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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
98/367

〇九七 コンクリの名代


 厚く空を覆う雲。


 ところどころが割れて、そこから陽の光が射している。


 リザド・シ・リザドの美しくも無機質な街並み。


 その背後に聳えるフィア山。


 フィア山の中腹にある神殿には、ラドリアからの使者が訪れていた。


 使者が持っているのは、最高兎神官(としんかん)コンクリからの親書だった。


 神殿の〈謁見の間〉。


 一段高くした壇上の椅子にミザイ・ゴ・ミザイは座り、壇の下、左に祈祷(きとう)爬神官(はしんかん)であるラギラ・ゴ・ラギラとステラ・ゴ・ステラが立ち、右に爬武官(はぶかん)であるゴリキ・ド・ゴリキが立って、ラドリアからの使者、コンミーザの読み上げる親書に耳を傾けていた。


「服従の儀式とは、いかにもコンクリらしい」


 ミザイ・ゴ・ミザイは感心するように頷いた。


 コンミーザはスペルスの統治兎神官に就任したばかりの初老の霊兎(れいと)だ。


 コンクリからの信頼も厚く、その柔らかな物腰と落ち着きを失わない態度を評価され、コンクリの名代としてリザド・シ・リザドへ(つか)わされたのだった。


「この儀式は我々霊兎族にとって屈辱ともいえる儀式です。それをあえて行うことで、我々霊兎族の忠誠を示したいと思います」


 コンミーザは神妙な面持ちでそう言い、頭を下げる。


「うむ」


 ミザイ・ゴ・ミザイが真顔で頷くと、


「しかし」


 と、ゴリキ・ド・ゴリキが口を挟んだ。


「服従の儀式を受け入れるより、公開処刑を続けるべきです。恐怖心を植え付けることで、忠誠心を高めるべきです。その方が確実です」


 ゴリキ・ド・ゴリキはミザイ・ゴ・ミザイにそう進言し、コンミーザを威嚇するように睨みつけた。


 コンミーザはゴリキ・ド・ゴリキのその眼差しに気づかない振りをし、じっとミザイ・ゴ・ミザイの言葉を待つ。


 ゴリキ・ド・ゴリキのその言葉と態度に、コンミーザは爬神族の苛立ちと焦りのようなものを感じた。


 ミザイ・ゴ・ミザイはゴリキ・ド・ゴリキを(さと)すように語る。


「ゴリキ・ド・ゴリキよ、確かにお前の言う通り、このまま公開処刑を続けるのもいいだろう。しかし、それはあくまで次善の策に過ぎない。公開処刑によって生まれる忠誠心は、あくまで恐怖心によって縛りつけた、押し付けの忠誠心に過ぎないが、霊兎族が自ら行う儀式によって誓う忠誠は、まさにそれが霊兎族の意志だということを明確に示すものになる。つまり、今後霊兎族はその自らの誓いによって縛られるということだ。ゴリキ・ド・ゴリキよ、よく考えるがいい。恐怖によって押し付けられた忠誠心と、自らの誓いによって守られる忠誠心と、どちらがより強い拘束力を持つかを」


 ミザイ・ゴ・ミザイは威厳のある声でゴリキ・ド・ゴリキに問いかけた。


「それは・・・」


 ゴリキ・ド・ゴリキは口ごもり、返事をすることができなかった。


 そんなゴリキ・ド・ゴリキを冷たく見下ろし、ミザイ・ゴ・ミザイは言葉を続ける。


「一見、恐怖によって支配した方が、効力があると思えるかも知れない。しかし、押し付けられたものは、いつか必ず、それを撥ね除けようとする者が現れるだろう。その度に、我々は恐怖心を植え付けなければならなくなる。しかし、よく考えてみよ。今まで霊兎族は我々に従順に従って来たではないか。我々は恐怖によって霊兎族を支配していたわけではない。霊兎族の信仰心によって我々は霊兎族を支配して来たのだ。それが七年前、ラドリアにおける献上の儀式の際に現れた、二人の気狂いによって、たまたま、この世界の秩序に傷がつけられ、(ほころ)びが生まれたに過ぎないのだ。その綻びを(つくろ)うのが、服従の儀式なのだ」


