【コメディー版】臭い車
少しでも笑っていただけたら嬉しいです。
ある日、俺は親友の歩夢に呼び出された。どうやら深刻な相談があるらしい。
待ち合わせのカフェに行くと、すでに歩夢が座っていた。
「おーい、陽介! こっち!」
手を振る歩夢に近づき、俺は腰を下ろす。
「で、相談ってなんなんだ?」
尋ねると、歩夢は急に真剣な顔になって口を開いた。
「ああ……実は先月、中古で車を買ったんだ。その車が……なんか、臭くてさ」
俺は思わず身を乗り出す。オカルト好きの俺にとって、こういう話はご馳走だ。
「臭いって……どんな臭いだ?」
水没車ならドブ臭い、事故車なら血の臭い──そんな怪談が脳裏をよぎる。胸が高鳴った。
「……あのな、中古の軽自動車って安くても二十万はするだろ? でも俺が買ったのは、一万円なんだ」
(きたきたきたー! 事故物件ならぬ事故車両!? 安すぎだろ! 絶対、霊が乗ってるやつじゃん!)
俺のテンションは爆上がりだった。
「しかもな、一か月乗ってるのに全然故障しないんだ。点検だって半年ごとに無料でしてくれるらしいし……」
(……な、なんだ? まだ引っ張るのか? いいから早く“臭い”の正体を!)
「……で? 臭いって何なんだ?」
痺れを切らして尋ねると、歩夢があっさり言った。
「え? だって安いのに調子いいなんて、胡散臭いだろ?」
(……は? その“臭い”かよ!?)
俺はテーブルに突っ伏した。
「いやいやいや! そんなダジャレのために呼び出したんじゃないだろ?」
「当たり前だろ! 今のは冗談だって。……でもな、その車、本当に“臭い”んだ。鼻が曲がるくらいにな!」
歩夢は深刻そうに言った。
(……やっと本題か!)
歩夢はホットコーヒーをすすり、ため息をつく。
「でな、この前、その車で深夜にドライブに行ったんだよ」
(深夜のドライブ! まさに心霊現象にうってつけ!)
俺はごくりと唾を飲んだ。
「最初は普通だった。エンジンも一発でかかるし、ラジオもつくし。『意外と快適じゃん』って思ったんだ。でも、問題はナビだった」
「ナビ……?」
「そう。目的地を入れたら、やたらハイテンションでさ──『了解したよ~! 最短ルートをご案内しちゃうよ~!』って、芸人みたいにしゃべるんだ」
「……芸人? でも、それなら楽しい気分になれていいじゃないか?」
俺は眉をひそめる。
「そう思ったけどな……俺がちょっと寄り道して違う道に入ったらだぞ?」
歩夢は声を低くした。
「『あれ? 今、違う道に入りました? いや、別にいいんですけどぉ……どうせ私の指示なんて無視するんですよねぇ……』」
背筋がぞわりとした。
ただのナビが、まるで感情を持つかのように拗ねる……?
「極めつけはな、次の交差点で曲がらなかったら……『……もういいです。案内やめます。勝手に迷子になれば?』って黙り込んだんだよ」
「……勝手に、黙った?」
俺の声はかすれた。
歩夢はうなずく。
「そうだ。人工音声に、あんな“すね方”があるか?」
ナビの機械音声が、人間のように怒り、黙り込む。俺の頭の中で「普通じゃない」という警鐘が鳴る。
「結局さ、山の中で迷って……帰り道のナビを設定しようとしたら、『今日は気分が乗らないんで休みます』だと」
(ナビが気分で……休む? 何それ……面倒臭っ!)
そのとき、俺は気づいた。
歩夢がゆっくりと口を開く。
「どうだ……? 面倒臭い車だろ?」
「お前が面倒臭ぇわ!!」
俺は思わず叫んでいた。
すると、歩夢はしゅんと肩を落とす。
「辛気臭ぇわ!!」
「キレイに捕ろうとするな! 飛び付け! 根性だ、根性!!」
「え……泥臭い? 高校球児か!? 難しいわ、それにツッコむの!! ふざけてるなら、俺はもう帰るぞ!」
俺は息を切らして立ち上がろうとした。
そのとき、歩夢が急に真剣な顔つきになった。
「ごめん……。実は、本当に“変な臭い”がするんだ。いきなり話したら信じてもらえないと思って……」
その言葉に、俺は足を止める。
「なんだよ……歩夢! 水臭ぇな! 俺たち、親友だろ。お前の言うことなら、信じるに決まっているじゃないか……。で、どんな臭いなんだ……?」
「陽介……ありがとう。それでな……その臭いってのが……“カレー臭”なんだ」
(ん? 今、“加齢臭”じゃなくて……“カレー臭”って言ったか?)
「クミンとか、ターメリックとか、スパイスの匂いが……車内に充満するんだ」
(……本当に“カレー臭”かよ……!)
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