能面
カガチと少し離れた場所。人気のない北側の寂れた居住区より伸びるメインストリート付近。その屋上に顎斗は、いた。
相手は三人、こちらは打刀を貸出中。
それでもなお、優位は揺るぎない。
「おまえら、本当に何が目的なわけ?刀一本奪うためだけに、こんな大がかりなことしてさ。こっちはそのせいで、俺しかお前らを追えてない......」
【街道トンネル】を抜けた先の【中央コロニー】では、【ヨモツ隊士】の暴動のせいで、大きな混乱が予想される。そのおかげで国軍も、義勇兵たちもまともにこちらへ手を回せていない。
(まぁ、だからこそ俺が来たんだけど)
へたり込む仮面をつけた三人を前に、身に着けている【面具】を自慢するように、髭を撫でてやった。こうやって使うのだと。
仮面で隠れて、その素顔は見えないが、さぞかし悔しかろうという事だけはわかる。
(それにしても、こいつら弱っちぃな。先輩にまかせたアイツが相当やりそうだから、期待してたんだけどなぁ~)カガチに主武装の打刀【八房】を預けているが──
【面具】の力、色である【白金】の力で周囲に浮かせている二本の短刀【海犬】【羽犬】また、手に持っている脇差【山犬】でも、目の前の敵を抑え込むのに不足はなかった。
「チョー!!ムカつくんですけど、なんなんだよてめぇ」
「強ぇな。まぁ、それでこそちょん切りがいがあるってもんだけどな」興奮気味の二人に、仮面の上から、眼鏡をかけた杉のような男が冷静に声をかける。
「こんなとき、隊長なら『どんなときでも冷静であることが大事です。できること以上の事をしないように』というだろう。
だから二人とも、冷静になりたまえ!!」冷静さを欠いた二人を諫めようとしたのだろうが──
「別にワイは冷静だ」
「てかなに?遠回しに、私じゃこいつを殺せないっていってるわけ?こん中で一番弱っちぃのに仕切んじゃねぇーし!てかお前が隊長を代弁すんなし!!!」
「ア!!イ!?ウ......」苛立ち交じりに罵る白セーラーの少女の気迫に、たじろぐ杉のような男。
本当にチームなのだろうかと、疑いたくなるほどに連携ができていない。【面具】に関してもそうだが、中途半端な顕現に、連携のとれていない独りよがりな行動ばかり。なんとも言えないちぐはぐさに、言い表せないもどかしさを感じていた。
「別に言い合ってくれる分にはいいんだけどよ。しっかしいいのか?そんなに悠長にしてて。
ここは【地方コロニー】でも端も端っこ。出口は南側にしかねぇし。お前らどうやって逃げるつもりなの?」
そう、連携もまともにできない弱すぎる集団。しかし体のいいおとりというわけでもない。
あまりにも悠長すぎる。
ずさんすぎると言ってもいい。話に上がる「隊長」でさえ、カガチにご執心の様子。なにが狙いなのかが、見えてこない。
募る疑念や不安。だが、それは次の瞬間に吹き飛ばされた。
「それは......隊長次第だ」
「あ??そりゃ、どういう──」仮面の上から眼鏡を掛けた杉のような男がぼそりといったとき、背後で凄まじい爆発音が響いた。
咄嗟に振り返ったとき、その光景に驚愕した。
その爆発はアパートに仕掛けられた手榴弾の比ではない。瞬く間にそれ以上の惨劇が起こった。
【地方コロニー】の中心地にしてシンボル【集会所】が燃えている。
「おいおい、マジかよ」と、身に覚えのある寒気が背中を直撃した。
「それだけじゃない」また、ぼそりとつぶやいた杉のような男へと向きなおると、そこにいたのは、ありえない現実だった。
「オ腹スいた」
「置いテ行かナイで」
「人ノ気も知らナイで」
そこにいたのは、仮面の上から眼鏡を掛けた杉のような男に付き従う【能面・豺狼】の姿だった。
(【能面】との戦いは日常茶飯事、だからこそ知っている。
【能面】が人に懐くなんてことは決してあり得ない。それほどまでに奴らの憎悪は深い部分に根付いている)
「......お犬様にお面付けてるだけ、とかじゃないよな」この底知れない憎悪はまぎれもない、いつも浴びているものだ。
(くっそ、一度に色々と起きすぎだ。なんで【能面】が?)混乱冷めやまぬ中、敵が待ってくれるわけもなく。
「お前らの敵を用意してやったぞ。行け」眼鏡を掛けた杉のような仮面の男の合図で、一斉に飛び出す【豺狼】が三体。
浮き出ているあばら骨と、半狂乱に餌を求める貪欲性に理性は感じない。しまい忘れた舌とあふれる涎。いつもの怪物的な【能面】である。
そう、いつもの【豺狼】である。
しかしとて──
「どれも【生成】か、ならさっさと片づけるべし!!」
【生成の豺狼なまなりのさいろう】動きは直線的で、何度も踏み倒してきた簡単な作業。躱し、刺し、殺す。単純作業だ、だが──
「ワイらを忘れてもらっちゃ困るぜ!」
【豺狼】の陰から凶悪な刃が喉元へと飛び込んできた。
子供のような女が凶悪な剪定鋏を振りかざし【豺狼】を囮に、攻撃してきた。それに、こいつだけじゃない。
二発の弾丸が鼻先をかすめる。
「絶対ぶっ殺すぅ!!」
小道を挟んだ二軒先から白いセーラ服を着た少女が二丁拳銃でこちらに狙いを定める。覇気が尋常ではない。
仮面をつけているにも関わらず、しわ寄せた般若顔が目に浮かぶ。
「やっぱ女って怖ぇ」と、そこへ階下の道を走る赤黒い雷光が視界の端を横切った。
「カガチ先輩、そっちは片付いたんッス──あれ?」
その表情は【面具】で隠れていたものの、相当な焦りようだった。と同時に疑問が浮かぶ。が、そんなものは、ものの数秒で解決された。
「あぁ、そういうことね」
ふり返り、そこにいたのは──
「隊長♡」
「隊長殿......」
「ッチ、ちょん切りたかったのに」
「皆さん、ご無事ですか?」
隊長と呼ばれる仮面の男だった。
相手は四人と三匹。打刀は貸出中。
果たして──
「じゃ、頑張っちゃおっかな♪」
***
とにかく走った。
一分一秒が惜しい。感情に理解が追い付かない。感情のままに、体が動いてしまっている。辺りから聞こえてくる声がとにかくうるさかった。
「誰かぁあ」
「お母ぁあ!!」
「助けてぇああ」
燃え盛る業火はアパートの比ではない。【集会所】を中心に隣家から隣家へとその炎は燃え広がり、瓦礫の下敷きとなった人々の悲鳴は泣き止まない。
そんな阿鼻叫喚の中に、不協和音のような異質な鳴き声も混じっていた。
瓦礫と炎をかき分けて、不平不満を鳴く【能面】の姿が、そこにはあった。
【豺狼】と、ひときわ大きく泣きわめく人型の【般若・爛れ目】さらに増した憎悪を纏った怪物がいた。
「クソッ!!!」
【能面】にはいくつかの段階がある。
初期段階の【生成】、第二段階の【般若】、第三段階の【真蛇】。だが、一つの段階を超えるごとにその【能面】は前段階とは全く別物の怪異となる。
進化と言っても遜色はない。
そんな【般若・爛れ目】が視界に納めたのは三人の子どもだった。
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