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崩壊の狼煙 5-3

「済まない......隊長」照準を合わせた体制のまま、固まっていることしかできなかった事実。


「いいえ、仕方ありません。少々長引きそうなので、プランBでいきましょう。よろしくお願いします」


「了解」と巨漢の男は「プランB」という言葉を聞いて、冷静さを欠いていた自分を冷静に受け入れ、次へ迅速に行動を移した。


「やられたよ」


「いえいえ」


 斬撃は確かに巨漢の男の喉笛を捉えていた。が、それを横入りするように、仮面の男が放った弾丸がかすめた。


 よくよくみれば、すでに済ませている。


 おそらく仮面の下に前々から【面具(めんぐ)】を装着させていたのだろう。


 それにしても、この男は【面具】のことをよく理解している。


 とっさの判断で打ち込んだ銃弾は巨漢の男の鼻先を通り、その先にいるこちらの額中央へと伸びていった。


 基本的に【面具】の装着者にとって一発の銃弾など、余程の状況でもない限り脅威に値しない。【面具】から発生する特殊な雷光によって身体機能が飛躍的に上昇しているため、銃声を聞いた後でも、対処は可能だ。


 だが、先ほどの状況では、その余裕が判断を鈍らせた。


 【面具】によって常人の身体機能から逸脱した思考は、目の前の得物か、それとも退避かの二択を選択できてしまえた。


 いや、これは──


(鈍ってるな)


 仮面の男は銃口から煙の吹いている自動式拳銃を脇のホルスターへとしまい込む。


薔薇(ばら)のレリーフ、迦楼羅(かるら)製じゃないのか)迦楼羅社の手榴弾、歩兵銃。そして美子を殺した女の拳銃。部隊で銃火器を統一するのは珍しいことではない。


 しかし、その頭目が全く見たこともない自動式拳銃、しかも薔薇のレリーフ入りとは──


(本当に鈍ってるな。敵を目の前にして考え事なんて)


 今はただこの憎悪に身を任せれば、それでいい。


「権利がないとは、もう言わせねぇぞ」顎斗(あぎと)から仮受けた打刀の切っ先を仮面の男へと向ける。


「ふふ、そうですね」どこか楽しそうな仮面の男は、奪い取った【龍尾(りゅうび)】を撫でるようにして、抜き去った。


 それはもう、新しいおもちゃを手に入れた子供のように。


 刀を握る手に力が籠る。


「半世紀前、唐突に地上を追われた人々は、地下へと活路を見出した。


 なぜか──


 それは【能面(のうめん)】というモンスターの出現の影響でもあり、一人の英雄の登場の影響でもあった。


 ミスター氏春・藤若(うじはる ふじわか)


 モンスターパンデミックに陥った地上を奪還するためのキーとして、地下を仮住まいとするために、彼はあるものを生み出した。


 それが【面具】。


 示し合わせたかのように登場した、たった一人の面打ち師が【能面】の力の根源たる、顔面の突出した外骨格を材料に作成したのが【面具】とのちに言われる兵器です。


 【面具】は装備した人間に並外れた身体能力とパワーを授ける」


 仮面の男は歴史を等々と語りながら、ウロウロと辺りを練り歩きながら、徐々に間合いを詰めてくる。


 顕現しているのは、こちらと同じ【赫火(かくび)】の羽織。唐草模様(からくさもよう)矢羽根模様(やばねもよう)が左右でわかれているものである。


「彼の作品は二年前の地上奪還作戦でも凄まじい力を発揮したとか。装着者はまさに鬼人となる。


 しかし、彼は最後の作品を作り終えたのちにその消息を断っている。亡くなられたのか、それともどこかに隠れ住んでいるのか。その行方はついぞわからないまま。


 以降、様々なアプローチで彼の作品の再現に取り掛かっているが、いまだ30%の再現にも至っていない。


 まさしく神のような存在だ!と、そう思いませんか?」自身を【ヨモツ隊士】と名乗るわりには、口調や抑揚からも、藤若氏春の信者のような印象を受ける。まるで子どもが憧れの存在を自慢気に語るような高揚感をひしひしと感じる。


