〇九一 変わらない卑しさ
親衛隊は馬を飛ばし、夕方のまだ明るい時間にイスタルの教会(精鋭養成所)施設に到着した。
「待ってたぞ」
コンドラは執務室にアクを招き、親衛隊の到着を歓迎した。
コンドラはいつもの金ピカの椅子に座ってふんぞり返っていて、その隣には監視団団長サウォの姿があった。
サウォはアクが執務室に姿を現すと、アクの堂々とした態度と他者を圧倒するオーラに目つきを鋭くした。
アクはサウォを一瞥し、コンドラに向かって背筋を伸ばして立った。
「アク、久しぶりだな」
コンドラはそう声をかける。
「お久しぶりです、コンドラ様」
アクは神妙な面持ちで頭を下げ、それから、
「お久しぶりです、サウォ殿」
真顔でサウォに挨拶した。
「また会うとは思っていなかったがな」
サウォは不機嫌にそう返す。
アクは武術の教官としてイスタルにいたとき、何度も蛮兵と揉め事を起こしていて、その度にサウォは嫌な思いをさせられていたのだった。
アクはそんなサウォの態度を鼻で笑う。
「これも何かの縁なのでしょう」
アクはふてぶてしくそう返し、コンドラに向き直る。
コンドラは二人の間に流れる不穏な空気など気にもしない。
「ラドリアへ応援を要請した理由はもうわかっているだろうが、お前の仕事はラビッツを壊滅させることだ」
コンドラがラビッツに対する怒りで声を震わせると、
「わかっています」
アクはそう応え、冷酷な笑みを浮かべた。
そのアクの冷たい目つきに、サウォは数年前に会ったときとは比べものにならないくらいの凄みを感じた。
この男なら、ラビッツを壊滅させることができるかも知れない・・・
サウォはそう思うと同時に、アクに対する警戒心を強くするのだった。
アクは真顔で本題に入る。
「コンドラ様もすでにお聞きしていると思いますが、スペルスおよびミンスキにおいて、爬神軍による公開処刑が行われました。今後、残りのすべての都市において、公開処刑は行われると考えられています」
アクはそう告げ、コンドラの反応を窺う。
アクはコンドラの反応に興味があった。
アクが知るコンドラは、自分以外のことにまったく興味がなかったからである。
イスタルの統治兎神官となったコンドラは、この問題をどう捉えているのだろうか。
「うむ。コンクリ様の使者からもそう聞いている」
コンドラは淡々とそう言って頷いてみせる。
その声音からは思った通り、危機感が感じられない。
「それならば、服従の儀式についても・・・」
アクは念のために確認した。
「聞いておる」
コンドラはゆっくりと頷いた。
コンドラのその余裕の表情を見る限り、コンドラが服従の儀式を理解しているとは思えなかった。
「ならば話は早いです。服従の儀式で処刑する背信者のシンボルとして、ラビッツを生け捕りにすることを、私はコンクリ様から命じられています。つまり、私の仕事はラビッツをただ壊滅させるだけでなく、生け捕りにし、ラドリアへ連行することです」
アクは強い口調で、ラビッツを生け捕りにする必要があることを告げた。
コンドラにそこを理解してもらわないと、蛮狼族監視団にラビッツの処刑を許可しかねないからだ。
あくまで、アクが殺すのはタヌとラウルだけであって、その他のラビッツの連中は生きた状態でラドリアへ連行しなければならないのだ。(コンクリが背信者のシンボルとしたのはまさにタヌとラウルの二人なのだが、アクにはその認識がないようだ)
「おお、そうだったな。たしか、それもコンクリ様の使者から聞いておる」
コンクリは頬をピクッと引きつらせ、
「サウォ殿、よろしいですな」
と、サウォに慌てて同意を求めた。
サウォは横目でコンドラを一瞥し、その顔に微かな怒りを滲ませながら、黙って頷いた。
二人のそのやりとりをアクは冷静に見ていた。
サウォはラビッツを殺すつもりだし、コンドラもそれを望んでいる。
アクの目にはそう映った。
だからこそ、コンドラには事の重大さをわかってもらわなければならない。
「なんとしても、爬神軍による処刑をやめさせなければなりません。そのためにも、ラビッツを生け捕りにすることが大切なのです」
アクは語気を強めてそう念を押した。
アクにはアクなりの正義がある。
もともと護衛隊を志願していただけあって、治安や秩序、住民を守る責任感のようなものは強く持っているのだ。ただ問題は、アクの正義はあくまでアクにとっての正義であり、その自分に都合のいい正義感で、今まで何人も殺してきたことだった。
