灰と選択
「あ、ありがとう、ございましただぁ」老婦人を助けたことに感謝する老人。
「すげぇ」目の前の斬撃に羨望の眼差しを向ける少年。
「助かりました」感謝の言葉とは裏腹に、畏怖する母親。
カガチは放たれた残りの【能面】を切り倒して回っていた。三体の【生成の豺狼】を灰にしたあとも、まだどこかにいるかもしれない【能面】を探して【地方コロニー】の中を走り回った。
あの仮面の男の言葉が頭の中で反復する。
***
「あそこにはきっと多くの人がいることでしょう。
その中の大半は貴方の知らない赤の他人でしょうが、その中でもごくわずか、何人かは知り合いもいるはずです。
あそこにはきっと、ここと同じ光景が広がっている。はずと、期待しています。
あ、あと一つ言い忘れたことがありました!
あそこに【能面】を放ちました。
予定通りなら【生成】が三体。【般若】が一体。先ほどまで貴方の相手をしていた火傷の大男、彼がやってくれました。
でも、どれも今の貴方には関係のない話ですよね」
「......」
そういうと、仮面の男は我が物顔のように【龍尾】の峰を撫でる。
「貴方が喉から手が出るほどに欲しているのは、この刀一本のみ。ですよね?」
あからさますぎる。
「しかし、この子は本当にじゃじゃ馬ですね。全くうまく扱える気がしない。これをうまく手なずけていた紫由夢ゆかりゆめさん、奥さんは超人かなにかですか?
そんな顔をしないでくださいよ、カガチさん」俺はいったいどんな顔をしているというのか。
「......あぁ、そうだ。返してくれ、それは、唯一なんだ。
お前みたいな狂信者が軽々しく扱っていいものじゃ──ない!!
決して!!」
我ながら女々しいとも思うが、心からの声だ。
この二年間がそれを証明している。そのはずだ。俺が欲しいのは唯一、刀だけ。
妻だけが──
口ではそういった、なのに。
「ん〜どうですかね。彼女もべつにそこまで貴方一筋というわけではなかったはずですよ」
「何を、言って?待て、お前はなにを知って──」
「カガチさん。
貴方は何も知らないということですよ。僕は知っている。彼女のことも、この刀の力についても」
「......」深呼吸をする。
わかっている、これは奴の心理的攻撃でしかない。
目の前にいる仮面の男の言葉を信じる根拠などなにもない。なにもないはずなのに、それでも揺らいでいる自分に腹が立った。
なにを二年間、生きていたんだ。
「カガチさん、貴方に一つ予言を残しておこうと思います」
(予言?)
「この世界はいずれ、崩壊する。近い将来必ず」
「何をわけのわからないことを......」
「まぁ、聞いてください。
この地下世界には限りがある。あちこちで地面をワームのように掘り進め、穴倉を広げようとも、いずれ限界はくる。
人口増加、資源の枯渇、そして土地の奪い合い。最後は、殺し合い。
最後は誰も残らない。残るのは【能面】のみ」
「だからこそ、国軍が、輜人がいる。彼らの働きによって、上はいずれ取り返せる」
「地上ではなく、上ですか」
「ゆくゆくは地上も」
「それでは遅いんですよ......」仮面の内側で、ぼそりとつぶやいた一言を確かに聞いた。
「僕はそれを阻止する勇者、貴方はそれを阻むステージ1のボス、いや中ボスといったところかな?
カガチさん──いずれこの行いも正義だったと歴史に刻まれることだろう。
僕の名前はそのときに知ればいい」
ムカつくクソガキだ。
何かも知ってるお前が正義で、何も知らない俺が悪だというのならば。
──二年前の情景が重なる。
多を救い小を切り捨てるお前が正義で、何もかもを諦めきれない俺が悪だと言うのなら。
「お前の眉唾物の作り話なんかで、俺があきらめると思うのか?」
「そう思うのは、カガチさんの勝手ですが、事実です。そのためにも、この子は必要なんですよ!分かります?この意味」
理解されない苦しみに嘆いているのか、それとも呆れているのか。
いや、もし、百歩譲ってこいつの話が本当だったとしても──
「......その刀にどんな力があろうと、関係ないんだよ。それは俺だけに、俺だけに!特別な刀なんだから」
刀を持つ手を固く結びなおすように、自分に言い聞かせる。
だが────
「傲慢ですね」
「 」
「それじゃ続きをやるしかないですね。私はまだ元気ですよ。カガチさんと違って、まだまだ若いですから」
「 」
「どうしたんですか?続きやらないんですか?」
「 」
「変わってしまったんですね、カガチさんは」
気が付いたら、走っていた。
遠くから微かに聞こえる悲鳴や叫び声が鬱陶しくて、とても止まってはいられなかった。
【集会所】で子どもに襲い掛かろうとしている【般若】を見たとき、助けられると思った。
「ありがとうおじさん」
佐倉さんだったかもしれないモノを斬った自分へ、松さんがなんて答えるのか。
「だからって殺すのか」
その答えを待たずに、別の【能面】を探しに行った。
止まってはいられなかったから。
そのあとは【能面】を血眼になって探した。なんでもいいから斬りたかった。
仮面の男が言っていた三体を斬ったあとも、疑り深く辺りを探して回った。が、結局その三体以上見つかることはなかった。
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