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世間

 周囲を確認し、辺りに人がいないかを確認する。そしてそっと扉を閉める。音を立てないように、ドアノブを回した状態で。




「ふぅ......」


「なぁにコソコソやってんのアンタ」


 突如背後から声が!!


「うぉあ!」




 まるで気配がなかった。振り返ると、緑色の前垂れをかけた老婆の管理人の姿があった。




「毎回、俺の背後を取るとか、どんだけちっこいんだよ。美子(よしこ)ちゃん」


「ちっこい言うんじゃないよ」


 胸あたりまでしかない小柄な体をして、この辺りを管理する()()、もとい山姥(やまんば)と恐れられる存在、美子ちゃん。この辺り一帯でこの人を無視できる人間はいない。




「それでアンタ......」


「な、なんだよ。家賃はこの間払ったばっかだろ」


「そうじゃないよ。その感じ、あんたまた酒かい?控えなってあれほど言ってるでしょうが!」


 まずい。この山姥は説教が始まると話がとにかく長くなる。それは水を得た魚のごとく。しまいには全く関係のない話まで飛躍して、手が付けられなくなる。とにかく口が回るのだ。




「それにアンタ、いい年した男がそんなちゃらんぽらんでどうするんだい!ちゃんと働きな!!いつまでぐぅーたら、食っちゃ寝食っちゃ寝!終いにゃ牛になっちまうよ。


 そう言えばこないだ渡した梅干しちゃんと食べてるのかい?梅干しは医者要らずな万能の食いもんだからねちゃんと毎朝一粒食べるんだよ。そうそう友達からいっぱいたくあん貰ったんだけど、いるかい?私だけじゃ食べきれなくてね。あとで渡しに行ったげよっか。


 あ!ここ。ほつれてるじゃないか。あんた裁縫なんて出来っこないだろう?やったげる。待ってなすぐ終わるから──」




「いつもいつも、いいつってんでしょうが!この山姥!!」


 やってしまったとすぐに後悔した。




「な!?!人が親切にしてやってるんに。ちょっとそこに直りな!!」


 一回頭を叩かれたあと、正座させられ、泣く泣くほつれた深緑色の上着を縫われた。縫われたところには、新しい布と刺繍で青い花が飾り付けられた。




(やられた)


「これでよし。瑠璃(るり)が丁度新しい刺繍針と糸を買ってきてくれてね。使ってみたかったのよ」


「瑠璃ちゃん、か」


「今年から高校生になって。ありゃアタシの若い頃に似てべっぴんだからね。男どもがほっとかないだろうが」


(似てって......)


「そうか。ほら、もういいだろ行かせてくれ」


「あ、ちょ!ジッとしな。堪え性のない子だね」


 それから丁寧に花の刺繍をされた。




「あんまり飲みすぎるんじゃないよ」


「はいはい」


 そんな感じで美子ちゃんに見送られながら、目的の酒屋へと向かった。




***


 


 街の中心地へと近づいていくと、一気に人の活気が押し寄せてくる。外の喧騒は壁や天井に反響して、馴染みのない内耳を刺激してくる。




 壁と扉とを一つ挟んでいただけで、身近にこれだけの人々がいたという事に驚きを隠せない。




 外へと放り出されると、自分という存在が希釈され、周りに半ば溶け込み、どうにも、敏感になってしまう。




「この辺でまた【能面(のうめん)】どもが出たって話だよ」


「【輜人(しじん)】たちはなにをやっているんだ」


「そういえば、最近のあいつら」


「なに?」


「ほら、世を騒がせてる【ヨモツ隊士】だっけ?アイツらってどうなったの?」


「さぁ、国軍に逮捕されたんじゃないの?」


「軍なんて、あてになるかい!」


「でも、灯乃代にだけは会ってみたいんだよな。狂犬・灯乃代顎斗(ひのしろあぎと)


「お前好きね、ほんと」


「最近、お米が高くなってきて大変だわ」




 街のメインストリートには人が多すぎて、このけたたましさにどうにも慣れない。


 しかし、中心地の天井まで伸びた円柱の建物【集会場】を点として東西南北に伸びているメインストリートは絶対に横切るしかない。




 だから、なるべく目立たないように小走りで、小道へと駆け込む。


(ふぅ......)




 幾段か静かになったところへ、気の抜けていた内耳にけたたましい声が矢のように飛んできた。


「!!!!!!」




 突き刺さる矢、飛び跳ねる心臓。そして余韻に広がる鼓動の波は二日酔いの体に毒だ。


「はぁ、はぁ、はぁ......」


 なんとか落ち着いたところで、曲がり角の先。矢の飛んできたほうを覗き見る。




「やぁあ!!」


 幼子の甲高い声と「コン!」という、空箱を叩きつけるような音がした。


 小道の角、少し入り組んだ路地裏を曲がるとそこには空地があった。


 土嚢の土からこぼれる雑草。廃棄された廃材、その他の鉄くずなどのゴミ。


 それが子供たちの憩いの場である彼らの箱庭がそこにあった。




「おい何やってんだよ、ちゃんとやれよ!ほっんとトロいなお前は!」縮こまり擦り傷だらけの少年の肩を叩きつける半袖短パンの少年。




「ご、ごめんイッくん」涙目を浮かべ顔の砂埃を払う小さな少年。


 そして汗を流し、膝に手を当て苦悶の表情を浮かべる男子たち。彼らの手に握られているのは、油圧プレスによって押し固められた合成木材の角材。おそらく廃棄されたうちの一つだろう。いわゆる()()()()()()だ。




 だが、彼らにとってただの木の棒はそれだけで特別なようだ。


 木の棒一本をそれぞれが持ち、真剣勝負の一騎打ち、四本先取を執り行っていた。が、しかし状況は劣勢の一途をたどっているようだ。すでに三人目までが倒され、残りは一人。




 そんな状況に憤りをみせる一人ガタイのいい半袖短パンの少年。


「お前ら恥ずかしくないのか!いいのか!アイツら女子ドモに負けて!!俺は嫌だぞあんなブスたちに笑われるのは!」




 少年の指さした方にいたのは、男という存在を組み伏せ、愉悦に笑みを浮かべる女子というにはあまりにも荒々しい「怪物」の姿であった。

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