ダメなおっさんVSしつこいナンパ王子
「死んじまえ、クソ野郎」たまりにたまって、出た言葉だった。
家路に帰る道中のことだ。自制心はあるが、そんなものを取り払ってこの場で酒をラッパ飲みしたい。そんな気分だった。
店で飲んだ酒の影響か、少しの浮遊感と【天井灯】の明かりから受ける刺激が眼球の裏を痛めつける。
もう完全に夕方の色をしている。
《お酒はほどほどにっていつも言ってるでしょ》
また声がした。彼女の声がする。
「あぁ、分かってるよ分かってんだよ」
返事は帰ってくるはずなかったのに。
「何がわかってるんですか?」
「ん?」
返事が返ってきた。
そこにいたのは、学校帰りだと思われるセーラー服を着た少女──
「お久しぶりですカガチさん」
瑠璃の姿だった。
「......久しぶり、だね。瑠璃ちゃん」前に会ったのは、中学校を卒業した時だったろうか。今は【中央コロニー】の高校へ、定期便の電車で通っている、はずだ。美子ちゃんの言った通り、本当に綺麗に、育ったものだ。
「どうしたのこんなところで」
「いえ、ちょっと......」
この先は居住区。つまり美子ちゃんに会いに行ったのだろうが、彼女が美子ちゃんに会いに来るのは決まって、何かあるときだった。両親には言いずらい何か。
「座るかい?」
何か話したげな彼女と近くのベンチに腰を下ろした。
「お酒相変わらずお好きなんですね」
「燃料補給はちゃんとしないとね。そっちこそ学校の方はどんな感じ?」
と、他愛もない話をしている風を装っているが、それにしても、この構図は少しまずい。
女学生と酒瓶をもったおっさん。傍から見れば、幼気な女学生にダルがらみしているおっさんにしか見えない。
悪くすれば、冤罪で捕まりかねないのでは?
加えて、酒の代金で持ち金がなかったとはいえ、駄菓子屋のラムネさえ買えないとは。
(はぁ、本当に。こんなことなら、もっと余分に金を持ってくるんだった)そんな風に嘆いていると。
「あの!カガチさん!!」
「ん!?なに??」
しまった、少しぼぉーっとしていた。
「私のことって、どういう風に見てますか?」
......?
まさか、気持ち悪がられている!?そういえばと思い返す。
彼女からなにか相談を持ち出されたわけでもない。ただこっちが勝手に個人的解釈を広げてしまった。彼女はただすれ違った折りに話そうとしていただけだったのかもしれないのに。
それなのに、勘違いしていきなり話そうだなんて、独りよがりもいいところではないか?
「ご、ごめん!!てっきりなにか困りごとでもあるんじゃないかと思って。俺の勘違いだったみたいだ。すまん気を使わせて」
「いえ、相談したいことがあって待ってました」
「あ、そうなの?」
ホッと胸をなでおろし、座りなおす。
「それで、どうなんですか??」
なんだか覇気が強い気がするのは気のせいだろうか。
「そりゃ、もちろん美子ちゃんのお孫さんで、昔から知ってる妹みたいな感じかな」
「妹、ですか......」
(なんだ?何を瑠璃ちゃんは求めてるんだ?分からん)
「学校で何かあったの?」
言いずらいのか、黙ったまま、うつむいたまま何も言わない彼女からはどんよりとした鬱屈したものを感じる。
《女の子にはやさしく丁寧に。花......じゃ分かんないか。そう刀を扱うときみたいに、ね?》
そんな事を確か、言っていたような気がする。
「まぁ、生きてれば色々あるよな」生きてれば色々ある。そうだ、生きてさえいれば、なんでも起こるんだ。うれしいことも、悲しいことも、痛いことも。
「私、高校ってもっと楽しい場所だと思ってました。
中学校のときみたいにクラス全員が友達ってわけでもないし、先輩は怖いし」うつむいたまま、手に持ったラムネの瓶を見つめる瑠璃。と、横顔に被る髪の毛から、かすかに見えた。
「殴られたのか?」
うつむいて暖簾のように垂れ下がった髪の毛の裏に微かな赤みが見て取れる。
「はい、でもちゃんと殴り返しました」
(そこはちゃんと殴り返すんだな......)
