屋上の透明人間
特に理由はない、でも『最後ぐらい見られてもいい』と思った。
快晴の空の下、堂々とした立ちすまいの私立西宮凛咲高等学校。
その4階の先の………屋上への階段を上る音が微かにこだました。
その足音は何処か地面から浮いているように感じさせる。
スカートの裾が音と共にゆっくりと揺れている。
ぎい、と少し耳につく音がした。扉を開けて目に広がるスカイブルー、そして
「やあ、キミも死に来たの?」
笑顔の男子高校生———先客が居た。
「「……」」
両者とも沈黙。四秒ほどの間だった。
「………」
そして先に動き出したのは、女子生徒の方だった。
何事もなかったようにスルーする。
そして、そのまま男子生徒とは少し離れた場所に行きフェンスの前に立ち止まる。
風が髪をふわりと撫でる。
そしてそのままゆっくり確実に、腕を伸ばしてフェンスを掴み
「ねえ、どうせなら心中しない?」
彼が声をかけてきた。
その声に動きが一瞬止まる。
「…そういうのって恋人同士がやるものじゃないの?」
静かに、少し間を空けて答えたその声はとても落ち着いていた。
二人は静かに見つめ合う。相変わらず笑顔の男子生徒。その反対に女子生徒は無表情だった。
「……確かに…」
少し小さめの声で吐かれた言葉。彼はこちらを見つめたまま動かなくなった。何かを考えているのだろうか。
「……じゃあ…、お互いを知ってから心中しようよ。」
思考を絞り出したのか、少しゆっくり言葉を口にした。
「…理由は?」
別に興味はない。
だが、自分の目の前で誰かが死ぬのが嫌だとか、私以外死なないで欲しいとか、今更すぎる言葉がまるで『人間みたい』で、けれどもそんな言葉が頭に、確かに、浮かんできたから。
「一人じゃ寂しいし、どうせなら、っと。別にいいでしょ?」
「…それに」
その笑顔はまるで桜が散るのを眺める詩人の様で、
少し空気が変わった。
「…キミもずっと、透明人間だったんでしょ?」
「———最後ぐらい『見られて』死ぬのもいいでしょ。」
その言葉に両者目を細める。
二人の間をすり抜けた風は、もうほとんどなくなったはずの、でも確かに甘い桜の匂いを乗せていた。