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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇九四 サスケの死に場所


 スラム街近くの河川敷。


 サスケは両親の墓石の前で背筋を伸ばし、胡座(あぐら)をかいて目を閉じ座っていた。


 墓石と言っても名前が彫られているわけでもない。ただの石だ。だから、注意して見ないとそれが墓石だとは誰も気づかないものだった。


 サスケは景色の一部となって、その場の空気に溶け込んでいた。


 石の上に置かれた一輪の花。


 暖かな日差し。


 そこにある静けさ。


 川風に茶髪の髪が揺れ、サスケはゆっくりと目を開ける。


 サスケは脇に置いていた酒瓶を手に取ると、二つあるコップに酒を注ぎ、その一つを石の前に置いた。


「父さん、今日は飲もう」


 コップを石に向かって掲げ、一口(すす)る。


「美味いなぁ」


 サスケは大袈裟に言って相好を崩す。


 こうして墓の前に来るのはだいぶ久しぶりだった。


「今、霊兎族の都市が大変なことになってるらしいんだ。爬神様が住民を公開処刑してるんだって」


 亡き父が霊兎族に関心があるとは思えなかったが、話の出だしはこれじゃなきゃダメだった。


「うん。そうなんだ。特に兎人が悪いことをしたわけじゃないと思う。七年前に起こったラドリアの惨劇のときに爬神様を斬り殺した霊兎がいただろ。その子供たちが五年前にラドリアから逃げ出したんだけど、その二人が(いま)だ捕まってないんだ。その二人を爬神様は恐れているんだと思う」


 サスケは遠くを見る眼差しでそう言い、ふっと微笑む。


「実はさ、その逃げ出した二人と友達なんだ。タヌとラウルっていうんだけど、二人はタケルやアジと同じ匂いがするんだ。それですぐ打ち解けることができた。まるで昔からの親友のようにさ。それだけじゃないよ。タケルとアジをボコボコにしたギルって奴とも今じゃ仲良しなんだよ。ちょくちょく六人で集まって剣術の稽古したり、未来について語り合ったりしてるよ。ほんと、人生って不思議だよね」


 サスケは夢中になって石に向かって語りかける。


「タヌ、ラウル、ギル、この三人は本当にすごい奴らなんだ。今、ラビッツを名乗って蛮兵を襲ってるんだぜ。凄すぎると思わない?考えられないよ」


 サスケは嬉しそうに言い、酒を啜る。


 この日のサスケはいつになく楽しげだった。


 そのとき、石に置かれた一輪の花が、風に吹かれて転がり落ちた。


 サスケはそれに気づいて花を元の位置に戻す。


「あ、そうそう、話が逸れちゃったね。本題は、爬神様が霊兎族の都市で公開処刑をしてるって話だったね」


 サスケは頭を掻いて申し訳なさそうに笑う。


「ムサシ様やトノジ様はその公開処刑がいずれ俺たち賢烏(けんう)族の国々でも行われると思ってるみたいなんだ。うん、そうなんだ。どっちにしろ、爬神様に刃向かう気がないなら、受け入れるしかないんだけどね。とはいえ、何もせずにその時を待つんじゃなくて、とにかく今は情報収集ってことらしいよ。霊兎族の出方や、それに対する爬神様の反応とかを見て方針を決めるみたい。ん?うーん、どうだろうね。ムサシ様は現実主義者だから、爬神様に刃向かうことはないと思う。だから結局、サムイコクでの公開処刑は避けられないかも知れない」


 そう言ったところで、サスケは急に黙り込んだ。


 サスケは思い詰めた表情になり、ゆっくりと息を吸うと、


「でも、タケルは違う」


 そうきっぱりと言い、鋭い目つきで宙を睨んだ。


「この前も話したけど、タケルはこの世界のおかしさに気づいたんだ。働かされるだけ働かされて、使い物にならなくなったら食べられてしまう。そんな奉仕者たちの存在に、これでいいのかって、胸を痛めてるんだ。タケルは何も知らない人々を騙すようにして、奉仕者たちをリザド・シ・リザドへ送り出すことに憤りを感じてるんだ。それどころか、タケルはリザド・シ・リザドにいる奉仕者たちを救いたいとさえ考えてるよ。ん?そんなことできるのかって?うーん、どうだろ。普通に考えたら、不可能だろうね。だけど、父さん、タケルならやってくれると思うんだ。もちろん、簡単に動くことはないと思う。だって、失敗したら間違いなくサムイコクは滅ぼされてしまうからね。動くなら、タヌ、ラウル、ギル、この三人が立ち上がったときだと思ってるよ。あいつらとなら、世界を変えられるって思うんだ。いずれ霊兎族は爬神族に対し、堂々と反旗を翻すと思う。それもそんな遠くない日に。なぜわかるかって?だって、あのラドリアの惨劇の二人の血を引くタヌとラウルだよ、爬神様による虐殺を受け入れるはずがないじゃないか。こんな世界を許すはずがないじゃないか。必ず、二人の父親のように、爬神様に剣を抜き、立ち上がるはずだよ。俺もタケルも、そしてアジも、その時を待ってるんだ」


 サスケは自らの想いを吐露し、そしてその言葉に力を込める。


「今、俺は楽しそうに話してるだろ。虐殺の話だって言うのにさ。変だよね」


 サスケは石に向かって苦笑いを浮かべる。


 それから、真顔でその真剣な思いを語った。


「俺も、タヌやラウルのように、世界を変えるためにこの命を捧げたいんだ。そして誇り高く死にたいんだ。そして今、世界は変わろうとしている。そう、俺は俺の死に場所を見つけたんだ。だから嬉しいんだよ。えっ?父さんの気持ちはわかるよ。でもさ、ただ死ななければいいだけの人生なんて、そんなの意味ないよ。ただ時間を潰すためだけの人生に、生きてる意味なんて見つけられないんだ。生きるってことは、自分の命を燃やすってことだと思う。そう、俺は俺の命を燃やす場所を見つけることができたんだ。タケルやアジと出会って、俺の人生は変わった。そして、あの三人と出会って、俺は自分の生きる意味を見つけることができたんだ」


 熱く語るサスケのその眼差し。


 そしてその想い。


 石の上に置かれた一輪の花が、そよ風に揺れる。


 サスケはふと優しい笑みを浮かべると、


「だから、父さん、喜んでくれよ」


 しみじみとそう言ってコップを口に運び、ぐいっと中の酒を飲み干すのだった。


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