「でも明日からも、このままって考えると、少し......」おそらくはくだらない妬みや嫉みによるものだろうが、それでも彼女にとっては一大事なことなのだ。
しかしとも思う。
この様子だと、きっと女性同士でのいざこざなのだろうが、そんな異世界での戦いに男のルールなど入る余地はない。
なにを言ってあげればよいものなのか。
「生きてるかぎり辛いことも、痛いこともたくさんある」なんだか、らしくないことを言っている気がする。どの口が言っているのかとも、思う。
だが、それでも。上から目線だと思われようとも、言った方がいい気がした。
「だからこそその中で、何が一番大事なのか。なんだと思う」
「何が一番......」
「それさえ見つければ、自分に迷わなくなる、と思う。
過去には戻りたい。けど戻れるわけじゃない。だからせめて瑠璃ちゃんに同じ轍を踏ませないように。おじさんからの助言です」説教くさかっただろうか。しかし、これが俺の答えである。
無視するも、咀嚼するも彼女次第である。
「一番が、なかなか決まらない、というか。一番にならない場合はどうすればいいですか?」
(これは、あれか!?)
きっと彼女は恋をしているのだろう。相手は学校の同級生か、先輩か。それとも、もしや先生。禁断の恋?!
いや、この子にしてそれはないだろうか。
しかしその人にはすでに相手がいるか、想い人がいると。そういうことだろうと、推測した。
確かにそれならば合点がいく。身内に自身の色恋を相談するというのはどうにも気恥ずかしいし、気の休まるものでもない。
その過程で、そのほかの女子とももめた。と。そう考えると、その男はそうとうなモテ男ということになるが──
(意外と面食いなんだな。ま、顔がよくて悪いこともないか)
「ならば、どう転んでもいい様に、最善だと思う選択をしていくことが大事だ。汎用性、基礎が大事ってこと。筋トレするにも、腹筋、背筋、胸筋の三つはしっかり抑えておいた方がいいっていう......なんか、変なたとえになっちゃったけど」
「いえ」
「その過程で一番も、きっとこっちを振り向いてくれる!」
はっきり言って、瑠璃には自信だけのように思える。これだけ美人で器用もよしなら、あとは自信。それならこの後押しはきっと役に立つ。はず。
瑠璃は黙って考えたあと、こちらを向いて微笑んだ。どうやた自分の中で答えを見つけたようだ。
「ありがとうございます!!ちょっとだけ前向きになれそうです!!」
「そ、そうか。それはよかった」いきなり立ち上がり向きなおった瑠璃は少し前までの、元気で、はつらつな頃の少女に戻ったようだった。
どうやら、大人として、及第点は取れたらしい。
「なんだか、そうしてると昔の瑠璃ちゃんを思い出すな。あちこち走り回って、ドロドロになってたやんちゃしてた頃を思い出すよ」
「ちょ、やめてよ。そんな子どもの頃の話は」恥ずかしそうに顔を赤らめる様などは、初対面のときの面影を感じる。ここまでくると本当に父兄の域である。
と、昔話に花を咲かせていると少し恥じらいながら、髪の毛を耳に掻き揚げる。
「ねぇ、一番って言ったけど。カガチさんの一番って、なんなの?」
「......それは」
そう上目づかいで訪ねる彼女に、迷わず言い放った。
「今も昔も、ずっと由夢だ。アイツのおかげで俺は生きてる。生かされている」
「あ............
ははは、即答って、すごいね。でもすごいカガチさんっぽい」
「そうかな?でも俺にはアイツしかいないし」
「そう、だよね......」なにやら振り返って天井を見上げる彼女。その後姿をみて、再度時間の経過を実感する。
もう二年にもなる。時間は、決して止まらない。
「あ、ちょっとカガチさんごめんなさい」と、しんみりしていると、いきなり。いきなりだ。座っている隣に体当たりする勢いで、くっついてきた。
「ぐぼぉ!なに!?どうしたの??」
「いいから!!話を合わせて!!」
小声で凄むものだから、黙って従っていると、人ごみをかき分けて、ずかずかと近づいてくる影が三つ。
ガタイのいい男が二人、それとスラっとした身なりのいい少年、瑠璃と同年代程度の少年が一人、やってきた。
「変態じじぃめ!!!!瑠璃さんから離れろ!!」
指さしで罵られた。初対面の少年に。
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