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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇八九 イスタルへ


 数日後の朝、アク率いる親衛隊がイスタルへと発った。


 ダレロからイスタル視察を命じられているシールとマーヤは、親衛隊が出発したのを確認してからトマスを探した。


 トマスは男子寮の前で、同い年のレレと土いじりをして遊んでいるところだった。


「トマス」


 少し離れたところからマーヤが声をかけると、トマスは土で汚した顔に屈託のない笑みを浮かべて振り向いた。


「なーに?」


 そんな無邪気なトマスに愛しさを感じずにはいられない。


 少しの間だけど、トマスに会えなくなるのは寂しいと思った。


「ちょっと話があるの」


 シールがそう優しく声をかける。


「あっちで話そ」


 マーヤはそう言って少し離れたところにあるベンチを指差した。


「いいよー」


 トマスは立ち上がり、ニコニコと駆け寄ってきた。


 トマスを真ん中にしてベンチに腰掛ける。


「話ってなに?」


 トマスは二人の顔を交互に見る。


「あのね、お姉ちゃんたちね、これからイスタルに行くの」


 シールはトマスの頭を撫でながら、言い辛そうにイスタル行きを伝えた。


 本来なら事前に伝えておくべきだけど、今回はそれができなかった。


「えー、いいなー」


 案の定、トマスは羨ましそうに二人を見る。


 シールはトマスのその不満げな眼差しに、ちょっとした罪悪感のようなものを感じ、


「それでね、しばらくトマスに会えないの」


 と、申し訳なさそうに告げるのだった。


 トマスは自分だけ除け者にされたようでおもしろくない。


「えー、僕も行きたーい」


 駄々をこねるトマスにシールは困った顔をし、マーヤはトマスに同情して悲しげな表情を浮かべる。


「これはダレロ様からのお願いだから、トマスは行けないの」


 シールはなんとかトマスをなだめようとするが、駄々をこねるトマスは聞く耳を持たなかった。


「やだやだ!僕も行きたーい」


 涙目で訴えるトマス。


 そんなトマスの必死な表情にシールの胸は痛んだ。


 イスタルと聞いて、トマスはその目的を理解しているのだろう。


 トマスもタヌやラウルに会いたい気持ちは一緒なのだ。


「うん、行きたいよね。でもね、これはお仕事だから、トマスは行けないの」


 シールが優しく言えば言うほど、トマスの行きたい気持ちは強くなる。


「それは不公平だ!」


 トマスは大声で二人を責めた。


 そんなトマスのどうしようもない態度に、トマスに同情していたマーヤの表情が変わる。


 マーヤは立ち上がると、シールに向かって駄々をこねるトマスの前に立ち、その肩を鷲掴みして無理やり自分の方へ向かせた。


 そして眉間に皺を寄せ、目を大きく見開くと、


「私たちもトマスと一緒に行きたいの!でも、ダメなの!だからしょうがないの!」


 と、厳しい口調で叱るのだった。


 マーヤのあまりの迫力に気圧され、トマスは目を丸くして固まってしまう。


 今だ。


「わかってくれる?」


 マーヤはにっこりと笑顔で尋ね、つけ込む隙のないマーヤに、


「わかったよ・・・」


 元々無駄な抵抗だとわかっていたトマスは渋々お留守番を受け入れたのだった。


 シールはあっという間にトマスを手懐けたマーヤに感心してしまう。


 そこが自分にはないマーヤの魅力なんだろうな・・・


 シールはつくづくそう思う。


「イスタルのお土産買ってきてあげるからね。トマスの好きなお菓子とか、烏人(うじん)の彫った置物とか、それでどう?」


 マーヤはそう言ってトマスをなだめる。


 トマスは〝お土産〟に反応し、パッと明るい顔になる。


「むむむ。それなら、いいかも」


 トマスは物に釣られる恥ずかしさを隠すように、眉間に皺を寄せ、険しい顔を作ってそう応えるのだった。


「よーし、決まり!」


 マーヤは元気な声で話を決めると、シールを見てウィンクをし、シールはそれに感謝して笑顔で頷き返す。


「たくさんだからね」


 トマスがそう注文をつけると、


「うん。たくさん買ってくるね。楽しみにしててね」


 マーヤは力強くそれを約束した。


「やった!」


 トマスは屈託のない笑顔で喜びの声を上げる。


 マーヤは改めてトマスの頭を撫で、ベンチに座り直した。


 トマスが納得して落ち着いたところへ、それを見計らっていたかのように、エラスがやってきた。


「イスタルに行くんだって?」


 エラスは穏やかな口調で尋ねる。


 その顔に笑みはなく、泣きそうにも見える。


「うん!」


 マーヤは元気に答える。


 そのマーヤの無邪気な笑顔に、エラスは自分が心配することに意味はないと思い知らされる。自分はマーヤと会えなくなるのが寂しいのに、マーヤの笑顔にはその寂しさが微塵も感じられない。マーヤにとっての自分の存在の小ささを思い知って余計に寂しくもなる。