 ミザイ・ゴ・ミザイは服従の儀式を受け入れることの意義をそう説明した。


 しかし、ゴリキ・ド・ゴリキは簡単には納得することができなかった。


 それは理屈ではなく、感情から来るものだった。


 公開処刑という名の虐殺を行うこと自体が、ゴリキ・ド・ゴリキをはじめ神兵(しんぺい)たちにとっての快楽であり、悦びとなっていたからだ。


 今更それを手放せと言われても、そう簡単に手放せるものではないのだ。


 それは神兵たちの士気に関わることだった。


「お前の懸念はなんだ」


 ミザイ・ゴ・ミザイは返事をしないゴリキ・ド・ゴリキに厳しく問う。


 ゴリキ・ド・ゴリキは正直に答えるわけにもいかず、色々言い訳を考える。


 そして、一つの答えに辿(たど)り着く。


「コンクリを信じて良いものかどうか・・・」


 ゴリキ・ド・ゴリキは服従の儀式なる儀式そのものに疑問を呈した。


 それがゴリキ・ド・ゴリキの精一杯の抵抗だった。


 その返事を、ミザイ・ゴ・ミザイは「ふんっ」と鼻で笑う。


「服従の儀式は霊兎族にとって屈辱の儀式だ。安易な気持ちで行われるものではない」


 ミザイ・ゴ・ミザイは厳しく言い、それから、


「そうだな?」


 と、コンミーザに念を押した。


「その通りでございます」


 コンミーザはきっぱりと答え、頭を下げる。


 ミザイ・ゴ・ミザイはコンミーザの答えに納得して頷くと、


「ステラ・ゴ・ステラよ、お前はどう考えるか」


 と、ステラ・ゴ・ステラに見解を求めた。


「兎人の手によって兎人を斬り、そしてその肉を自ら差し出すというのは、並みの覚悟ではできないものです。ここはコンクリを信じて構わないのではないでしょうか」


 ステラ・ゴ・ステラは冷静に自らの見解を述べた。


「うむ」


 ミザイ・ゴ・ミザイはその見解に満足し頷いた。


「本当にそれで構わないのでしょうか」


 ゴリキ・ド・ゴリキは険しい表情でなおも食い下がる。


「構わん」


 ミザイ・ゴ・ミザイはゴリキ・ド・ゴリキを突き放し、それからコンミーザに視線を向ける。


 ゴリキ・ド・ゴリキは落胆し、ただ宙を睨むだけだった。


「使者よ、この男の懸念は正しいものか」


 ミザイ・ゴ・ミザイはゴリキ・ド・ゴリキを一瞥(いちべつ)し、コンミーザに意見を求めた。


「絶対的な力であるドラゴンが存在している以上、爬神様が恐れるものは何もないはずです。我々霊兎族は、爬神様に逆らうものではございません。ただひたすらに、ドラゴン、および爬神様にその身を捧げる存在として日々を生きています。これまでも、これからも、その霊兎族の生き方に変わりはございません。本来ならば、服従の儀式を行う必要などないと考えています。しかし、爬神様が我々の信仰心を疑っている以上、それを晴らすための手段として、服従の儀式を行うことに決めたのでございます。コンクリ様のその決断に疑う余地はございません」


 コンミーザは毅然とした姿勢を崩さず、力強く、コンクリに他意のないことを訴えた。


 コンミーザのその落ち着いた物言いに、ミザイ・ゴ・ミザイは何度も頷き、


「使者よ、よく言った」


 と、その言葉を喜んで受け入れた。


「我々はあのラドリアで起こった惨劇以来、どこかコンクリを疑っていたところがある。しかし、服従の儀式によってその疑念が払拭されるなら、それに越したことはない」


 ミザイ・ゴ・ミザイはそう言い、その肯定的な態度にコンミーザはほっとした。


「あれはあくまで狂人の犯した罪でございます」


 コンミーザは強い口調でそれを明言した。


「うむ。お前の言う通りだ。たしかに、コンクリもそう言っておったな」


 ミザイ・ゴ・ミザイはコンミーザの堂々とした態度につくづく感心した。


 それがゴリキ・ド・ゴリキには歯がゆかった。


「はい。二度とあのようなことは起こりません」


 そう胸を張って応えるコンミーザにミザイ・ゴ・ミザイは深く頷くと、その目つきを鋭くし、


「ならば確認するが、服従の儀式で捧げられる生贄は特別な霊兎に間違いないのだな」


 と、ドスの利いた声音で尋ねた。


 ミザイ・ゴ・ミザイの関心は、服従の儀式で捧げられる生贄にあった。


 正直、それ以外のことには関心がなかった。


「はい。間違いございません。それだけの霊兎を生贄として用意させていただきます。その霊兎の持つ霊力は、献上の儀式で捧げられる霊兎の比ではございません。ドラゴンは永遠の生命を手に入れることになるでしょう」


 コンミーザはミザイ・ゴ・ミザイの目を真っ直ぐに見つめ、きっぱりとそう言い切った。


 その眼差しに嘘偽りがないことは、その場の誰もが認めるところだった。


「ドラゴンは我々の祈りの結晶である。そのドラゴンに力を与えているのも、献上の儀式で捧げられる献身者たちだ。服従の儀式で捧げられる生贄が、ドラゴンに永遠の力を与えるというのなら、それを受け入れないわけにはいかないだろう」


