崩壊の狼煙
「なんだ!おい」
「どうした」
「爆発!?」
がやがやと騒ぎ立てる近隣住民たち。白煙を挙げるカガチ宅を物見遊山で覗いている。
と、部屋の中から声が聞こえる。
一つではない、いくつかのまばらな男女の声。
「どうだ?死んだかな??」
「それ死んでない時に言うやつじゃ!ま!でも、死んでなかったらワイがちょん切るだけだから安心しろ」
「何を言っている!?作戦通り行動しろ。16:30にはここを撤退する予定なのだ。予定通り奴の相手は隊長にお任せすればいい」がやがやと騒ぎ立てる声。
立ち上る白煙をかき分けて出てきたのは、丁の字に楕円を重ねたような特徴的な仮面を被った集団だった。
「あ、どうも。お騒がせしております」頭の後ろに手を置いて礼儀良く挨拶をする、ひときわ面積の大きい男が頭を下げた。
「ヨモツ隊士だ!!!!」
「まじかよ!」
彼らの一般的な認知とは──
信仰は一人の大地母神に捧げられており、曰く生きた人間が地下で暮らすことは理に反しており、地上こそが人間のいるべき場所、そのため地上を目指せ。
というもの。
だが、実際は聖域と定めている地下を、人間に荒らされることを何よりも嫌っている、口だけの危ないやつらという印象。
それが過激派組織【ヨモツ隊士】何をしでかすのか分からない地下世界の反乱分子である。
「わぁ、相変わらずすごい嫌われようだねぇ」
「そりゃそうじゃろ」
「集中したまえ、二人とも」
そんな騒ぎがやっと、鼓膜に届いた。
というのも、手榴弾を目にした瞬間に後ろへと飛びのき、二階から地上へダイヴ。間一髪のところで難を逃れた。
そのせいで、背中はひどい打ち身である。
意識を取り戻すと、痛みが徐々に追いついてきた。
「なんだってんだ、マジで」
火薬の匂いと血の匂い。そして痛み。
過去に何度も浴びた【五拾参式迦楼羅手榴弾】それがなんでこんな居住区に。
痛みと熱に悶えながら、二階部分に視線をやると、上からこちらを覗く武装した三人組の影が見えた。
「起きたぞ。やっぱり五拾参式一個じゃ、やれなかったようだ。奴さん案外丈夫じゃないか」焦げた癖毛を耳より上で二つ結びしているノースリーブの巨漢。見えている小麦色の肌からは男臭い剛毛が生えているが、白い火傷跡が、小麦色の肌とは対照的でまだら模様のように上腕から首筋にかけて広がっている。
「お前のせいだぞデカブツじーちゃん。お前が変なフラグを立てるからこうなる」
両手持ちの剪定鋏を手に持ち、ジョキジョキと空を切りながら隣の巨漢に威嚇する。カニみたいに。
「俺のせいかい?これ」
その横でまっすぐ伸びた杉のような男は腕を後ろで組み、剪定鋏をもった子供のような女へ呆れたように一瞥し、またカガチを見て何を思ったのか、少し空くうを見た。
「あれが、隊長の言っていた【最強の輜人】......本当にそうなのか?」
「お前が隊長野郎を疑うとは、珍しいな高身長馬鹿」
「うるさいぞ、蟷螂女」険悪モードである。
「ところでさ、一ついいかい!!」
空気が悪くなりそうなのを察してか、ムードを変えようと威勢よく声を張り上げる。と、子どものような女をはさんでいる杉のような男へと指を刺す。
指先は杉のような男の顔へ。
「ん?なんだ」
「君のその頑なな眼鏡キャラはどういうアレ?なんだい?
