〇九八 見せしめ
「た、助けてください!」
薄汚れた袖なしの服を来た白髪の男が、市街地の中を逃げ惑う。
「逃げられると思ってるのか!」
それを数人の蛮兵が追いかけていた。
日没にはまだ早い明るい時間にも拘わらず蛮兵たちが市街地に現れたことに、住民は何事かと驚いた。
「なんだなんだ?」
通りを歩く人びとはその捕物に振り返る。
逃げる男が市場の人だかりの中に逃げ込もうとすると、
「あっ!」
男は市場の入り口に無造作に置いてあった木箱に足を引っ掛け、勢い良く前につんのめって転んでしまう。
そこに三人の蛮兵が追いつき、その男を取り押さえた。
「手間かけやがって」
蛮兵は吐き捨てるように言い、男の左腕を背中に回し、捻り上げるようにして立たせた。
ゴキッ!
肩が外れる音がし、
「うぎゃっ」
男は悲鳴を上げ、痛みに顔をしかめる。
そこに、
バタバタバタ・・・
慌てた足音と共に護衛隊の二人が駆けつけた。
「その男は何をしたのでしょうか」
と蛮兵たちに確認する。
「この男はラビッツの仲間だ」
リーダーらしき蛮兵がそう答えると、
「ラビッツなんて知らない!」
男は顔面蒼白でそう叫んだ。
「どういうことでしょうか」
隊士は訊く。
「どうもこうもない。こいつが嘘を言っているだけだ」
リーダーらしき蛮兵がそう答えると、隊士はその白髪の男に声をかけた。
「手のひらをみせろ」
隊士に言われ、男は右手の手のひらを開いてみせた。
その男の手のひらには前科を示す入れ墨があった。
「なるほど・・・」
隊士がそう声を漏らし、もう一人の隊士に目配せをすると、
「我々が過去に捕まえた男に間違いないだろう」
その隊士は真顔でそう応えた。
「助けてください!」
男は泣きながら訴える。
この白髪の男は過去に護衛隊が捕まえ、監視団に引き渡した霊兎だった。
つまり、この男は護衛隊の手から離れ、すでに監視団の管理下にあるのだ。
「失礼しました」
隊士は蛮兵に謝罪した。
「うむ」
リーダーらしき蛮兵は難しい顔をして頷くと、男を抱える二人に「行くぞ」と声をかけ、市場の外に向かって歩き出した。
「この男の肩はどうしましょうか」
男を抱える蛮兵が尋ねると、リーダーらしき蛮兵は振り返り、
「そのままで構わん」
厳しい顔つきでそう答え、再び歩き出した。
蛮兵二人が男を両脇から乱暴に抱えると、
「ぐぁああ!」
男は外れた肩の痛みに悲鳴を上げた。
蛮兵たちは男の外れた肩などお構いなしに、引きずるようにして先を歩くリーダーらしき蛮兵の後を追った。
「ぐぁああ、た、助けてください!」
男は自分の身に何が起こるのかわかっているのだろう。泣き叫ぶことをやめない。
蛮兵はその男が泣こうが喚こうが関係なく、強引に広場まで引きずっていった。
その泣き叫ぶ男の声に呼ばれるように、広場には何事かと人々が集まってくる。
広場の真ん中に連れて来られた白髪の男は、命乞いをし続けた。
「頼みます、頼みます、助けてください!」
男が泣きながら訴えると、
「黙れ!」
蛮兵はそう怒鳴り、男の腹を思いっきり殴った。
「うぐっ・・」
男は呻き声を漏らし、地面に膝をつく。
しかし、両脇を抱えられた男はうずくまることを許されない。
蛮兵は広場にいる人々に向かって叫ぶ。
「この男は、殺人武装集団ラビッツの仲間である!よって、見せしめのため、この広場において処刑する!」
蛮兵は広場に集まる人々に向かってそう告げた。
「知らないんだ!ラビッツなんて!」
男は涙ながらに訴える。
「もっと泣き叫べ!命乞いをしろ!」
リーダーらしき蛮兵は男にそう言いながら剣を抜いた。
「ラビッツをかくまう奴がどういう目に合うか、しっかりと見てろよ!」
リーダーらしき蛮兵は野次馬たちに向かってそう叫び、剣を振り上げた。
男は恐怖に顔を引きつらせ、
「やめてくれぇ!」
痛々しい叫び声を上げた。
男の右に立つ蛮兵が男の右手をとって持ち上げると、
「むん!」
リーダーらしき蛮兵は一刀両断に男の腕を斬り落とした。
「ぎぁいああ!」
男の悲鳴が広場中に響き渡り、広場に集まった人々もあまりの光景に目を逸らし、耳を塞いだ。
男の右腕を持っていた蛮兵はそのまま男の腕にかぶりつく。
「美味いなぁ、お前の右腕は」
蛮兵は泣き叫ぶ男に向かって男の肉を咀嚼してみせた。
「やめてくれぇええ!ぎぁああ!」
男は発狂していた。
「この男はラビッツの仲間である!しかしラビッツは助けに来ない!わかるか!ラビッツは仲間を見殺しにする奴らなのだ!」
リーダーらしき蛮兵はそう叫ぶと、
「むん!」
今度は男の左腕を斬り落とした。
バサッ!