 ミザイ・ゴ・ミザイは強い口調で生贄の価値を口にし、その言葉に二人の祈祷爬神官(はしんかん)はしっかりと頷き、ゴリキ・ド・ゴリキは宙を睨みつけるだけだった。


 ミザイ・ゴ・ミザイはそんなゴリキ・ド・ゴリキを鼻で笑い、


「服従の儀式を受け入れる」


 と宣言した。


 宣言したということは、もはや覆すことはできないということだ。


「ミザイ・ゴ・ミザイ様・・・」


 ゴリキ・ド・ゴリキは後ろを振り返り、失望の眼差しでミザイ・ゴ・ミザイを見る。


 コンミーザが神妙な面持ちで深く頭を下げ、


「ありがとうございます」


 そう感謝の言葉を伝えると、


「ゴリキ・ド・ゴリキよ、サットレでの処刑は中止し、今後予定されている処刑もすべて取りやめよ」


 ミザイ・ゴ・ミザイはゴリキ・ド・ゴリキに対し、公開処刑の中止を強い口調で命じた。


 その厳しい眼差し、怒気を含んだ声に、ゴリキ・ド・ゴリキはただ従うしかなかった。


「わかりました」


 ゴリキ・ド・ゴリキはその目に落胆の色を浮かべたまま頭を下げる。


 これですべては決まった。


 ミザイ・ゴ・ミザイはコンミーザを冷たい眼差しで見下ろし、


「コンクリにそう伝えよ」


 と、重々しい口調で告げる。


「はい」


 コンミーザが頭を下げると、


「下がれ」


 ミザイ・ゴ・ミザイはそう言ってコンミーザを帰したのだった。


 コンミーザが去ると、その場を静寂が支配した。


 納得がいかない顔で俯くゴリキ・ド・ゴリキにミザイ・ゴ・ミザイが声をかける。


「ゴリキ・ド・ゴリキよ、私は鼻からコンクリを信じていない。服従の儀式にはステラ・ゴ・ステラと共に、お前も出席するがいい。我々にとって服従の儀式の目的は唯一つ、生贄の霊兎を得ることだけだ。生贄の霊兎を奪ってしまえば、服従の儀式などはどうでもいい」


 ミザイ・ゴ・ミザイは鋭い眼差しでそう告げニヤリと笑う。


 その言葉にゴリキ・ド・ゴリキは驚いて顔を上げた。


 その顔にはミザイ・ゴ・ミザイの真意を読み取れない困惑の色が浮かんでいた。


「それはどういうことでしょうか」


 ゴリキ・ド・ゴリキは尋ね、まじまじとミザイ・ゴ・ミザイを見つめた。


 ラギラ・ゴ・ラギラは「まさか・・・」と呟いて唖然とし、ステラ・ゴ・ステラも驚いてミザイ・ゴ・ミザイを見つめた。


「処刑を続けたいのだろ?」


 と問い、ミザイ・ゴ・ミザイはゴリキ・ド・ゴリキに意味深な眼差しを向けた。


 その眼差しが意味するもの。


「あっ・・・」


 ゴリキ・ド・ゴリキにはピンと来るものがあった。


 ミザイ・ゴ・ミザイはゴリキ・ド・ゴリキの目の奥に光が射すのを見て取ると、


「霊兎族すべての都市から統治兎神官、および護衛隊隊長が集まる服従の儀式は、まさに処刑に相応しい場とは思わぬか」


 そう言って卑しい笑みをその口元に浮かべるのだった。


 ミザイ・ゴ・ミザイがコンクリの使者の前でみせた態度は、あくまで相手を油断させるためのものだったのだ。


 ゴリキ・ド・ゴリキは思わぬ展開に驚きを隠せない。


「そういうことでしたか・・」


 ゴリキ・ド・ゴリキは自分の愚かさを恥じ入るように呟き、


「私が浅はかでした」


 そう言って頭を下げる。


「もはや霊兎どもの誓う忠誠には何の意味もない。恐怖によって誓わせる忠誠こそが、この力によって支配された世界には相応しいのだ。綻びが生まれたら、(つくろ)えばいい。綻びを繕うための殺戮もまた、兵士たちへの褒美としてちょうど良いであろう。私が服従の儀式を受け入れたのは、ひとえに生贄を手に入れるためである」


 ミザイ・ゴ・ミザイは自らの考えを説明し、


「生贄を手に入れた後は、お前の好きにするが良い」


 と告げ、片頬に冷たい笑みを浮かべた。


 その言葉は、ゴリキ・ド・ゴリキの胸にふつふつとした殺意を呼び起こすものだった。


 ゴリキ・ド・ゴリキのその目に、冷酷な殺気が蘇る。


「ならば服従の儀式において、最も残酷な光景をお見せしましょう」


 ゴリキ・ド・ゴリキは不敵な笑みを浮かべてそう応え、ミザイ・ゴ・ミザイを見上げた。


 その血を求める冷たい眼差しを、ミザイ・ゴ・ミザイは喜んだ。


「コンクリの顔が見ものだな」


 服従の儀式で狼狽(うろた)えるコンクリの姿を想像しただけで、ミザイ・ゴ・ミザイは背筋がゾクゾクッとするほどの喜びを感じるのだった。


「ふふふ、はぁははは」


 ミザイ・ゴ・ミザイのコンクリをあざ笑う声が響き渡る中、


「さすが、ミザイ・ゴ・ミザイ様・・・」


 ゴリキ・ド・ゴリキはそう呟いて、ただ、ただ、ミザイ・ゴ・ミザイに感服するのだった。


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