「気をつけてね」


 エラスは作り笑顔でそう言い、


「うん。気をつけるわ」


 マーヤは素直な笑顔でそれに応える。


 少しくらい寂しそうにしてくれよ・・・


 エラスは面白くない。


 そんなエラスに気づいてか、


「お土産買ってきてくれるんだって。エラスもなにかお願いしたら?」


 トマスがニンマリ笑顔で勧めると、


「あはは。それはいいね」


 エラスはわざとらしいとは思いながらも、声を上げて笑うのだった。


 声を出して笑ったら気持ちが軽くなった。


 エラスはさりげなく、二人がイスタルへ行く本当の目的を尋ねた。


「イスタル行きはタヌとラウルのためなの?」


 エラスが訊くと、二人はドキッとした。


 エラスは知っていて当然だけど、それでも、はっきりと口に出して訊かれると警戒してしまう。


「どうかなぁー、違うと思うなー、それは」


 マーヤは(とぼ)けた顔をして話をはぐからそうとし、その見え見えの嘘に、


「マーヤは嘘が下手だなぁ」


 エラスが作り笑顔をさらに引きつらせると、


「あはっ、バレてる?」


 エラスの気持ちなんてまったく気にしないマーヤはそう言ってバツが悪そうにニッと笑うのだった。


「バレてるよ」


 エラスはそんなマーヤに呆れ、


「バレてちゃ、しょうがないなぁ。本当の目的はエラスの思ってる通りよ」


 マーヤはイスタルへ行く目的が、タヌとラウル、二人のためであることを認めた。


 そのマーヤの緊張感のない態度に、


「危ないことしちゃだめだよ。タヌとラウルを助けたりなんかしたら、間違いなく背信の罪に問われるんだからね」


 エラスは真顔になってその懸念を伝えた。


 二人を守ることは、命懸けのことなのだ。


 それをちゃんとわかって欲しい。


 そして、タヌとラウルのために危険な真似はしないで欲しい。


 それがエラスの思いだった。


「わかってるわよ」


 エラスの真剣な眼差しに、マーヤも真顔で応える。


 タヌを守るためなら、自分の命なんて、どうでもいい。


 その言葉と裏腹の、マーヤの目に宿る覚悟。


 エラスはそれを見て、タヌに嫉妬せずにはいられなかった。


 それでもエラスは笑顔を作り、マーヤに無事を求める。


「マーヤ、無事に帰ってくるんだよ」


 エラスの引きつった笑顔に、マーヤは冗談っぽく応える。


「それ、ダレロ様にも言われたなぁー」


 マーヤは言いながら空を見上げ、両手を広げて気持ち良さそうに伸びをするのだった。


 二人のやりとりを微笑ましく見ていたシールは、


「心配してくれてありがとう」


 そう言ってエラスに感謝した。


 そこで初めて、エラスはそこにシールがいることを意識した。


「い、いや、うん。やっぱり、二人には無事に帰って来てほしいから」


 エラスはそう応えて頬を赤らめる。


 そのやり取りを見ていたトマスも、


「無事にお土産買ってきてね」


 そう言ってニッと笑い、二人の無事を願うのだった。


「わかってる」


 マーヤが力強く笑顔で頷くと、シールはトマスの頭を撫でながら、


「それじゃ、トマス、良い子にしてるのよ」


 と告げ、二人はその場を後にした。


 二人はさっそく出発の準備に取り掛かった。


 ワンピースの下に乗馬用のズボンを穿き、サンダルの代わりにブーツを履く。


 着替えなどはリュックに詰め、それを背負って部屋を出る。


 出発の準備が整うと、二人は執務棟にダレロを尋ね、これから出発する旨を伝えた。


「イスタル産のミコンを五個くらいと、ハチミツを買ってきてくれ。残りの金は全部使って構わないから、トマスに何か買って来るといい」


 ダレロはそう言って二人に多めの金を渡した。


 それはミコン五個とハチミツを買うには多すぎるお金だった。二人がイスタルでの生活で気を(つか)わないようにと、ダレロがそれだけの金を渡したのは明らかだった。


 ダレロのその気遣いが嬉しかった。


 二人はダレロへの挨拶が終わると、急ぎ厩舎へ向かった。


 馬はちゃんと二頭用意してもらっている。


 それぞれ馬を受け取り、さっそうと跨って手綱を握る。


 さぁ、出発だ。


 タヌに会えるかも知れない・・・


 その期待感で、マーヤの胸は高鳴った。


 シールもマーヤと気持ちは一緒だ。


 ラウルを近くに感じられる喜び。


 そして、二人を守る強い気持ち。


 シールは手綱を握る手に力を込め、自分を奮い立たせるのだった。


「いざ、イスタルへ!」


 シールがそう言って馬を走らせると、


「いざ、イスタルへ!」


 マーヤもそう言って馬を走らせ、シールの後に続いた。


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