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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇九二 イスタル到着


 アクは執務室を後にすると、腹ごしらえに食堂に向かった。


 食堂に向かいながら、五年振りに訪れた施設内の様子を見ても、特に懐かしいとも思わなかった。


「変わんねえな」


 アクの感想はこの一言だけだった。


 アクが男子寮の前を通り過ぎ、厩舎へと続く通路を横切ろうとしたとき、横目に美しい二人の娘の姿が飛び込んできた。


 見覚えのあるその二人に、アクは唖然としてしまう。


 なぜだ・・・


 アクの目に飛び込んできたのは、シールとマーヤ、二人の姿だった。


 そこまでしてあいつらに会いたいのか・・・


 アクの心に激しい嫉妬と、怒りの感情が渦巻いた。


 二人はそれぞれ馬を引き、厩舎の入口へ向かうところだった。


「お前ら!」


 アクは思わず怒鳴っていた。


 シールとマーヤの二人は怒声に驚いて振り向くと、そこにアクがいるのを見て揃ってお辞儀をした。


 そこに動揺は見られない。


 イスタルの精鋭養成所に来たのだから、遅かれ早かれアクと出会うことになるのはわかっていたし、そのための心の準備はできていた。


 二人は立ち止まり、そこにアクが大股で歩いて来る。


「お前ら、なぜここにいる!」


 アクが感情を露わに二人に向かって声を荒げると、シールが引いている馬が驚いて後退(あとずさ)りし、


「どぉーどぉーどぉー」


 それをシールが馬の頬を撫でてなだめるのだった。


 シールとマーヤの二人は、その迫力に気圧されそうになりながらも、努めて冷静さを保ち、アクに向かって改めてお辞儀をした。


「こんにちは」


 二人はそう挨拶をし、作り笑顔で微笑んだ。


 アクは二人の前に立つと、


「誰の許可があってイスタルに来たんだ」


 そう言って二人を睨みつけた。


 イスタルへ来たことを、アクにとやかく言われる筋合いはない。


 マーヤはアクの偉そうな態度が気に食わなかった。


「ダレロ様よ」


 マーヤはぶっきらぼうに答え、シールはマーヤをチラッと見て、


「ダレロ様の依頼でイスタルに参りました」


 と、丁寧に答えた。


「ダレロ様だと?ダレロ様がなんでお前たちをイスタルへ派遣するんだ」


 アクはダレロの依頼と聞いても納得できなかった。


 この二人がダレロ様を言いくるめたに違いない・・・


 そう確信していた。


「なぜって、私たちに訊かれても困ります。私たちはイスタルを視察してくるように命じられただけですから。ここで教官をしているラーミ様への手紙も預かって参りました」


 シールは平然と、自分たちがここにいる理由を告げた。


 そのしれっとした態度が腹立たしい。


「ダレロ様は騙せても、俺は騙されないからな」


 アクはそう凄んでみせる。


「騙してません」


 シールは毅然と応え、マーヤは馬を引く手綱を握りしめアクを睨みつける。


「そんなにあいつらに会いたいのか」


 アクがそう言い放つと、二人の目が微かに泳いだ。


 人間というものは本当のところを突かれると動揺してしまうものらしい。


 しかし、それでも、シールは表面上の冷静さを崩さなかった。


「私たちはあくまでダレロ様の指示で、イスタルに来ただけです」


 シールは強い意志をその目に表し、アクの目をしっかりと見返した。


 その視線の強さにアクはシールの強さを感じた。


「下手な嘘をつくな」


 アクは自分の力に屈しない二人に苛立ちを隠せない。


「嘘ではありません」


 シールは表情を変えないし、しっかりとした口調も変わらない。


「まぁ、言い訳はどうでもいい。あの二人が俺の手によって殺される前に、せめてひと目だけでも会えるといいな」


 アクはそう言って余裕の笑みを浮かべた。


 アクのその殺意のこもった言葉、その嫌らしい目付き。


 二人は目を伏せ、それに応えない。


 さらに、


「それからお前たちがイスタルにいる間、親衛隊の隊士をお前たちに付けることにする」


 アクはそう告げニヤリと笑う。


 親衛隊に付きまとわれたら、自由な行動なんてできない・・・


 シールの顔色が変わる。


 アクはそのシールの一瞬の動揺を見逃さなかった。


 シールがそれを嫌がるのなら、まさにそこにシールの企みがあるということだ。


「その必要はありません」


 シールはそれをきっぱりと断り、マーヤはうんうんと力強く頷いた。


「私はラドリアの親衛隊隊長としてお前たちを守らなければならないのだ。イスタルは今、ラビッツなどという武装グループがいて物騒なのだ。蛮兵たちも気が立っている。お前たちを守るのは親衛隊の仕事だ。特にお前たちのような人目を惹く女は、いつ襲われるかわからないからな」


 アクはそう白々しく言い、嫌らしい眼差しで舐めるように二人を見るのだった。


 シールはアクのその眼差しに吐き気を覚え、返す言葉もなかった。


 マーヤはゾッとして、


「余計なお世話よ!」


 と、言い返していた。


「お前たちの意志など、俺には関係ない」


 アクはそう言い放つ。


 それから、


「ふあははは」


 と高笑いをし、


「それじゃ、メシでも食ってくるか」


 そう捨て台詞を吐き、食堂に向かって去っていった。


「あー、気持ち悪い」


 マーヤは顔をしかめ、


「・・・」


 シールは険しい表情で宙を見つめた。


 そして、


 ブルル・・・


 馬が鼻を鳴らすと、


「でも、これで良かったのかも知れない」


 シールはそうポツリと呟いて、その表情を緩めるのだった。


 マーヤはその言葉に驚いて、


「なにが?」


 と聞き返す。


 シールはマーヤに振り向き、穏やかに自らの考えを伝えた。


「親衛隊が私たちを監視するなら、逆に私たちも、私たちを監視する兵士たちの様子から親衛隊の状況を知ることができると思うの。それに、親衛隊がいるお陰でアク様は私たちにちょっかい出せないと思う。見方を変えれば、親衛隊はラビッツじゃなくて、アク様から私たちを守ってくれる、ってことにならないかしら。そう思ったら有難いくらいよ。どうにもならない状況だって悪い事ばかりじゃない。そう思わない?」


 シールがそう投げかけると、


「ある意味、私たちの思う壺ってこと?」


 マーヤはシールの顔をまじまじと見てポツリと言う。


「そう、そういうこと」


 シールは笑顔でそう応え、マーヤはシールのその笑顔を見てほっとした。


 それは、体から余計な力が抜けるような、そんな安堵(あんど)感だった。


「見方を変えれば世界も変わるんだね」


 マーヤはそう言って空を見上げ、背伸びをした。


 グゥ〜。


 マーヤのお腹がなった。


「あら、やだ」


 マーヤは舌をペロッと出し、恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「マーヤったら」


 シールは緊張感を和らげるマーヤの明るさが好きだった。


「パンがあるから、それ食べてからラーミ様のところへ挨拶に行きましょ」


 シールはそう言って馬を引いて歩き出した。


「うん!」


 マーヤは元気よく頷き、シールに続いた。


 これから始まるイスタルでの日々。


 シールとマーヤ、二人の想いが、ちゃんと届きますように。


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