仮面の上から眼鏡って、イジっていいのか悩むんだけど」この杉のような男は仮面の上から、丸眼鏡を直に掛けているのだ。わざわざ紐を付けて、耳にかける部分を延長して頭の後ろで括っている。
はっきり言ってファッションとしては前衛的で、実用としては難ありの珍百景である。
「フン、なにをいう。これは隊長より拝受いたした眼鏡だ。いついかなる時も肌身離さずつけるのが、自明の理というもの」そういって眼鏡のブリッジ部分を中指で押し上げるのだが、ずり落ちないように相当きつく縛り上げているせいで、眼鏡が持ち上がらず、手持ち無沙汰になった手をそっと後ろで組みなおした。
「ははは......君ってのはそういう人間だったね」
「お前はアホを隠そうとするバカだ。どんな面を被ろうと、バカは隠せない。バカはバカだからだ」なんとも間の抜けた会話、日常会話に毒気が抜かれる。
(なんなんだアイツら)寝転がっていた体を持ち上げる。
と、いまだ煙立ち込める部屋の中から「あ!!」っと声高にソプラノな声がした。
「隊長!!ありましたよ刀!!!箪笥にありました!!!」その一言に痛みを忘れて、叫びそうになったが、それを遮るように隣の男が、先に答えた。
「ありましたか!それはよかった。早く見せてください」
「!?!」
一切の気配も息遣いも感じなかった。が、しかしそこには確かに仮面をつけた男がいた。
ねじれ、壊れた柵の隙間から一束三つ編みの白いセーラー服を着た少女が降ってくる。その他と同様に彼女も仮面を付けていた。
「全く箪笥に二重底とかチョー探すの大変だったんだからなおっさん。マジでふざけんなよ」と人差し指で文字通り、こちらを指さし憤りを訴える。
「おぉ、これが」と女の手に持つ刀へと、感動のせいか震えた手で迎える、が「あ!待って」と少女は刀をひっこめる。
「なにか言う事ないんですか?隊長殿??」と物欲しそうに、無駄に突起のある体をくねらせる。
「フフ、そうですね。ありがとうございます。貴女には助けられました」という爽やかな一言とともに男は彼女の頭を優しく愛撫するのだった。
この一言とご褒美がほしいがための、ささやかな要求だったらしい「いーいえ♪」とご機嫌にも、長い三つ編みを翻す。と、その打刀の受け取りを皮切りに控えていた三人がアパートに油と火を巻き始めた。
炎は簡単に広がっていった。面白いぐらいに。
ちゃぶ台、箪笥、服。ギフト缶、金。
わずかに残った軌跡と思い出が残った部屋の中は炎で埋め尽くされた。
そのころにはもう辺りは阿鼻叫喚。近隣住民、下の階の人々。誰もが声を挙げて、逃げ出した。
だがそんな中、一人。たった一人が白いセーラー服を着た三つ編みの少女へと近づいていく。
「アンタら何やっとるんだい!こんなことしてどれだけのもんに迷惑になるか、考えた事あるんかい!!」
語気を強めるその姿を何度となく目にしたことがある。訳ありの強面な連中へも分け隔てなく口を挟む管理人はそれと同様に連中へも容赦なく近づいた。
彼女はいつだって、平等であった。
「ウルセェよババア」ためらいはなかった。慈悲はなかった。猶予はなかった。
一発の凶弾が美子の心臓を撃ち抜く。単純で簡単なやり方で、みんなの管理人は殺された。
狂喜乱舞、血祭り騒ぎの渦中、だ。
まるで、舞台端で殺されるエキストラのような死にざまだった。
「これが【龍尾】噂通り美しい刀ですね。手入れは欠かさなかったようで、安心しました。さて、騒ぎを聞きつけて、じきに厄介な人らが集まってくるでしょう。そのため我々も早々に退却しなければなりませんが──
その前になにか言い残したことはありませんか?」
紅蓮に燃える業火を反射して、橙色に染まる刃を前に、凶弾に倒れた知人の流血を前に──
「......言う事?」
沸き立つ気泡が割れては、生まれる。
また割れて、生まれる。
「これから死ぬ奴に、これから死ぬお前らに」
沸騰するほどの激高が支配していた。
「何か言う必要あるか?」
憎悪が滾る。
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