1:少女の忘れ物
「おはよーっす」
虚空に向け、挨拶をする。
場所は自宅から徒歩数分の職場。
一見ただの民家に見える家、そんな家の庭に建てられた小さな倉庫、そこが俺の職場、株式会社空を飛ぶだ。
このクソダサい社名は社長のセンスだ、そんな社長はというと…
「また重役出勤か…相談したいことがあったんだが…」
姿は見当たらない、遅れてくるのはいつも通りのことだ。
「家真横なんだから遅れる方が難しいだろ...」
母屋を、社長の家を見つめながらつぶやく。
まあいないのであれば仕方ない、が今日は話したいことがあった。
俺が眠れないことについてだ。
『一度精密検査でもしてみたら?』
彼女、社長が一度見てもらった方がいいと知り合いの医者を紹介してくれると言っていた。
当時はそこまで深刻じゃなかったため断っていたが、寝つきが悪くなってからすでに2か月ほどが経とうとしている。
いくらなんでも異常ということは俺も感じていた。
「はぁ、まあ来てからでいいか」
そう思い、今日の業務を始めようとした時だった。
ドン!!
何かがぶつかったような衝撃音が天井から聞こえ、建物が少し揺れる。
パラパラと清掃が行き届いていなかった天井から砂埃が降ってくる。
「なんの音だ?」
何が起こったかと天井を見つめると微かに声が聞こえる、だが何を言っているかは
「きゃっ!」
悲鳴は聞こえた。
その悲鳴の後、天井、いや、屋根を何かが転がるようなゴロゴロという音が聞こえ、一瞬音が途切れた後、どさっという音が壁際から聞こえた。
「絶対誰か、屋根から落ちたよな…」
流石に敷地内で死人が出ても困る、朝にもかかわらず寝不足で疲れている体を動かし、物音がした壁際の確認に向かう。
「え、マジか…」
壁際には黒を基調とした服に身を包んだ少女が倒れていた。
慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
声をかけると少女は身体をビクッとさせた。
「……すみません…ごめんなさい…」
屋上に落ちたことだろうか、こちらに心配をかけたことだろうか、少女は小さな声でこちらに謝っていた。
「とりあえず大丈夫ですか?起きられます?」
少女はか細い声で「はい」というとそばにあった箒を、帽子を拾い上げ起き上がる。
チョコレートに近い茶色をベースにした洋服の上からマントのようなものを羽織っており、一瞬魔女という言葉が頭をよぎる。
「本当にすみません、ごめんなさい」
と深々と頭を下げる。
「いや無事なら良いんだ、屋根も問題なさそうだし」
そういうとようやく少女は顔を上げる。
垂れていた赤みのかかった栗色の髪がフワっと彼女の顔に被さる。
ワッっと小さな声を出しながら彼女は髪を整える、その時一瞬彼女の目が見えた。
その目はどこかで見た色を、深紅に染まった色をしていた。
その目を見たと瞬間、ズキッと頭に痛みが走る。
「うっ…」
痛みに耐えるためこめかみを手で押さえる。
目の前の少女は心配そうな、いや、少し笑いながら
「ダイジョウブデスカ?」
と呟く。
さらに痛みがひどくなり倒れそうになる。
「あ、あの!大丈夫ですか?」
その声でふっと倒れそうになった体のバランスを取り戻す。
「あ、ああ、ごめん、大丈夫」
再び彼女の目を確認するが彼女の目は空のように淡い青色をしていた。
気のせいだったのだろうか?
「本当に大丈夫ですか?汗もすごいですし…」
彼女は心配そうな顔でこちらを気遣う。
「いや、大丈夫、ただ寝不足なだけだから、そっちこそ体は大丈夫?屋根に落ちたってことは、その重力子デバイスがが不調で落ちて来たんだと思うけど?」
気遣ってくれる彼女の言葉を受け流し、こちらも彼女の容態を確認する。
ぱっと見、服やスカートなどが破れている様子はない、だが屋根に落ちてきたということは重力子デバイスに不調が発生したのだろう。
「え、重力子デバイス…?」
彼女は一瞬なんのこと?という表情をした後、ハッとしたように言葉を続ける。
「あ、ああ、そうです、この箒が私の重力子デバイスの空飛ぶ箒です」
一瞬焦ったような態度だったのは気になったが、それは考えすぎだろうか。
「もしよかったら中身確認しようか?」
「え、いや流石に重力子デバイスなんて難しいもの見てもらうわけには」
「大丈夫だよ、俺、というかうちの会社、重力子デバイスの開発会社だから」
「え、えええええぇぇぇ!」
驚くのは無理はない、重力子デバイスの国内シェアは宮師重工が99%握っており、整備工場なども含めほとんど全てが八島重工関連の会社だ。
その他残りの1%はうちのような小さな開発会社だが、それも数社しかない。
うちはその数少ない1社なのだ。
「と言うわけだから安心して預けてくれ」
そういうと彼女の顔は安心した顔に…はならず、逆に焦り始めた。
「えーっと、そのですねー」
「ああごめん、無理にとは言わないから、君さえ良ければ」
「す、すみません、今は急いでるのでまた後で来ます!」
そう言い彼女は箒を手に取り、走って敷地を出て行った。
「なんか悪いことしちゃったかもな」
そう呟きながらあたりを片付ける。
「少し強引だったんじゃないか?」
急に背後から声をかけられる、その声には聞き覚えがあった。
「重役出勤お疲れ様です、見てたならさっさと出てきてくださいよ社長」
振り向くとそこには誰も居ない
「あれ?社長?」
「馬鹿にしてるのか???」
視線を下に推移させるとぴょこんと跳ねたアホ毛が目に入り、さらに下を見ると社長の顔がようやく見えた。
「しゃがんでるから見えなかったんですよ、しっかり立ってくださいよ社長」
「よし、喧嘩売ってるな、表出ろ」
「もう出てますよ」と受け流し、あたりの片付けに戻る。
社長もこのやりとりに飽きたのか最初の会話に話を戻す。
「で、あの箒の子は誰だ?」
倉庫の壁にもたれ、彼女が走って行った方を見ながら聞いてくる。
「名前は知りませんが、重力子デバイスの不調のせいでここに落ちて来たんですよ、それでもしよかったら修理しようかと尋ねたら」
「ああ、その辺はいい、お前が珍しい箒型の分解をしてみたいという魂胆だったというところまではわかってる」
痛いところを社長に突かれる。そう、箒型は滅多にお目にかかれない代物、開発者の端くれとして是非とも分解してみたい重力子デバイスの一つだった。
「く…仕方ないじゃないですか、だって箒型ですよ、次見ることができるのはいつになるか…」
はぁっと社長はため息をつき「それ」とだけいう。
目線の先にはうちの備品で使われている清掃用の箒が落ちていた。
「掃除用の箒がどうかしました?」
そういうと改めてわかりやすく、そして大きくため息をつく。
「その箒、よく見ろ」
そう言われ改めて箒を観察す「あ!?」
「馬鹿が、ようやく気づいたか」
その箒は清掃用に買った安物の箒ではなかった。
「彼女、間違えてうちの清掃用箒持って行ったよ」
お読みくださりありがとうございます!
もしよければ、ブックマークや評価をいただけると今後のモチベーションになります!