「ぎゃあああっ!」
そして、左手を持ち上げていた蛮兵が野次馬たちにみせつけるようにその肉を食らうのだった。
「ぎゃぁあああ!」
足をバタつかせ、腕のない体を左右に揺さぶっって激しく泣き叫ぶ男を、蛮兵たちはニヤニヤとした顔で眺めるのだった。
血飛沫で蛮兵たちの顔も血塗れだった。
「ラビッツはどこだ!お前の仲間はどこだ!」
蛮兵は広場中に聞こえるような大きな声で尋問する。
泣き叫んでいた白髪の男もすぐにぐったりとして動かなくなった。
「ラビッツは卑劣な奴らだ!」
蛮兵はそう叫んで男の右足を斬り落とした。
しかし、男はもう何の反応も示さなかった。
男はすでに息絶えていた。
「お前たちに警告する!ラビッツをかくまう者はラビッツと同罪である!この男と同じように、この広場において処刑する!この男のようになりたくなかったら、ラビッツを差し出せ!」
蛮兵は広場に集まる人々にそう叫び、白髪の男の斬り落とした右足を拾うと、広場の人々にみせつけるように、その太ももにかぶりつき、その肉を食い千切ってみせるのだった。
そのあまりの光景に、広場はしんと静まり返っていた。
「ヒーナ、耐えるんだ」
広場の人だかりの中に、ギル、ヒーナ、パパンがいた。
バケ屋敷からは毎日誰がしかが、親衛隊の動きを偵察するために市街地に送り込まれていた。
この日はこの三人が当番で、たまたまこの場面に出くわしたのだった。
蛮兵のやり方の残酷さに、ヒーナは怒りに震えていた。
今にも斬りかかりそうなほどの怒りに満ちた眼差しで蛮兵を睨みつけている。
「広場を取り囲むように親衛隊が配置されている。これは罠だ」
ギルがそう言ってヒーナの肩に手をおくと、
「わかってるよ」
と返し、ヒーナは剣の柄から手を離した。
ヒーナが落ち着いたのを確かめると、ギルはぺっと唾を吐いた。
「しかし、ひでぇことしやがる」
ギルも吐き気を覚えるほどの怒りを感じていたのだ。
今までの自分だったら、ヒーナを止めるどころか、真っ先にあの蛮兵たちに斬りかかっていただろう。
しかし、今は耐えるときだ。
ギルはそう自分に言い聞かせていた。
「ラビッツをおびき出すことが目的なら、今日だけの話ではないな」
パパンはそう言って顔をしかめる。
「いつまで我慢しなきゃならないのさ」
ヒーナが悔しそうにすると、
「わかんねぇ。けど、我慢するしかないんだ」
ギルはそう言ってなだめることしかできなかった。
それは自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。
「くそっ」
ヒーナはギルから顔を背け、両手の拳を握り締め歯を食いしばる。
そのとき、ギルはふと教会の方から視線を感じた。
人だかりの中からこちらに向けられた視線。
誰の視線かは確認できないが、長居は禁物だ。
「行こう」
ギルはヒーナとパパンに声をかけ、足早に広場を後にした。
「ラビッツはお前たちの敵だ!」
蛮兵たちは息絶えた男の胴体を立たせると、広場に集まる人々に恐怖心を与えるために首を刎ね、その顔から目をくり抜いて口に入れ、それをゆっくりと味わうように咀嚼してみせるのだった。
「おお・・・」
それを目にした人々から恐怖のどよめきが起こる。
その広場の人だかりにはシールとマーヤの姿もあった。
「なんなの、これ・・・」
マーヤは苦々しい表情を浮かべる。
「ひどい・・・」
あまりにも惨たらしい光景に、シールもそんな声を漏らすことしかできなかった。
二人が広場で足を止めたのは、蛮兵が〝ラビッツ〟の名を叫んだからだった。
二人の気を引いたのはあくまで〝ラビッツ〟であって、そこにいるかも知れないタヌとラウルの存在だった。
もしかしたら、タヌやラウルが現れるかも知れない・・・
そんな想いが、二人を広場に引きつけたのである。
二人は広場の人混みの中に意識を向けた。
蛮兵による広場での処刑がラビッツをおびき出すために行われているのは明らかで、もしかしたらラビッツは人混みの中に紛れ、この残酷な光景を見ているかも知れない。
そう思ったからだ。
広場の北、教会側から処刑の様子を見ていた二人は、そこから人混みの一人ひとりの顔を認識するようにして視線を移動させた。
すると、南南西の方角、処刑現場から五十メートルほど離れたところに立つ三人の霊兎で視線が止まった。
そこだけ明らかに周りの空気と違っていた。
凄い殺気だわ・・・
シールの目に茶髪の娘と亜麻色の霊兎の姿が留まった。
二人と一緒にいる黒髪の霊兎も仲間だろう。
シールがその三人のことを知らせようとマーヤを横目に見ると、横目でこちらに視線を向けたマーヤと目が合った。
マーヤもその三人に気づいて何かを感じたのだ。
もしかしたら、あの三人はラビッツかも知れない・・・
マーヤがそう思ったとき、亜麻色の霊兎が二人の視線に気づいたのか、仲間の二人に声をかけ、足早に広場から去っていった。
「あの人たち、ラビッツかも知れないね」
マーヤがそう耳打ちすると、
「そうね」
シールは頷き、去っていく三人の姿を見つめながら、何か嫌な胸騒ぎを覚えるのだった。