「何が言いたいかというとですね、楽しみなんですよ。カガチさん。


 彼の作品を最も、使いこなしていた貴方と戦えることが。


 この勇者の剣をもって、どこまでやれるのか!!」


 そう言って、仮面の男は【龍尾(りゅうび)】の切っ先をこちらに向け構える。


 高揚感など、いらない。


「楽しむ余裕なんて、ねぇよ俺には」沸き立つ怒りにくべる。さらに燃えるように。


 業火が焼き尽くす音、人々の逃げ惑う声が遠のいていく。


 視界の端が狭まり、目の前の男とその手に握られた刀【龍尾】、それだけに意識が集中する。


 互いに、すり足でにじり寄る。


(奴の刀を搔い潜り、急所に一撃。首か、心臓か。思い出せ、二年前の感覚を)


 仮面の男は低く、切っ先を下に、切り上げ。


 こちらは上体を起こし、正面から。


 さらに、にじり寄る。


(あと、一歩。間合い)


「「赫火・法衣(かくび ほうい)」」


 両者同時に法術(ほうじゅつ)を展開、両者の肉体に赤黒い雷光が迸る。


 肉体の強度、反射速度、基礎代謝、認識速度などをさらに強化する。


 時間が圧縮されたように加速する二人の思考は、周囲の時間を置き去りにする。    


 炎の揺らぎが左右に往復する刹那に、両者は言葉のない会話を紡ぐ。


右切上(みぎきりあげ)逆風(ぎゃくふう)刺突(しとつ)、下がる?誘い、いや......)指の強弱、つま先の向き、肩の挙動。敵の一挙手一投足が次の数瞬の生死を分ける。


 視線、息遣い、指先、つま先。あらゆる予兆を匂わせ、揺さぶりをかける。


 傍目から見れば、十数秒静止して、ただ見つめ合ってるだけだろうが、斬り合いはすでに始まっていた。


 そして、そのときは、来た。


 キン──


「いつまで、昔のままだと?」


 はにかみ笑う抑揚に、苛立ちが募る。


(やれれた)


「くっそ」どちらが先手を取るか、どちらが出し抜くか。そういった読み合いをしているつもりだった。


(こいつ!わざと斬り結びにきやがった)片腕と両腕。どちらが有利かなど誰でもわかる。昼過ぎのお遊びチャンバラとはわけが違う。


 数と、馬力が違う。切り結べば、それだけに技と駆け引きがもろにでる。それこそ実力者同士なら。


「クッ!」


「フフン♪」


(もどかしい!!)


 片腕というのが、想像以上にやりづらい。こんなことなら竹刀でも振って、慣らしておけば──


「こんな時に、考え事ですか?」


 と、いなされ脇腹を撫でられる。


「!?!」


 内臓までは逝っていない。だが、確かな痛みが後を引く。


「こんな痛み、ダメージのうちに入らねぇよ」自己治癒に強化を回してはいられない。そんな強化を緩めるような事をすれば。


 追いつけなくなる。


「フフン」仮面の男の不適な笑みがあふれる。


「ハァ、ハァ」えずく声がこぼれる。


「この程度でゲームクリアとは味気ないにもほどがありますからね。こっちも、まだまだ足りないですから」そう言って【龍尾】の刃についた血液を羽織の端で拭い去る。


「ちゃんと、ついてきてくださいね。おじさん?」


「黙れよクソガキ」沸き立つ激情を、赤黒い雷光に変えて。


 天井付近まで伸びているアパートがいくつも点在するここ居住区に、赤黒い雷光が二つ、縦横無尽に駆け巡る。


「この程度ですか!【焔鬼】と呼ばれた貴方の実力は!!最強と恐れられた輜人の力は!!!」


「うるせぇよ!!」


 三次元を行き来する二本の雷光は僅かながら、片方がよろめいている様にも見える。


 いや、明らかに片方の軌跡がブレている。それはキレのある片方と衝突するたびに起こる様で、その回数が増えるたびにブレは大きく、また雷光は弱々しくなっていった。


 キンッ────!!と、ここ一番に甲高い音が鳴った。一瞬の火花とその後の衝突音が全てを物語っていた。


 


