灰と選択 7-2
「カガチさん......お疲れ様です」
灰の舞う家屋の残骸の側で座り込むカガチの隣へと座る顎斗あぎと。見ると、交戦の傷と疲労の色が見て取れた。
「悪いな」
「なんで、謝るんっすか?」
「......助けてくれて、チャンスもくれた。なのに見す見す逃した」窮地を救い、仇を打てるように、その他を引き受け、お膳立てもしてくれた。だというのに。
「ま、なんとなくそうなるんじゃないかなぁ〜とは、思ってたっすけどね」
「あの仮面の奴らはどうしたんだ」
「逃げられました。うまいことやられちまいましたね。特に隊長って呼ばれてたやつはなかなか強かったっすね」
「お前でもか」
「いやいや、流石に対一なら負けないっすけど」意気揚々と語る。
「流石だな」
「アイツが来た後の連携が!ん⤴もう!全ッ然別物で」相変わらずの様子に安心した。その場に一喜一憂するものの、それらを気軽に咀嚼する。そういう軽薄さが、たまに羨ましくも思う。
「この後は、どうするんだ?」
「この後っすか?この後来るはずの本隊と合流して、アラタッキー大尉に報告してって感じっすかね」荒滝大尉【輜人】たちをまとめ上げる軍直轄特務組織【八咫烏】の司令官。
恩人の顔を思い出しながら、昔を懐かしむ。だが、懐かしむままではいられない。
「顎斗ちょっと頼みが──」と、道の向こうから歩いてくる人影が一つ。
「お、来た来た。蘭ちゃん。こっちだ!」
顎斗が手を振るそこには、顎斗と同様の深緑色の軍服と軍帽を着た眼帯の女性がこちらに気が付いて小走りにやってくる。
「お疲れ様です灯乃代班長。その様子だと、やっと負けたんですね」
「負けてねえっつーの!!なんなら不戦勝でこっちの勝ちだ!あっちが先に逃げてったんだからな」
「そうですか。それでそちらが」顎斗の話を華麗に受け流すと、女性はこちらへ視線を向けた。
「ああ、そうそうたまに話すだろ?」
「いえ、耳タコです」
「かの【焔鬼】と恐れられた【最強輜人】の紫カガチ先輩だ!!」
顎斗のおだてるような紹介に、名ばかりだと卑下しつつも、礼は尽くそうと立ち上がる。
「初めまして白崎蘭と申します。お話はそこの無鉄砲から常々……」と握手を迫るように、右手を差し出してきた。
「これは、どうも」疲れ、油断していたというのは事実だが、ここまで綺麗に決まったのは彼女の技能があってこそのことだろう。
「な!?」
差し出した手を引かれ、柔道・関節技・腕挫三角固に捕捉された。
なんともきれいに決まった。
「ちょ、ちょちょちょ」唐突な部下の三角固に戸惑い、止めようとする顎斗だったが、一歩遅かった。
「何、を!!」
なんとか振り払ったのだが、右腕の二の腕から血が細く流れる。
蘭の手には注射器があった。
「アラタッキー......」状況を察する顎斗。
「これも命令ですので、次第に楽になってきます」その言葉通りに体に異変が起こる。唐突な脱力とともに、膝をつく。
次第にボヤける視界と力の抜ける筋肉に、遂にうつ伏せに倒れ込んでしまった。
「クッソ......」
だが、まだ勝機はあると信じ、どうにか懐にある【面具・紅鬼灯】を取り出そうとするが──
「これは、もう貴方のではありませんよ」震える手でなんとか口元に近づけようとしたが、簡単に取り上げられてしまった。
「クッ──」みじめにも体に力が入らない。悔しさをそのままにこちらを見下す蘭を地べたから見上げることしか出来なかった。
と、次の瞬間──
赤黒い雷光が迸った。
まるで【面具】自身が嫌がるように雷光を発して、蘭の手の中から逃げ出した。まるでお前はふさわしくないと、言って以下のようだった。
「!?!......ッチ、全く」蘭は苛立ちながら、懐からハンカチを取り出して、跳ねて逃げた【面具】にかぶせて摘まみ上げた。
「往生際が悪いですね。本当に」
その引きつった蘭の顔を最後に、意識がトビトビになりだした。
頭と足を掴まれて、どこかへと運ばれていく。
「班長、貴方にもそれ相応の処罰を受けてもらいますからね」
「はいはい」
この揺れと、駆動音は車だろうか。
ぼやける視界の中にいる顎斗と蘭の声だけが聞こえてくる。
「これから先輩はどうなるんだ?」
「最低でも禁錮刑、悪くすれば懲役刑で掘削場行です」
「その心は?」
「【ヨモツ隊士】との共謀、共犯、また無断の【面具】使用、それに伴う戦闘です」
「すげぇ言いがかりだな。こんな的外れなこともない」
「半分は事実でしょう?」
言い返せない顎斗。
「荒滝大尉は厳格な方ですから、それ相応の判決を下してくれることでしょう」抑揚のない蘭の話口調にも、節々に自信を感じられた。
その一言を最後に意識は完全に断ち切られた。
一つの反論も口に出すことが出来ずに。
***
茜色の【天井灯】の下、仕事帰りの道中、買い物帰りの由夢に出会う。その隣には小さな影。
子ども。
はしゃぎまわる鬱陶しさに、小さな体を持ち上げて肩車をしてやると、さらに増してはしゃいだ。
その隣で、微笑みながらはにかむ由夢ゆめ。
いつの間にか人が集まっていた。
松、佐倉、扇。家族ぐるみの仲にみえる。
美子、瑠璃。良き隣人に、良き友人にみえる。
幸せで、幸福な、夢のような時間。
そう、これは夢だ。
都合がよすぎる、あったかもしれない未練の末に作り出した、ただの妄想だ。
そんな人形のような三つの影を、いつの間にか遠くから見つめていた。
薄暗い影の中から、光りに包まれた情景を眺める。
ふと、ふり返ると、なにもかもが燃えていた。
アパートも、コロニーも、何もかも。
その中に、こちらをじっと見つめる片腕の黒い人影があった。虫に苛まれながらも、苦しみ悶えながらも、不動を貫いている。往生際の悪い黒い人影があった。
と、影が指をさす。
そのさきには、火柱の向こうで血に濡れた【龍尾】を携えた仮面の男がいた。
次第に炎の勢いは増していき、仮面の男は見えなくなってしまった。
「............」黒い人影は、こちらに近づき、掌に乗った炎を差し出してきた。
じりじりと燃える炎は近づくだけで、飲み込まれそうな勢いを持っていた。
「分かってるよ」黒い人影から受け取った炎は全身を駆け巡り、走った。この炎は止まることなく、光りに包まれた情景にまで波及し、彼らすらも燃やしていった。
ふり返りはしない、もう。
***
「情報の性差の結果──」
「そうか、なら──」
目が覚めると、そこは薄暗い部屋の中。簡素なベッド、そして鉄格子。
「久しぶりだな、カガチ」
「お久しぶりです、荒滝大尉」
牢の中にいた。
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