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能面 6-2

 泣きわめく子どもの、ガラスを引っ搔いたような声が鬱陶しくて、腹が立つ。


 悲しいのは私も同じなのに。


 それなのに、なぜこんな餓鬼が喚き散らしているのか。


 この伸びた爪で、奴らの顔を切り裂いてやれば、さぞ心が空くことだろう。そうだ、そうすれば、この騒々しい空間も幾分か静かになることだろう。




***




(うルさ)イィねえ」低く唸る鳴き声は怒りと狂気を孕んでおり、その手先にはそれが凝縮されているようである。




 一歩一歩と【爛れ目(ただれめ)】は子供たちに近づいていく。




「イッくん!イッくん」




 そんなに喚いたって、もうなんにもならないんだよ。




「バカ、やろう......早く逃げろ」




 あぁ、可哀想な子たちだこと。今、もうすぐに終わらせてあげるからね。




「なんで、私の、こと、なんか、助け......ブスって、言った、癖に」




 いい気味ね。私も昔は綺麗な肌をしていたのよ。それなのに、今ではこんなに小じわが増えて、そうよ小じわが増えたのよ。


 もう誰も振り向いてくれない。あの人だって、どこかへ行ってしまった。私が愛していたのは、あの人だけだったのに。




「勝手に体が動いちまったんだよ」




 もう全部を滅茶苦茶にしたい。幸せなんて一時の勘違いなんだってみんなに教えてあげたい。私はみんなに知ってほしい。


 私を知ってほしい。




「だかラ、ワタしを見テぇええ!!」


「逃げろ!早く!!」


「いやだぁぁぁ!!!!!」


(僕だって!!みんなを助ける!!)


 短い手を精一杯大きく広げる。いろんな汁が飛び出していた。でもそんな物への羞恥心なんかはなにもなかった。ただ恐怖の二文字だけに支配されていた。




「尊敬するよ。本当に、心から」




 瞼を開いたときに見えた大人の背中は、その高い背丈以上に。どうにも高く、広く、大きく、みえた。





 襲い掛かってきた怪物が、ぶっ飛ばされた!?





「は、はぁ~ぁ」涙、鼻水、汗なんかを垂れ流しながら、大の字に壁を作っていた少年は、安心したのか、力の抜けた野草のように、へたり込む。


 そんな少年を置いて、民家の下敷きになって出れないでいる子どもへと近づき、瓦礫を持ち上げる。




 そこには、頭から血を流した少女を庇うように覆いかぶさった半袖短パンの少年がいた。あちこちを怪我しているがどちらも致命的ではない。ただ問題なのは少女のほう、足を怪我している。




