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おもり 4-2

 今にも斬りかかりそうな、その時だった。


 バチッ──と電気が走ったような音がしたかと思うと、宝華颯(ほうかはやて)はその場で気を失った。


「坊ちゃんそこまでだ」


 後ろで控えていたお付きのもう一人。今まで静観を貫いていた片方が、気を失った宝華颯に何かやったらしい。


 唖然とし、凍りつくその場に、お付きの男のため息だけが広がる。


「お前も、俺にやらせんじゃねぇよ。暴走したときになだめんのはお前の役目だろうが!!」


 唾を飛ばしながら、隣の唖然としていた相方に叱責(しっせき)する。


「す、すんません」


「ったく。付き合ってもらって悪かったな、お二人さん。


 今回の件はどうか内密に願いしたい。そのかわり坊ちゃんにはちゃんと言い聞かせますんで、()()が」そういうと、打刀をいそいそと回収しだし、帰りの身支度をし始めた。


 どうやら、なんとかなったらしい。


 肩の緊張がほぐれ、安堵するばかりである。


「ガキのお守ってのは、大人の役目だが。


 それにしたって貧乏くじだぜ、こんな......アンタもそう思うだろ?」


 よいしょっと。と、いいながら、宝華颯を米俵のように抱えるお付きの男はだるそうに顔をしかめた。それはもう、死ぬほど面倒くさそうに。


「まぁ、でも。俺たちも通って、失くしたものだからな。


 だから──」


「だから、のびのびやらせろってか?」


 馬が合うとでも思ったのか、男は割り増しで落胆しているように思えた。


「それが、くだらない茶番だったとしてもか?」


「茶番かどうか決めるのは、大人たちじゃないよ」


「とんだ楽観主義者だな。昔からそうなのか?」


「いや、他人ひとからの影響だな。実際それで救われた事もあった」


「へぇ、意外だな。って、俺は何を......


 いや、喋りすぎたな。悪い、それじゃ本当に悪かったな、嬢ちゃんも。ちゃんと坊ちゃんには言って聞かせますんで、旦那が」そういうと本当に二人と一人はその場をいとも簡単に去っていった。


 何事もなかったかのように。


「カガチさん、あの人とお知り合いなんですか?」


「いや、きっと昔の俺を知ってたんだな」


「昔って?」


()()()()の俺を」




***




 それから瑠璃を南の商業地区の入口まで見送った。そこまでの道中に会話はなく、無言の時間が続いた。


「ここまでで、大丈夫です」


「そうか」


 しばしの沈黙が続く。なんだか気まずい。


「まぁ、あの人もああ言ってくれてたし、学校でもきっと大丈夫だよ。


 殴られた方もまぁ、結果的に何とかなったし」


(しかし、このまま行けば、あの宝華家を黙らせ、寄ってきた女の子も返り討ちにした人物として周知されるのか。


 ある意味で普通の学校生活はできないかもな)学校でのイメージが高嶺の花からどう変化するかは見ものだが、前のような遠くから愛でるような花には戻れないだろう。


 これが、美子(よしこ)の血、否、山姥(やまんば)の血なのかと、感じずにはいられない。


「あの......」


「ん?どうした??」


「迷惑かけちゃったみたいで、ごめんなさい」申し訳なさそうに、シナシナとしょげる瑠璃(るり)。しかし何か文句がいえるわけもなく。


「いや、別に大丈夫だよ。瑠璃ちゃんが無事でよかった。


 こんなダメなおっさんでも役に立ててよかったよ」


 しかし、と思う。結局、あの場でも選択できなかった。もし、あのお付きの男が止めていなければ、どうなっていたのか。


 本当にどちらかが死ぬまで、なんてことにはならなかったとは思うが──


 今こうして、気まずい空気の中、二人で歩くこともできなかっただろう。


「カガチさんは──」


 と、内心自分の不甲斐なさに嘆いていると。


「カガチさんはおっさんでも!ダメでもありません!!」


 いきなり瑠璃が叫んだ。


「ど、どうした?いきなりどうした??」


「カガチさんはおっさんでも、ダメでもありません!!」


 いきなり声を張り上げ、うつむきながら、必死な崩れた顔を隠そうとする。


「ありがとうだけど、おっさんは、おっさんだよ。れっきとした。


 髭も生えてるし、体臭もきついし。流石にそこは否定しきれないよ?」


 らしくない。


「おっさんじゃなくても、生きてれば臭いますし、毛だって生えます。私は頑張って処理してるだけです」


「何言っての君」呆れを通り越して、心配になってきた。


「ただ私は!!ダメだと思いません。ダメだと思ってません!


 カガチさんは、か...カッコいい、と思っていますし、臭くもないです。くっついたときも臭いっていうよりも、カガチさんの匂いって感じでした。


 ほら!臭くないです!!!」


 と、言いつつ瑠璃はこちらに近づき、襟元を引っ張り胸元辺りをスンスンと嗅ぎだした。


「それって臭いってことなんじゃ?」


「違います」頑なだ。子供らしいとも、取れるが......


 宝華颯に対してもそうだったが、こうと考えたら一切考えを曲げないところは芯の強さの裏返しなんだろうが。


(そう考えると、アイツの言っていた印象は、全くの勘違いということになるのか?)