「うむ」
コンドラは気のない相槌を打つ。
「そうは思いませんか」
アクが明確な返事を求めると、コンドラはあからさまに不機嫌な顔をした。
「どうでもいいことだ。爬神様が処刑を行うということは、それには意味があるということだろう。そのために住民を処刑する必要があるなら、そうすればいいのだ。力こそすべてであり、力によって服従させる。それが爬神教の教えなのだからな。お前は、そうは思わぬか」
コンドラはそう開き直り、アクに自分の考えに同意することを求めた。
—力こそすべてであり、力によってすべてを服従させる。
それが爬神教の教えだ。
コンドラの理屈は間違ってはいない。
「考えようによっては、たしかに・・」
アクはそう応えるしかなかった。
コンドラは卑しい笑みを浮かべ、
「ま、私が処刑されるというのなら、話は別だが」
そう言い放つと、「くははは」と愉快に笑うのだった。
「・・・」
アクには言葉がなかった。
ただ、コンドラらしいと思った。
統治兎神官になろうがなるまいが、コンドラはコンドラだった。
何も変わっていなかった。
「コンクリ様にはコンクリ様のお考えがお有りなのだろう。どちらにしても、ラビッツを壊滅させることが、お前の役目だ」
コンドラはコンクリの考えに理解を示した上で、改めてアクにラビッツの壊滅を命じた。
「わかっています」
アクはそう応え、頭を下げる。
「ラビッツが狙っているのは、罪を犯した住民を連行しようとする蛮兵だけだ。必要ならば、サウォ殿に協力を求めることも考えよ」
コンドラはそう告げ、さり気なく、襲われた蛮兵たちがあくまで正当な活動の中で殺害されたかのように説明した。
アクはチラッとサウォを一瞥し、
「サウォ殿がよろしければ、是非、監視団のお供をさせていただき、そこに現れるラビッツを一網打尽にしたいと思います」
と、コンドラに向かって自らの方針を述べ、それから、サウォに向かって頭を下げた。
サウォは慇懃無礼なアクの態度を不快に思っているが、監視団の指揮官として、ラビッツ壊滅に私情を挟むようなことはしない。
「監視団は、アク殿に協力を惜しまない」
サウォはアクに協力を約束した。
それにしても、とアクは思う。
「護衛隊はどうしているのでしょうか」
アクはイスタルの護衛隊の状況について尋ねた。
護衛隊が監視団と協力すれば、ラビッツ壊滅にわざわざラドリアからの応援は必要なかったのではないか、そう思ったからだ。
「ドゴレが無能ゆえ、護衛隊は役に立っていない。ラビッツの捜索はしているようだが、監視団との協力を嫌がって勝手に動いておる。ドゴレがまともなら、コンクリ様に応援を要請する必要なんてなかったのだ。お前のように、監視団と喜んで協力するような男が護衛隊の隊長だったら、もうとっくにラビッツは壊滅できていたかも知れないというのに・・・こんな腹立たしいことはないが、ドゴレを解任しようにもコンクリ様がそれを許さないのだ」
コンドラは苦々しくドゴレに対する不満を口にした。
すべての都市の護衛隊隊長を任命、および罷免できるのはコンクリだけだった。だから、コンドラがどんなにドゴレを解任したくても、コンクリがそれを認めない限りどうにもならないのだ。
コンドラは自分を恐れぬドゴレの存在が許せないし、その首を切れないことが歯がゆかった。
「これは意外です。ドゴレ様は優秀な方だと思っていました」
アクはコンドラの言葉を聞いて、何か腑に落ちないものを感じた。
アクが知る限り、ドゴレは立派な男だったからだ。
「ラビッツを野放しにしている男が、優秀なわけないだろう」
コンドラはそう吐き捨て、胸糞悪いといった顔をする。
しかし、アクは思った。
その方が都合がいい。ドゴレ様とは別々に行動した方が、俺は誰にも邪魔されずあいつらを殺すことができる・・・
アクは微かな笑みを浮かべ、
「なるほど。護衛隊は当てにならないということですね」
と、コンドラに同調してみせる。
「そうだ」
コンドラが不機嫌な顔で頷くと、
「それでは、我が親衛隊は監視団と協力し、護衛隊とは関係なく行動させていただきます」
アクはそう宣言した。
「是非、そうしてくれ」
コンドラはそれを認め、隣に立つサウォにもそれを認めさせるように目配せをしてから、
「下がって良い」
と、アクに告げたのだった。