「今度は泣かなかったな」


「......あざます」


「イッくん!!!!」


「は、早く行くぞ!」


 半袖短パンの少年が、へたり込んでいる少年を急かし、倒れ込んでいる少女の肩を持たせる。




「路地を通って【能面やつ】らを避けつつ、南東か南西を目指せ。


 【街道トンネル】の方は人口が密集して、パニックになっている頃合いだろうから、そっちには向かうな。


 人が集まるところに【能面(やつ)】らも集まってくる」持ち上げた瓦礫を下ろして、三つの小さな背中を送り出す。




「ありがとうおじさん」涙に腫れた泣き袋と赤くなった鼻先をこちらに向けて、ひざに顔を埋めてきた。


「よくやったよ」ひざについた少年の鼻水が伸びる。


「痛ィぃ......痛イよぉオ~~」と悲痛な叫びが聞こえてきた。瓦礫に埋もれた【能面】が押しのけて立ち上がろうとしていた。


 子供たちに緊張が走っているのがわかる。




「ここはおじさんに任せろ」


「うん!!」


 三つの小さな背中を送り出した。


「さて────」


 痛みに苦しむような鳴き声をあげ、命乞い。まるで人間みたいな仕草。


「お前らみたいなのがいるから」手が震える。きっと酒が切れたから──


 目の前の肥大化した醜い怪物の喉笛を切り裂く。切り裂いて、止める。もう動かないように。もう、動けないように。




「やめテヨぉー、私っテⅯじゃナイのヨ」


「もう黙れ。その口を喋れないようにして──」




「カガチィィ!!!」


 野太く、低い声、そして落ち着いた平坦な声。だからここまで声を荒げた姿をみたのは初めてだった。


(まつ)さん」店の恰好のまま、襟元を汗で濡らした松がそこにはいた。




「私ヲ見ロぉおおお」


「──ッ!!」


「カガチ!!」


 【般若・爛れ目】が肥大化した腕を振り上げ、叩きつけてきた。そんな単調な動きにひっかかるものでもないが、今はそれどころではない。




「大丈夫だから、それよりも松さん!危ないから離れて!!」


 そんな声にも臆さず、松はまだ声を荒げる。


「あいつが!!佐倉が見当たらないんだ!!!扇も!!!二人とも!!」


「二人が──」最悪の結果が頭によぎる。




「ドウして、見テくれないのヨ!!」


 巻き上げられる埃の煙幕をかき分けて、なおも追撃を仕掛けてきた。この緊急時に。


 その鳴き声が今は、ものすごく腹立たしい。


 人間のような声で、人間のように命乞いをするその仕草に。


 人間のような声で悲しむ声に、涙する表情に。


 苛立つ。


 刀を握る手に力がこもる。


 憎悪が沸き立つ。




 イラついたその衝動のまま、覆いかぶさるように襲い掛かってきた【能面】の腕を叩き斬った。


「ギゃあ嗚呼ああ!!」


 いびつに肥大化した【能面】の腕がボトりと落ちる。そのまま【能面】も瓦礫の山に仰向けに倒れ込む。




 と──


「アナタ?アナたナノよね?会いたかっタわ」


 松と【能面】の目が合った。




「さく──」


「近づかないでくれ松さん!!」


 たどたどしい鳴き声が何に聞こえたのか、何と間違えたのか。不用意にも近づくなんて危険なことをさせるわけにはいかない。絶対に。




「でも......」困惑と焦りにまみれた表情をみて、これは言わなくてはならない。


「いいか冷静に聞いてくれ。


 【能面(やつ)】らはもう人じゃない。人間らしい鳴き声をあげたり、素振りを見せるが、それは全部奴らのただの生態でしかない。


 俺たちのものとは、まるっきり違うものなんだよ」だから離れてくれと、刀で振り払うように遠ざけるが、それでも納得はできなかったらしい。




「やめてくれ......俺ぁ聞いたことがあるんだ。【能面】ってのは、生き物の体を乗っ取るって、それにもう人じゃないって。もうってなんだよ」


(失言だったか)噂というのは、真実を恐怖や興味で歪曲させるものだが、半ば嘘でもないのが、今はもどかしい。


 内心避けていた【能面】の生態を──今、喋っていいものか。




「カガチィ......」


(松さん)


「【能面】は死んだ生き物を媒介に生まれる。


 こいつらが話す内容はどれも生前に口ずさんでいた頃のなごりみたいなもので、反射的に喋ってる鳴き声みたいなもので、言葉これらに意味はないんだ。


 あるのは、人間に対する憎悪のみ。


 【能面(こいつ)】らの虐殺に生物的な本能は介在しない──」




「ごメんなサイ。私がちゃんトしていれば、あの子も、助かっタはずなのニ」


「「............」」松と一緒に息を飲む。




「だからって、殺すのか」


「殺すんじゃない。動かなく、するんだ。もう一歩も動けないように」


「────」松さんは口を動かしてはいるものの、声を出せないでいた。


 せめぎ合う内心。




 佐倉さんだったかもしれない【能面】を殺さないでほしいことと。


 殺さなかったことによっておこる世間への被害。


 松は岩のような顔を、シワまみれにして、ただ傍観していることしかできなかった。




 その悲壮な感情に、心当たりがある。


 よく知っている、この二年間一緒に住み続けた、腹の虫そのものだった。それは質の悪い虫で、悪さをすると知っていても、駆除できない。


 厄介な虫だ。




「もっト近くニ......顔ガよく見たいノ」


「佐倉────」


 【能面】の細いやせ細った手が、松に伸びる。と、松もその手に呼応するように手を伸ばす。


「俺は────」


「すまない。俺は──」


 懺悔するようにうつむく松。


「俺は!!」


 次に松が目を開いたときに見たのは、狂気に染まった残虐な尖爪だった。


「あ......」




「ア──アぁァ......」


 【能面】の核ともいえる固い顔面を縦に割った。力の根源である顔を失った【能面】は普通の生物とは違い、体を灰に代えて、崩れ去る。


「ッチ......」くそったれが──




「う、ぅうう」伸びた【能面】の手が灰になるのを目の前に、松は低く唸り、小さく丸まってしまった。それを【面具】によって底上げされた全感覚が捉えていた。





《好きって言ってくれるのはうれしいけど、それで貴方が不幸せになっちゃったら、いやよ。だって心配になるじゃない、そんな貴方を見てたら。


 だから私を心配させないように!それから好きっていっぱい言って》





 いつだったか言っていた彼女の言葉が浮かんだ。なんで今になってこんなことを思い出したのか。


 これは松に対しての慰めなのか。それとも自分への言い訳なのか。どちらにしても、今の松の肩を支える勇気はなかった。


「「............」」




 路地の端から辺りを窺いながら、少女と女性が顔を出した。


 顔などが少し煤で黒ずんではいるものの、五体満足で外傷は見られない。


 こちらを見つけてはしゃぐ少女と安堵しながらも、周囲への警戒を怠らない女性。




 二人。




「パパ、パパ!!」


「あなた!!」


「やっと見つけた!早く逃げよう!」


 棒立ちしている松の裾を引っ張る扇に、松は目の前の事実を噛みしめるように、ごつごつとした両腕で二人を強く抱きしめた。もう手放しはしまいと。


「大丈夫よあなた。この子も私も無事だから」優しく抱きしめ返す佐倉(さくら)


「パパ痛い」息苦しそうにしつつも、照れたように悲鳴を上げる(おうぎ)


「あ!」




 松の腕の中で扇が捉えた赤黒い雷光の端は、天井へと伸びていった。


 扇の反応に、我に返った松は振り向くも──


「カガチ!!」


 そこにカガチの姿はなく、あったのは灰になった【能面】の残骸のみだった。

下の星で率直な評価をお願いします。

面白くないと思えば、星1でも構いません。しかし面白いと思ったら、星5をお願いします。


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