「って!!聞いてるんですか!!」


「え?あ、うん」


「どっちなんですか!!」


「聞いてる聞いてる」


「とにかく、ダメは禁止です。おっさんはともかく、ダメだとかは無しにしてください」口をへの字に結んで上目遣いににらみつける。


(これは励まされているのか)いつの間にか、顔に出ていたらしい。本当に情けない話である、逆に励まされるなんて。


「ありがとうな、元気出たよ」


 掴まれた襟元につながった瑠璃の手を持ち、心からのお礼を言い終えると、瑠璃はうつむいてそそくさと距離を取った。


「そ、そうですか。それなら......よかったです」


(やっぱり臭いんじゃん?)


 と、ふと視界に映ったのだろう。


「その刺繍どうしたんですか」と瑠璃は裾に飾られた蒼い、五つの花弁がある花を指さした。


「山bじゃない、美子ちゃんが破れてたとこをわざわざ縫ってくれたんだけど、やられたよ。ついでに縫われちゃって」


「いいじゃないですか可愛くて。似合いますよ」


「可愛いって......花のことはよくわかんないけど、こんなおっさんじゃなくて、やっぱり女の子にこそでしょ!花はやっぱり。それこそ、瑠璃ちゃんの方が100パー似合う。


 昔から好きだったでしょ??青」


 そういえば、この糸は瑠璃が買って、美子に渡したんだったかと、思い出す。


「......」


「本当にありがとうございました。相談も、話が出来てよかったです」なんだか少し複雑そうにも見えたが、彼女が打ち明けないのだから、こちらから指摘するのは野暮というものだろう。


「そ。迷いが晴れたんならよかったよ。


 君は本当に強い子だ。だからこのまま真っすぐ育ちなさい」頭を軽く二回ほど撫でて励まし返した。おかえしのおかえしの、お返しである。


「はい......」照れているのかうつむいたまま、その場で固まってしまった。




***




 遠くで手を振る瑠璃を見送って、また家路についた。


 アパートのほうへと近づいていくにつれて、街の中心地から遠のいていくつれて、人々の喧騒がぼやけていく。


 そうすると、また潜んでいた自己がむき出しになってくるのを感じた。


(今日は色々と疲れた。


 美子ちゃんに服縫われて、子供助けて、酒買って、瑠璃ちゃんの相談乗ったら、一騎打ち申し込まれて。


 さすがに疲れた)一升瓶を持つ手が震える。本当に衰えを感じる。昔ほどの無理がきかなくなってきている。


(ダメは無し、か。


 瑠璃ちゃんはああいってくれたが、あの子は俺に何を期待しているのか)彼女の成長から二年という時間の経過を実感するも、それとは対照的に過去の自分と今の自分との差異のなさも同時に感じ取ってしまう。


(そういえば、許可証の期限がそろそろ切れるな)許可証の有効期限は二年未満だった気がしたが、以前に更新したのはいつだったか。


 許可証。【輜人(しじん)】としての証。


 突発的な興味だった。


 首に今も未練がましくかけているお守り型の【輜人許可証】を、手に取ろうとした。布の中にある紙には有効期限が書かれている。


 それを確認しようとした。


 ないはずの、置き忘れてきた、()()()


 確かな感覚、しかしそこに現実的な腕はない。その認識のずれが、しまい込んでいたものを引きずり出した。


「......ックク、ハハハ──」襲い来る虚無感と無力感が乾いた笑みを生み出す。そのまま、一人蹲って膝をついてしまった。道の真ん中で。と、あふれ出たものをしまい込むために、急いで一升瓶の蓋を開けた。


 おぼつかない慌てた手で、波打つ芋焼酎を流し込む。


「────ッカハ」【黒高砂(くろたかさご)】特有の辛みと芋の味わいが喉を通り、一気にアルコールの熱が全身を回りだした。と、後を追うように浮遊感が全身を包みだす。


 思考が緩やかに減衰していく。


 それなのに──


「........................」自然と涙がこぼれた。


 コップの淵からわずかに漏れ出たような、数滴だった。


「なにやってんだ俺は」


 しばらく放心したのちに、酒に栓をして、また、歩き出した。




***


 


 家に着いた。


「あぁ、気持ち悪りぃ」アルコールのせいもあり、体中が火照って汗ばんでいる。


 だからだろうか、自宅の取っ手に触れた時、違和感を覚えたのを無視したのは──してしまったのは。


 いつものように鍵を回し、取っ手を握る。


 違和感を覚えたのはその瞬間だった。


 硬直する体と、それに連動するように周囲も一瞬ピリついたかのように感じた。


 なにか、視線?違う匂いだろうか。自分の家のはずなのに、他人の家に入ったときのような、居心地の悪さを覚えた。


 この時、昔の自分だったなら別の行動をとっていただろう。が、しかし、この時は全てを酒のせいにしてしまうほどに愚かだった。


 そこまでに、落ち、鈍っていた。


「ただいま──あ?」


 手榴弾!?!


 ドアの内側に。


 ピンが抜けて!?


 爆はt──




 目の前が弾けた。


 平和な街に似つかわしくない爆発音は天井、壁、密集した建物の間を反響して狭い【地方コロニー】内を駆け巡った。

下の星で率直な評価をお願いします。

面白くないと思えば、星1でも構いません。しかし面白いと思ったら、星5をお願いします。


感想お待ちしております。

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