世間 1-2
「何?ブスってあたしらのこと?ちょっとひどくない?」
「芋どもが言葉を吐くな!」
「私たち女の子に負けるような軟弱男がなんか言ってますが??」
「ひれ伏せ」
男子よりも、身体の成長が早い女子は、背丈も筋力も小学生時点では男子と比較してもそう劣らない。
ただ一つ違いがあったとすれば──
無慈悲で容赦がなかった。
女子の方に。
「俺悔しいよイッくん」へし折れ、ひん曲がった木の棒を大事そうに持った少年は悔しさのあまりか地面に両ひざ、両掌をつき、丸くなっていた。
「そうだろ!」
「こっちが向こうの頭とか手とかに当てたら、酷いって、痛いっていうんだ。こっちは全力も出せないのに」膝を屈し、前かがみに涙をこぼす少年。
「俺たちはただ女子と、遊びたかっただけなのに。アイツらは女子じゃない怪物だ!!俺たち雄を組み伏すだけに愉悦を感じる怪物だ!!」
男が女に手をあげちゃならない。そんなことは原始時代からの決まり文句で、最初に母親から教わる鉄則だ。が、しかし必ずしもその反対があるとは限らない。
「でもなんでだろう、そんなに悪くないって思えるのは」涙に悶える少年とは対照的に一人立ち尽くす仲間の少年は完全に真っ二つにへし折られた木の棒を前に、遠くを見つめる。
少年はどこか悟ったように語る「父ちゃんもこんな気持ちなのかな」と。
「おい!しっかりしろ。腑抜けるんじゃねぇ」胸に詰まった思いの丈をなにか別のものへと昇華させようとしている仲間を引き留めるべく、肩を揺さぶる短パン少年だったが、「おい」とドスの利いた声で、振り返った。
そこにいたのは、最後の残った大将首を打ち取ろうとするお下げの女子だった。向かい合う女子が顎で指図する「さっさとしろ」と。
このままでは終われない。やらなければ、やられる。
「やってやるよ」角材を握る手に力がこもる。必ず勝たねばならないと。
「やってやるよぉおお!!」
振りかざした角材は転げ落ち、短パン少年こと、イッくんは空地の一角に倒れ込んでいた。
「ふん、口ほどにもないとはこのことだな」うつぶせに倒れ込んだイッくんを足蹴に踏みつける。なんと無情なことか。
一部始終を見ていたが、決着は一瞬だった。
切り付けるイッくんの角材は、最初こそ勢いを持っていたが、直前になって減速、ためらいをみせた。
対峙する少女はそれを半身に躱す。そのときだった。振りかざされた角材の端に胸元が引っかかり、ゆるんだシャツを少しはだけさせたのだ。
それが敗因だった。
硬直したイッくんはその隙に顎に一撃、脳天にもう一撃を食らいノックアウト。
それが、ことのあらましだった。
そんな哀れな少年もとい男の姿を、他人事には感じられず、内心「南無」と拝みながら女子たちの尻に敷かれている同族を横目に、その場を去ろうとしたのだが──
「ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあうっさいわ!!クソボケが!!!こちとら汗水たらして、てめぇらの安全を守ってる義勇兵団様だぞ」千鳥足でおぼつかない、酒の匂いを漂わせた男がやってきた。
「それなのに、お前らは俺ぁの安眠の邪魔をするのか!」
その場の空気が一変する。
酔っていて自制ができないのか、男は子どもたちと同様に角材を手に持ち、振り回し始めた。
異様な圧迫感に先ほどまで調子づいていた女子たちもたじろぎ、動けないでいた。
「わ、悪かったよおっさん。別のところで遊ぶからさ」そういって立ち上がったのは、半袖短パンの少年。先ほどまでに組み敷かれていた女子の前に立ち、なんとかなだめようとするも──
「うっせぇんだよ。社会も知らないクソガキが。もう仕事の時間になっちまったじゃねぇかよ。これじゃ二度寝もできねぇ。
どうせ言っても聞かねぇんだろうが。お前らみたいなアホガキはよ。
だから躾けをしないとな......」男は手にもった角材を弄びながら、愉悦の笑みを浮かべた。
「オラァ嗚呼!!!」
「イッくん!!!」
躊躇なく振りぬかれた角材は少年の頭頂部めがけて、一直線に向かっていった。
「大丈夫か?」
こんな一部始終をみて、黙ってみていられるわけもない。
大人の過ちは、大人が正さなければならない。それと、他人事にも思えなかったがために出しゃばった。
そのため余ってしまった右手の甲で角材を受け止めた。
「な!?何だてめぇ」
「分からなくはないけどよ。そんでも、それやっちゃ......大人としては不合格だろ」自分で言っていて、なんとも耳の痛い話ではあるが、それでも暴力はよくない。
「しゃしゃり出てんじゃねぇよ!!」
上段からの大振り。キレのない動き。一歩横に下がって。
顎へ、掌底しょうてい一閃。
「大人というものは、一時の迷いに振り回されないようになってからが、一人前だと言われている」揺れる視界、そして脳。酔っ払いの男はそのまま耐えきれずに、うつ伏せに倒れ込んだ。
「ま、俺が言えた義理じゃないんだけど」
「............」子供たちの視線が集まる。
(あ、やべ。なんか喋らないと)
「あ......えっと、大丈夫?怪我無い?」
「うん」放心した半袖短パンの少年がうつむく。
「そっか。じゃ、なんというか、よかったよ」そういうと、半袖短パンの少年は安堵のせいかその両目をうるうるとにじませ始めた。
「あ、あっと......ほら!よくやったよ君は本当にみんなを守ろうと前に立ちふさがってさ!」
うつむき震えたまま鼻をすするばかりで、一向になにも言わないのを見て、後ろにいる友達や女子に泣いているところを見られたくないのだと察した。
「そこの女の子」
「わ、私?」
最後、この少年と一騎打ちをしていた少女のもとへと行く。
「同じ大きい子供が迷惑かけたねって事でさ、これでお菓子でも買って、みんなで食べなさい」咄嗟のことだった。
なんとかこの何とも言えない空気を脱しようとした結果の答えだった。懐にしまい込んでいた硬貨を何枚か渡して、少女に握らせる。
「あんまりやんちゃするんじゃないぞ」
「わ!!」
あんなはした金でも、子どもからすれば大金だろう。この隙になんとか倒れているアイツを担いで退散しよう。と、そそくさとこの場を後にしようとしたとき。背後から袖を引っ張られた。
「あの、イッくんを助けてくれて、ありがとう。ございました」最初にどつかれていたひ弱そうな少年であった。
「いや、君たちに怪我がなくてよかったよ」
素直に礼を言われるのは悪くない。
少年の頭を軽くなでると、まだ寝転がっている泥酔男を背負いこんで運び出した。
早くこの場から去ろう。
それだけで頭がいっぱいだったが、久しく離れていた純真な心との触れ合いに少しだけ荒んだ心が和らいだ気がした。
(あぁ、子供に戻ってやり直したい)
***
「あんな大人になりてぇ」赤らんだ目元を拭い鼻をすする。
「かっこよかったね」
「あんたじゃ一生かけたってなれっこないわよ!」
「うっせ!」
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