崩壊の狼煙 5-2
「フフ、その体で?身一つで?一体何ができるっていうんですか?」
呆れた声で男はため息混じりに言う。
確かに身一つ、相手は過激派組織。
だが、それがどうしたというのか。何も自分を持っていない、失うものなどない。そんな抜け殻が、そんな理由で動かないなんてことがあるのか。
血走る目の端で捉えた酒瓶を拾い上げて、地面に叩きつける。
瓶底が割れ、中身が飛び出し、鋭利なガラスだけが残る。
「そんな事が、そんな些事が、お前らを殺せない理由になるのか?」
言葉を発してから、一歩目を踏み出すまでにためらいはなかった。割れた酒瓶に、殺意を込める。
人なんてのは簡単に死ぬ。それを知っている。
「死んでくれ!!」
しかし──
一発の弾丸が激怒を、感情を置き去りに体の方を簡単に止めた。
アパートの階段。
仮面をつけた巨漢が持っていたのは【弐拾参式迦楼羅歩兵銃】国軍を中心に広まっている重火器メーカーの小銃である。
その弾丸は正確に、カガチが振り上げた瓶を、手の甲ごと貫いた。
「うック──」割れたガラス片とともに、右腕の血と肉片が飛び散る。
勢いが、殺された。
しかし敵は目の前にいる。手の届く距離にいる。ならば問題はない。そのまま、負傷した右こぶしを振り上げて殴り掛かった。
「嗚呼あああああああ!!!!!!!!!!」
激高とともに。
それでもなお、放たれた右こぶしは届かず、代わりに左ひざに弾丸を食らい、膝を屈する。そして戦意を挫くように、銃床で側頭部を殴りつけられた。
結果、貫かれた右手首を抑え込む様に仮面の男の目の前でうずくまる、という屈辱的な構図が出来上がった。
仮面の男には一滴の血も飛び散らず、そして一歩も動かず、不動のままこちらを見下していた。
「今のあなたに、私の前へ立つ資格があると思っているんですか?
昔はさぞ、ご活躍されたようですが、今は......見るに堪えない。
酒におぼれ、自堕落に時間を浪費していただけの貴方に。
十二分に時間はあったでしょうに、何をしていたのですか?」
痛みに悶える中、ささやかれる一言一言に胸をえぐられる。
事実、どれも当てはまることであり、自覚のある事柄だった。
過去の悲劇にあぐらをかいて、一歩たりとも動こうとしなかった、矮小な存在でしかなかった。
いつまでたっても進めない情けない男だった。
悶えるままに、憎らしそうに仮面の男をにらみつけることしかできなかった。そんな駄々をこねた子どものようなダメ男へ、呆れたように溜息をつくと仮面の男は、鳩尾をつま先でえぐるようにけり上げた。
「グボォ!!」
その一撃は重く、二度三度転がる程度では収まらないほどの激痛と窒息が襲った。その場で、酒しか入っていない胃袋から、アルコール混じりの胃液を吐き出すほどに。
「大丈夫ですか隊長さん。かかってねぇですか?」
「あぁ、問題ないよ。それよりも火を放ち終わったら、早々に退散するとしましょう。彼らもこの騒ぎに気が付いてやってくるでしょうから」
「それじゃあ......これはどうします」
「そっちで処理してくれて構いません」
「了ー解」仮面をつけた巨漢の男は手に持っていた【弐拾参式迦楼羅歩兵銃】の銃口を脳天へと合わせる。が──
「期待外れってやつですか?」
「そんな風に聞こえたかな?
