がさりげなく声を掛けてきた。


「サカキさん」


「なんです?」


「……今日、メシでも行きません?」


「昼ですか?」


「いや、夜。どーせまた夜までやるでしょ、これ」


あっけらかんと言う。


「俺、特に予定ないんで。

 なんか美味いもんでも食いに行きません?」


「……別にいいですけど」


「おし、決まりっスね!

 ……あ、愚痴りたくなったら、なんでも聞きますよ」


こういう時、新堂はあっさりと心の内側に入り込んでくる。

その距離の詰め方が嫌に感じないのも、彼の才能のひとつなのだろう。


「——僕が愚痴る前提なんですね」


「愚痴んない人ほど、後でドカーンとやらかしますからね」


「……どこかのサーバーみたいに、ですかね」


二人は顔を見合わせて笑った。

そして新堂は一瞬だけ、真面目な顔をした。


「……これも余計なお世話でした?」


「いえ。ありがたいですよ」


本当に、と心の中で付け足す。


昨夜、ひとりで冷めたハンバーグを片付けたことも。

暗い部屋の中で、合鍵を握りしめたまま、何度もスマホの連絡先を開いては閉じたことも。


誰かに話すつもりはない。

ただ、黙って隣にいてくれる人がいる、というだけで——

少しだけ、胸のつかえが取れる気がした。


「……では、今日の進捗次第で。

 日付が変わる前に終われたら、何か食べに行きましょうか」


「お! じゃあ俺、今日はブーストかけてやるっス。

 今日の最重要ミッションは……

『ディレクターさんのメンタル保全』ってことで!」


「……なんですか、そのミッションは」


瑛士は呆れ顔になった。


「へへっ、重要でしょ?

 なんたってアイソジーンうちは、しっかりもののディレクターさんで保ってるようなもんっスから」


くだらないやりとりをしながら、自分の席に戻る。


モニターを点けると、昨夜のまま残しておいたログビューアが立ち上がった。

赤いエラー行は、もうほとんどない。


——大丈夫だ。

「ゲームの方」は、ちゃんと動いている。


瑛士は、空になりかけの缶コーヒーを一口あおった。


胸の奥の空洞はまだ、埋まってはいない。

けれどそこに、仕事と、仲間と、いつもの騒がしい日常が、

少しずつ流れ込んで、温めてくれている気がした。


瑛士は眼鏡をクイっと持ち上げると、自分の指示を待っているモニターに向き合った。


 * * *


モニターの向こうに広がる『ティルナ』の世界。


ケルトの森、古の遺跡、そして——

画面の向こうで冒険しているプレイヤーたち。


「……俺が作った世界で、誰かが笑ってくれてる」


それが、彼の選んだ道だった。


沙耶との未来は、失った。

でも、このゲームは確かに動いている。


——ただ、この時の瑛士は、まだ知らなかった。


やがて自分が、この『世界』の中に囚われることを。

そして、一人の少女と出会い、

もう一度「誰かを守る」意味を知ることを——。


でも、それはまた、別の物語。


// End of this commit.


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


さて、瑛士くんの失恋エピソードはここで一区切りです。

彼がこの先どうなるのか、気になった方は——


ぜひ本編『異世界で待ってた妹は、モーニングスターで戦う魔法少女(物理)だった件』も読んでみてください。


瑛士くんが「ゲームの世界に閉じ込められる」とは、一体どういうことなのか。

そして、彼が「もう一度誰かを守る」とは——?


その答えは、本編で明かされます。


もちろん、スピンオフだけでも楽しめますし、

本編だけでも問題なく読めます。


でも、両方読んでいただけると、

「あ、ここ繋がってる!」

という発見があって、二倍楽しめるはずです。


……ちなみに、瑛士くんが「ストレートのロングヘアが好き」というのも、今後発表する別の作品内で明かされる伏線になってます。


もし少しでも「続きが気になるな」と思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


感想も大歓迎です!

「ここが刺さった」「ここ笑った」など、一言でも書き込んでいただけたら、舞い上がって喜びますので、どうぞお気軽に……!

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― 新着の感想 ―
昔、ゲームのシナリオライターになるのが夢だった自分を思い出した。(´・ω・`) いつの間に夢を忘れていたのだろうか…。 仕事は違えど、どんな仕事にも大変な面があり、また恋愛に悩まない人はいないと思う…
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