覚悟
目が覚めると、鉄格子の向こう側でたたずむ軍人がいた。
軍直轄特務組織【輜人】をまとめ上げる長。
司令官、荒滝大尉。
よく知る古巣の恩人。
「奴ら、【ヨモツ隊士】どもを追う班に俺を入れてくれ荒滝さん」
「開口一番が、それか」
無理を承知で頭を下げた。
「それはあまりにも時期尚早というものではないかな?」
どうにか説得しなければ、事が収まるまでここから出ることは叶わないだろう。よしんば、お咎めなし。として、ここから出られたとしても、もう上に上がる機会は訪れない。
分水嶺は、ここで間違いない。
どんなに叱責されようとも、この頭を挙げることはしない。そう決めた。しかし、叱責が飛んできたのは別の方からだった。
「貴方に、なにができるというのですか?」
何かが彼女の堪忍袋の緒に触れたのだろう。荒滝の隣で控えていた蘭が冷たい罵声を浴びせる。その声色は困惑というよりも、憤りが大半だった。
「二年間、なにもやってこなかった。なにもしなかった。
貴重な一秒を浪費し続けた【元最強】など、なんの役に立つのです?これならまだ、戦場を知らない一兵卒の方がマシです。
戦意をくじかれた者など、いるだけ邪魔でしかない」鋭い眼光と視線を交わす。
「そうですよね荒滝大尉!」
「......あぁ、戦意喪失した兵など仲間の足を引っ張るだけの存在でしかない」
概ね同意する。
一言一句、反論のしようがない事実だ。だから黙った。黙るしかなかった。
「それでは、カガチさん。貴方にかかっているいくつかの容疑について申し上げます」蘭は物々しく書類を持ち出し、嬉々として、罪状を読み上げはじめた。
「それでは、こほん。
紫カガチ、27歳男性無職は、無断で【面具】を使用し、戦闘行為に走った。これに対して何か申し開きはありますか?」
ここは一つ、冷静に、沈着と。
「いえ、ありません」
ただただ事実のみを陳列するように、話せばいい。問題はその後、どう転ぶか。
「そうですか、では貴方は!街中で危険行為とされる【面具】での戦闘行為を強行したことを認めるですね!」
「はい」
「聞きましたか荒滝大尉!この人は罪を認めました!」
口角を持ち上げる蘭は愉悦にまみれているようにみえる。
この人に、なにか気に障るようなことをしただろうか。
「あぁ、横にいるのだから聞いていたよ。続けたまえ白崎君」が、荒滝は一人冷静に諦観ていかんを貫いていた。
「では......
現地での事情聴取により、貴方が仮面の集団【ヨモツ隊士】と思われる一派の頭目と親し気に会話をしていたところが目撃されているのですが、それは本当ですか?」
一体だれがそんなことを口走ったのだろうか。
いや、あの場は阿鼻叫喚の嵐であった、逃げ惑う住民の一人が見間違いを起こしてもおかしくないか。
「いいえ」
「グッ!?──で、では!!
【面具】を使用して、無垢な民である市民の民家を破壊したことについて、苦情が出ているのですが、それについては!!」
「事実です。被害ゼロとはいきませんでした」
明らかに、蘭の頭に熱がこもっている。
「貴方は私利私欲のために、無実の人々を危険にさらした!
確かに実行犯である【ヨモツ隊士】こそが最も罪が重いが、それに無意味にも抵抗した貴方にも非はある!
それを分かっておいでですか!!」
「申し開きもない」
「──ッ!?!
貴方には責任感というものが欠如している!何も持たない、過去にとらわれたままの人間が駄々をこねる子どものように、物を取り上げられただけで、暴力を振るう!
