相いれない間柄 2-2
「扇にやらせんなよ」聞こえていたのか。
と、いつもの流れで「で?」と一言。それに二本の指を立てて返答する。そんな簡単な会話のみで済ませると、松はもう一本同じ一升瓶をカウンターに座るカガチの目の前に置いた。
「ほらよ」
「あんがと、松さん」目当ての酒も手に入ったことで長居は無用だろうと、出された小鉢といつもの一杯をきれいに平らげ、カーキ色のズボンのポケットから、持ち出した小銭と曲がった紙幣を取り出す。
さて、物を手に帰ろうとしたところボトルのキャップを抑えられた。
「足りねぇ」
「あ?そこまで酔ったつもりはないけど」確かに一か月前に買いに来たときと同じ額を出した。二度見ても同じなはずだ。
岩男の顔を見ると、四角い相貌の眉間に太いしわを寄せて睨まれた。
「お前が家に引き籠ってる間にも世の中は変化してんだよ。ほらさっさと残りを出せ」値上がり、時間は止まらないということか。
この店には良くしてもらっている。ここでごねるのは流石に恩知らずというものだろうと残りの金をカウンターに置いた。
酒の肴用にと思っていた残りの金を差し出すと、岩男はやけにごつい右手を退かしてくれた。
「世知辛い世の中だな。大丈夫なのか」
「お前に心配されるほど、落ちぶれちゃねぇよ」
「はは、それもそうか」下手クソなはにかみをつくる。
暖簾をくぐり、いつものように店を後にしようとすると「おい」と野太い声で引き留める。
振り返ると、なにやら訝し気な表情でこちらを見つめている。
「最近、商業地区のほうに造花店が出来たんだ。んで、その店の売りが花束やら花の冠なんかを自分たちで造れることらしいんだわ」
どうしたというのか、先ほどよりもなんだかたどたどしい。
「そんで扇やアイツが一緒に行こうって聞かなくてな。しかし、男一人つーのは、どうにも落ち着かん。
それでどうだ?たまには、息抜きにでもよ。いっしょに......」誘ってくれているのか。
提案してくれた松の声色は、柄にもなく緊張しているらしく、ところどころ上ずっていた。そんな無理矢理言っているようなやさしさが、妙に痛かった。
差し出された手に一瞬たじろぐ。
「いや、部外者が居座るには、場違いすぎる。甘んじて父親稼業に従事しろよ」
中途半端にちょんぎられた左腕で一つの酒瓶を脇にはさんで、もう一本を、残った傷だらけの腕で鷲掴んで、逃げるように家路を急いだ。
***
「カガチさん大丈夫かな?」
酒瓶を持つ手がおぼつかず、弓なりになった背中がどうにも弱弱しい。
「......」その言葉にパパはなにも返さずに店の中へと戻っていった。
「はぁ、もう!」
どっちも、じれったいったらない。どっちかが素直になればいいだけの話なのに。とひとりやきもきしていると。
「へい!カノジョ、暗い顔してどうしたよ!可愛い顔が台無しだぜ?」
ひょうきんな呼びかけに、酔っ払いの気配を感じておずおずと振り返ると、酔っ払い以上の圧迫感に少し怖気づいてしまった。
「......お客さんですか?」
「ヒヒ、そんなところだ。で、どうしたんだよ♪悩み事か?俺でよければ話聞くぜ♪」
あまりにもな発言とそれとかけ離れた恰好に、店の方へと視線を移した。
(国軍の人......だよね?)
「いきなり話しかけてくるような人には気をつけろってパパに言われてるの」
「ちゃんとしてるもんだね、最近の子は」
「いきなり話しかけてくるような変態には、股間なんていらないから、カエル飛びで頭突きしてやれってママが言ってたの」
「ちゃんとしてるもんだね、最近の子は......」
二人の間に緊張が走る。たじろぐ男に、目の前でしゃがんでみせた。
「ちょちょちょ!!勘弁してくれよ!別に怪しいもんじゃないんだぜ!って、この言い訳もなんだか怪しいが。
ったく、女は本当に怖い生き物だぜ」そうやってこんな子どもにもぼやく姿に、第一印象ほどの緊迫感は感じなかった。
「じゃ聞きますけど、同じ男の人として......喧嘩してるわけじゃないんですけど、仲良くなれないときってどうすればいいと思いますか?」
「あ、話してくれるのね」
うまく言葉に言い表せられない、二人の間にある溝を前に口ごもる。見かねた客の軍人さんは身をかがませて、目線を合わせてくれた。
「そりゃ、難しい問題だが、簡単に解決もできる」
「どうすれば、いいですか!」
解決できるという文言に子どもながらに、子どもっぽく飛びついてしまった。にやけて持ち上がった口角を隠さなければ。
「......そ、それでどうすればいいんですか?」
「お互いにぶん殴りあえば解決する」あほらしい回答に持ちあがった口角が一気に下がる。しかし、目の前にいる男の顔に冗談めかしたものは感じられなかった。
「そういうわだかまりはだいたい拳が解決してくれる。男ってのは、気難しい様に見えて、中身は単純だからな」
そう豪語する男は懐からタバコを取り出して、指の先から火をつけ、勢いよく煙を吹かす。
(今、どうやって火を?)
「......話し合いじゃ、ダメなの?」
鋭い吊り目と見え隠れする獣のような犬歯がこの男の荒々しさを体現していた。
「ダメだな。男にはプライドがあるからな。これは女には分からん」
確かに、そんなものは理解できない。いやそんなもの犬の餌にでもしてしまえとさえ思う。やっぱり男って生き物は、ダメダメだ。
「んでだ。話を聞いてやった礼としてちょっと尋ねたいことがあるんだけどよ」ほら、こうやってすぐに上に立とうとする。
「なに?」
「ここの常連で、黒髪隻腕の三十代ぐらいの、いかにもダメ男って感じのおっさん、知らない?」
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