そうだね、少しだけ、残念に思うよ」そう言うと、仮面の男は周囲の状況を確認しようと、辺りを見まわしだした。
もう興味はなくなったらしい。
そんな会話を嗚咽にまみれながら、遠くなった耳で微かに聞いていた。
息は乱れ、涙を流し、泥にまみれている。なんとも情けないまま面をあげたとき、そこにあったのは──
死だった。
銃口と目が合ったのだ。
(......これが待っていたものなのか)駆け巡った走馬灯の中に、ここ二年弱の記憶は一切なかった。
あったのは、妻との出会いと、過ごしたアパートでの暮らし、そして別れの瞬間だけだった。
「さようなら鬼さん」銃口を向け、狙いを定めるその向こうに男の白い歯が見えた気がした。仮面の下に隠れているとはいえ、向けられた悦楽を感じられないほど鈍感でもない。
だが、それだけ。
このとき、確かに悟ってしまった。突きつけられた現実を受け入れようとしていた。先ほどまでの怒りも忘れて。
しかし、天は──閉ざされて久しい天はいまだ、苦痛しかない人生から解き放ってはくれないらしい。
バン──
放たれた弾丸はわずかに頬をかすめて、地面へと着弾した。この至近距離で外すなんてことはありえない。
引き金を引くと同時に、どこからか一刀の短刀が巨漢の男の銃口を弾き、弾道をずらしたのだ。
「どこからですか!!」
慌てたように仮面の男が、短刀の投げこなれた場所を特定しようと周囲を見渡したが、どこにも、誰も見当たらない。
「誰か、見ませんでしたか!」
周囲の仲間も同様に、辺りを見回しだした。もちろん目の前にいる巨漢の男も。
結果、その場にいる全員が一瞬、見えない仮想敵に、たじろいだ。だからこそ、配達はなされた。
仮面の男の一声のすぐのちに、ドスッ──と、目の前に打刀が差し込まれた。
わずかに白金色の雷光を纏った打刀は、加えてあるものを引っ掻けており【それ】を届けたものだと、わかった。
巨漢の男は目の端でそれをとらえていたらしい。
事態の深刻さにいち早く気が付き、慌てて排莢しようとボルトを引く。
***
「ックソ!」
巨漢の男が照準の先に見たのは、届けられた【面具】を手に持ち、装着しようとしているカガチの直前の姿だった。
バン────
「マズッたね、こりゃ。調子に乗りすぎた」そこにいたのは【面具】を装着した後のカガチだった。
二つに割れた弾丸。
そして赤黒い、朱殷色の釘抜模様が施された羽織を纏い、まるで別人のような雰囲気をしたカガチが仁王立ちしていた。
瞳の虹彩は赤黒く、ゆらめく毛髪の色素も赤みを帯びており、なにより鬼の【面具】がまるで生きているかのように、生き生きと生命力を帯びているようにみえた。
さきほどまで、ゲロをまき散らし、もだえ苦しんでいた哀れな男とは似ても似つかない。
その圧倒的な存在感を放つカガチの出で立ちへ、どこからか高笑いが聞こえてくる。
「蘇った!蘇ったぜぇええ!!!【焔鬼】が帰ってきた!!ヒャーハハハ!!!」
この軽薄と粗暴が煮詰まった声の持ち主は。天井か!!
「顎斗」
「お久しぶりっすねカガチさん。また、泣いてるんすか?」
「ハッ、温すぎてあくびが出ただけだよ」
「ヒヒッ!」
顎斗と呼ばれたその男は天井に足を付けて立っていた。いや、吊り下がっているという方が正確だろうか。そんな状態で両手を叩きはしゃいでいる。
目の前の片腕の男に面具を届け、とどめの一撃を防いだ男だ。
髭付きの【面具】を付け、甲冑を顕現させている野犬のような丸刈りの男。だが、その細めた瞳は無邪気な子どもをも彷彿とさせる。
しかし、このままコケにされたままでは終われない。今ならまだ、注意がそれている今なら、頭に一撃。
「なめるな」と、再度ボルトを引き、再度打ち込もうと照準を合わせるが、はっきり言って、遅すぎた。
照準の先で捉えたのは、カガチの影と、赤黒い雷光の軌跡だけだった。
***
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