その結果、どれだけの被害が起こるか貴方には想像する頭がなかった。
貴方は大人として、失格です!」
「弁明の余地もありません」どれも事実だ。
「ふざけているのか!!!」
蘭が口調を崩して、怒りを張り上げる。あまりの熱にか、息切れも起こしている。
「落ち着きたまえ白崎君」前のめりに鉄格子に近づく蘭を荒滝は静止する。その荒滝の手に沸騰した蘭も一時冷静さを取り戻すが、完全に収まったというわけではないようだ。
「では、最後に。
事件現場であるアパートの管理人、白洲美子について──」
「なんですか?」
どこか、含みのある言い方に違和感を感じる。
「貴方が白洲美子さん72歳女性を殺害したというのはほんとうですか?」
「......」
「どうしたんですか?何か申し開きは────ッッ!?!」
蘭は一歩後ずさると、息を飲んで、冷や汗を一つ、額から頬にかけて溢した。
その様子に、荒滝は助け舟を出す。
「カガチ、そう凄むな。
白崎君も悪気があって言ったわけではない。現場での聞き込み調査とのすり合わせをしているだけなのだ。
だから──そんな顔をするな」
そうだ、落ち着け。彼女はただ仕事をしているだけだ。その仕事にいくらか私情が含まれていたとしても、些末なことではないか。
深呼吸をする。
「白崎蘭さん、貴方の言うとおりだ。俺は大人失格だ。自制するということができていない。申し訳ない」と、頭を下げると、逆に申し訳なさそうに、視線をずらされた。
「いえ......」
「白崎君。ここからは、私が変わろう」と、蘭の肩に手を置き、なだめる荒滝。
荒滝はこちらをまっすぐ見ると、鉄格子の間際まで近づき、隙間から瞳を覗かせた。
「カガチ、お前を強硬手段で捉えたのは、さきほど列挙した罪状による事によるものではない」その一言に、後ろで控えていた蘭が驚いたように目を丸くしたが、すぐにうつむいた。
「お前に無断で【面具】を持ち込んだことで謹慎処分になっている顎斗が私の静止を無視して、お前のところに走ったときに──
いくつかの可能性の景色をみた」荒滝はそういうと、鉄格子を順になぞりながら説明を始めた。
「一つ、お前が死に、それに激高した顎斗が【紅鬼灯】を使用して、辺り一帯を灰燼と化す可能性。
二に、【面具】を使用したお前が【ヨモツ隊士】の一派を蹂躙し、事件を収束させる可能性。
これらはいい。
はっきり言って、これらはお前らの個人的問題に収められるからな。
次だ。もっとも最悪な可能性は──
三に、【ヨモツ隊士】の一派にまんまと逃げられ、それを追うためカガチが顎斗と共闘、強行突破する可能性」
その可能性の示唆に、ギクりと心臓が締め付けられる。
実際に、あのとき顎斗へ助力を求めようとしていた。が、その前に蘭が来た結果、今のような状況になっている。
「もしこれが起これば、【輜人】という危うい組織、ないしはそれを統括する【国軍】への信用問題に繋がる。
【元最強の輜人】と【狂犬】のビックネームはそれだけの騒動を起こしうる可能性があった」
確かに、顎斗の名前が先行する事と、事件が継続されているという不安要素は、市政の人々に慢性的なネガティブ感情を引き起こさせるだろう。
そうなれば、それらを管理する者たちへの責任が追及される。しかし、手元にいない人物たちの首を切ることもできない。
「だからこそ、お前を強引にでもここに連れてくる必要があった」荒滝は冷静に可能性を列挙すると、改めてこちらに向きなおった。
「すみません」本当に荒滝さんには昔から世話になりっぱなしである。
「全くだ。
お前らは昔から俺に面倒を押し付けすぎだ。
顎斗などは常習化している。どうせ俺がなんとかしてくれるだろうと高をくくってな。今回もその口だ。本当に誰に似たのやら」二ヤりと笑うと、すぐに先ほどまでの仕事モードに切り替わった。
「それでは、改めて答えを聞こうか、紫カガチ」覇気のある荒滝の声色に背筋が伸びる。
「貴様にもう一度、刀を握る覚悟はあr──」
「ちょっと待ってください荒滝大尉。確かに貴殿の言は理解できましたが、しかしこちらが挙げたものもまた事実なのですよ」
荒滝あらたきの決め台詞に、真面目な蘭はかぶせるように、反論した。してしまった。そのため荒滝は台詞を言おうとした体勢の状態で固まった。固まってしまった。
ショックだったらしい。
「......あぁ、分かっている。だが、君も言ったではないか。最も悪いのは【ヨモツ隊士】の一派だと。
ここにいるカガチもまた、被害者の一人だ」その一言に蘭は黙りこくってしまった。だが、どこかまだ納得していないようにも見える。
しかしこちらとしては救われた心持ちである。
「では、改めて。
紫カガチ、貴様にもう一度、刀を握る覚悟はあるか!」
答えは決まっている。
***
「なぜ、牢から出したのですか?今思えば、事が収まるまであのまま放置していた方がやりやすかったのでは?」
解放されたカガチの背を見ながら、荒滝に問う。
「お前も感じただろう?あいつの殺気を。あれを放置すればどうなるか」確かに、あの眼光は人のそれではなかった。まるで魑魅魍魎、悪鬼羅刹。
そうまるで──
「【能面】みたいでした」
「......であるならば、手元に置いて、働かせた方がいい」
「危うくはないですか?あれは妖刀ですよ」
「妖刀、か。それもまた一つの方法かもな」
「どう意味ですか?」
「怪物をしのぐには、こちらもただの刀では太刀打ちできないということだよ」確かにそうかもしれない。それでも、私は人の力で、人間の刀で勝ちたい。
これは私の自己満足なのだろうか。
──ソレは顔面の頭骨を露出させたような乳白色の異形な顔面を持つ。
──ソレは触れずに物を動かしたり、火炎を吐くなどの異能を持つ。
──ソレは人の声を真似た鳴き声を放つ殺戮の怪物である。
──能面。突如として出現し、我々の家を奪った怪物に人々はそう名付けた。
──世界は唐突に、変化するものだ。我々はそれに常に備えなければならない。
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