おもり
対峙する両者、見つめる乙女。年甲斐もなく、こんな状況に高揚していた。
(僕が家でどれだけ鍛えてるか知らないだろうに。しかも相手は片腕だけのボロ雑巾みたいな初心者のじじぃ。
僕が負ける要素は一切ない)勢いよく上着を脱ぎ去り、自身の自慢の上腕二頭筋を瑠璃に見せつけるようにシャツの腕をまくる。
「準備はいいねカガチ君!」
「えぇ、問題ありません」あっけらかんと済ましたその顔が無性に腹立たしい。すぐに滅多打ちにして、君なんて僕にとって取るに足る存在だと知らしめる。
(では、手始めに)
「上ぇ!!」
正中線を一刀両断する勢いで、真っ向から打刀を振りぬいた。
が、しかし、空を切る。
「は!!まだまだ!!」
と振りぬいた一刀をそのままに、左から薙ぎ払う。が、これも躱される。
「意外と、やるじゃないか。では、これなら──」
***
このとき、考えていたのは、目の前のお坊ちゃんをどう倒すか。ではなく、この場をどう冷静に納めるのか、だった。
「はああ!!」
(多少はかじっているようだが、どうにもお粗末だな。剣筋にキレはないし、無駄も多い)横にひいて、小手に一撃でも入れれば仕舞なのは分かっているが、問題はそのあとである。刀を落として、はい、おしまいなのか。それとも、こちらが負けるまで終われないのか。
そうでなくとも、奥で構えているお付きの人間をみるに、傷でもつけようものなら、飛んできそうである。
(俺一人ならともかく、ここでこいつに恥をかかせて、もし瑠璃ちゃんに飛び火でもしたら、学校でさらに居づらくなるだろうし、もっと悪ければ退学せざるおえなくなるかも。
どうしたものか)
「ほらほら!!逃げるばかりか!!!」
鍔ぜり合う両者。力任せに刀を押し込む宝華颯。むき出しになった暴力性がその表情に出ている。
「本当にムカつくよ」小声で話しかけてきた。なんだ?
「あの子、僕が婚約を申し出たときなんて言ったと思う?」
「額に飾られる気はありませんので、失礼します」
「全く、僕の差し出した手を払いのけるとは。
しかし!そこが気に入ったんだ。恋に落ちたんだよ。
他の女とは芯が違う。真っすぐで、しなやか。そして、大人びた肉厚な厚み。無駄の省かれた曲線美。
そんな彼女だからこそ、欲しいと思った」所有欲駄々漏れのこの男は目の前で舌なめずりすると、さらに力を込めた。
「ここで君という支えを砕き、そのあとは僕のもとで従事させる。あの高嶺の花気取りな彼女に首輪をして、学校を練り歩くんだ。瑠璃はすでに学校で人気だからね。
さぞ、気分がいいだろうな」あまりのどぶ臭さに、斬り結んでいたのを躱す。
が、体制の崩れた隙に肩へ刺突をくらってしまう。
「やっと一発。しかし肩か、まだまだ決着とはいかないよね?」
瑠璃の前でいたぶり続けて、それを瑠璃の意思で止めさせる。というのが、この宝華颯という下衆のシナリオだろうか。
そうすることで優位を確立させることが、この一騎打ちの終い。
だが、そんなことをすれば、瑠璃のその後──
そんな風にうじうじと決断を悩んでいるのが、顔に出ていたのだろう。奥で真っすぐにこちらを見ていた瑠璃と目が合った。
「カガチさん!!!」
その顔には守られるだけの少女はいなかった。
「ほんと成長したね」
「クッ──!!
よそ見とは随分と余裕じゃな──」
瑠璃の声かけが気に入らなかったのだろうか、それとも剣戟が当たるようになって調子づいたのか、宝華颯は前のめりに、直球で突っ込んできた。
だから、うまくいった。
切っ先を緩やかに、宝華颯の顔面に置く。突きもせず、勢いも乗せずに、ただそこへ置く。
「クッうわっハ!?」
唐突な動きに驚いたのか、顔を酷く引きつらせながら、のけぞり──
宝華颯は目の前で、膝をたたみながら仰向けに倒れた。
押さえつける、というにはあまりにもソフトなタッチで、喉笛に切っ先を当てた。傍から見ても、あまりにも無様で、今までの攻防をあざ笑うかのような、結末だった。
「終いだ」鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした宝華颯を見下ろした。
なんとも、大人気ない。が、正直スカッとした。
「お疲れさまでした」
「は......はあああ!!!ふ、ふざけるなよ」狼狽しながら、当てられた刀を振り払う。
「今のなし!!なし、というか今のなんだ!!なにをしたんだ!!」
「なにをしたのか、ですか?
私はただ貴方の目の前に切っ先を置いただけです。そうしたら貴方が目の前でこけたんですよ。敵の目の前で転ぶなんて無防備なことをすれば、そのあとどうなるのか剣を習っている貴方なら、わかっていたでしょう?」
「な、な......」起こった事実を飲み込めないのか、あんぐりと口を開いたまま呆然としている。
「フフッ」瑠璃が後ろで微かに笑った。
小さく、唇から滑り落ちたようなほんの小さな笑みだったが、実際の音とは裏腹に大きく聞こえた。気がした。
きっと宝華颯にも聞こえた事だろう。
「ふ、ふっざけんな!!もう一度だ。再戦だ!再戦!!今度は本気でやる、今度こそは──」彼の脳内であふれているのは、きっと──
こんなはずではない。ちゃんと実力を出せれば。油断さえしなければ。
相手の否定と自分への肯定の反復だろう。
自尊心の強さから来るそれらは、反芻するうちに、きっと彼のブレーキを取り払ってしまう。
「一度男が決めたことを曲げるのですか?貴方は証明できなかった。
それが全てです」
「ちょっと待っ──」
瑠璃のその一言が引き金となった。
「で、あるならば──」
自尊心は簡単に、憎悪へと変わる。
「今度は真剣で勝負と行こう。これこそ本当の本番だ、どちらかが死ぬまで」下げ緒の縛りを解き、刃を引き抜いたときの彼の目には確かな狂気が宿っていた。
もう、瑠璃のことなど眼中にはなく、自身の汚名をそそぐことしか頭にないようである。
「男と男の、勝負だぁあ!!!!!!!」
「おいおい待て待て!!」
こちらは片手、ギチギチに固結びされた下緒をそう簡単には解けない。
「抜け!!カガチ、ここからが本当の戦いだ!!」
必死の静止も無意味。
なんとか下緒を解こうと、結び目に歯を立てるが、鬼気迫る宝華颯を前に間に合うはずもなく。
狂気の刃が振り上げられた。
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