***




 燃え盛るアパート。


 そこの十二階、人一人が突き破ったような大穴が、並んだ部屋を貫通していた。


 五部屋先にあの恐れられた最強はいた。扉をあけると、息も絶え絶え、壁にもたれかかった虫の息の最強が──


「はぁ、はぁ......フフ、お疲れ様でしたカガチさん」業火に燃えるアパートに叩き込まれたカガチは燃え盛る瓦礫を支えに、なんとか座り込んでいた。


「まだ、やりますかカガチさん?それともこの辺で終わりにしますか?実力差も明らかですし......」切っ先を降ろし、疲弊しきったカガチに近づく。荒い呼吸は浅く、小刻みに、次第に聞こえなくなっていった。


「あの、聞いてますか?カガチさん......」


 周囲を揺らめく炎が弱まり始めた。


「カガチさん............」このとき、完全に刀の切っ先を下ろしていた。


「勝手に殺すなよ」刀を支えに、重たそうな体を持ち上げるカガチはまさしく死に体といった風体であった。


「いや!もしかしたらっと思って。でも、こんな簡単に【最強】が死ぬとは思っていませんでしたよ」


「なら、さっさと殺せばよかっただろ。なぜためらった?」


 吹きだした血液と、額の汗、雷光の力のなさ。


「フフ、随分と余裕がありませんね。これが元【最強】の姿とは到底思えません。


 ま、二年も前線から退いていれば、刀もさび付くというもの。


 ためらったんじゃないですよ。最後のフィニッシュはちゃんと認識、意識したいですからね。古き英雄の最後ですから」


「ハッ、古き英雄、元最強か。なら、その真骨頂をみせてやるよ。こっちはやっと──」


 虫の息の英雄の周囲から炎が、吹き消されたように一瞬にして消えた。


「あったまってきたところなんだよ」


「何を言って」咄嗟に打刀を構える。


 暗転。


 周囲を燃やしていた炎は完全に鎮火した。唐突な出来事。一斉に消えた。


 だというのに確かな熱は感じる。


 熱源はどこへ。炎の熱は一体どこへ。


「構えろ」カガチの瞳に確かな生気が宿る。


 暗がりに浮かぶ赤黒い雷光は勢いを取り戻し、なおも増してボルテージが上がっているようだった。


「力比べがしたいなら、受けて立ってやるよ」その気迫はまさしく鬼そのもので。


 つい、一歩後ずさってしまった。


 ある意味で、後ずさったことは命を救う結果となった。もし、あのときまともに受けようと前に出ていれば、刀を折られていたかもしれない。


 そんな可能性がよぎるほど、目の前のカガチは別人へと変貌していた。


「エンジンがやっとかかったってことですか」独白をこぼす。


「随分と余裕だな」


「若いですから」


 カガチの一振りはアパートの外壁や柵、扉などを、内側から押し出すように吹き飛ばした。


 先ほどよりも格段に膂力の高まったカガチの一撃により、無理やり部屋から押し出された。




***




 仮面の男は──


 ともに空中にいた。


「直前で後ろに跳んだな」


 身じろぎのできない空中で、しばしの休戦調停中に会話の花を咲かせえる。


「それよりも、どういうからくりなんですかそれ?僕にもやり方教えてくださいよ」


「周囲の熱を【()】に変換したんだよ。これは【赫火】の特権といっていいな。他のじゃ、こうもいかない」


「へぇ、いいですねそれ、僕にもできますかね!!」


 無邪気。


「コツはいるが誰でもできる。お前もやってみるといい」


 地面まで残り、三メートル。


 「お前に今度があればな」


 着地が──合図。


 今度こそ、確実に、斬る。

下の星で率直な評価をお願いします。

面白くないと思えば、星1でも構いません。しかし面白いと思ったら、星5をお願いします。


感想お待ちしております。

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