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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇八八 ミカルからの伝言


 ドゴレのその目の輝きは、たしかに導かれる者の眼差しに違いなかった。


 二人はドゴレの言葉に胸を打たれた。


 自分たちが〝霊兎族を導く星〟だなんて夢にも思わなかったし、背信の罪でラドリアを追われた自分たちのことを、そう思ってくれていることが嬉しかった。


 ドゴレの言葉に、ギル、ヒーナ、パパン、グランも胸を震わせていた。


 一緒に活動する二人が霊兎族を導く星だとしたら、自分たちの活動自体が霊兎族を導いているということになるのだ。


 自分たちがしていることは間違っていない。


 そう心の底から思え、胸を震わせるのだった。


 タヌとラウルは込み上げてくる熱いものを、ぐっと(こら)えるのに精一杯で、ドゴレにどう応えていいかわからなかった。


 そんな二人に、


「我々護衛隊はお前たちと共に立ち上がるつもりだ」


 ドゴレは護衛隊の決意を伝えた。


 そのドゴレの力強い言葉に、ラビッツの六人それぞれが驚き、ドゴレを見つめた。


 ドゴレのその言葉に、タヌは得体の知れない感動にも似た感情が湧き上がってくるのを感じた。


 世界は、確かに、変わろうとしている・・・


 そう思った。


 タヌは誠実な眼差しでドゴレの目を見、


「ドゴレ様、是非、共に世界を変えましょう」


 と、力強く応えた。


 タヌの横でラウルは力強く頷き、その拳を握り締める。


 ドゴレは嬉しそうに頷くと、


「ミカルもそれを楽しみにしているんだぞ」


 そう言って、二人のことをずっと気にかけているミカルの想いに言及した。


 ラドリアから脱出する前の夜、ミカルは言った。


—もし、いつか、お前たちが立ち上がる日が来るなら、私も仲間に入れてくれ。


 ミカルのその言葉、その眼差しを思い出すと、泣けてくる。


「ミカル様には感謝しかありません」


 ラウルはその言葉に想いを込める。


「俺たちも、ミカル様と一緒に立ち上がる日を楽しみにしています」


 タヌは力強くそう応え胸を張る。


 ドゴレは二人を頼もしく見、それから二人の左右に立つ四人に目を向けた。


 そして、


「ギル、ヒーナ、パパン、グラン、お前たちのことも頼もしく思ってるんだぞ」


 ドゴレは一人ひとりを見て、その名を口にしたのだった。


 それには、みんな驚いた。


「え、俺たちのことも知ってるんですか?」


 ギルは信じられないといった顔をし、


「私のことも?」


 ヒーナは目をパチクリさせ、


「なんか、怖いな」


 パパンはそう言って苦笑いし、


「たしかに」


 と相槌を打ち、グランはパパンと目を合わせ、同じく苦笑いするのだった。


「お前たちは丸裸だ」


 そう言ってドゴレは笑った。


「丸裸だなんて、やだぁ」


 ヒーナが恥ずかしそうにすると、


「ヒーナ、気持ち悪いからやめな」


 ギルがそうピシャリと言い、


「うるさいな」


 ヒーナはほっぺを膨らませ顔を赤くするのだった。


 そんなヒーナをみんなは可愛らしく思い、自然笑顔になる。


 その場の空気が和み、ドゴレとラビッツとの距離が縮まる。


「お前たちの言うバケ屋敷や、バケじぃの事も知っているんだぞ。しかし、バケじぃというのは失礼な呼び名だな。お前たちがバケじぃなどと呼んでいるお方は、歴代のイスタル護衛隊隊長の中でも、最も尊敬された隊長と言われる、ドルス様だ」


 ドゴレは威厳を込めた口調で、バケじぃの正体を伝えた。


 バケじぃの事を敬意を持って伝えるドゴレの言葉に、


「えっ」


 ラビッツの六人は驚いた。


 そして、


「へぇー、あのじじぃが最も尊敬された隊長なんだ。護衛隊なんてものは大したものじゃないんだな」


 そんな不真面目なことを言うのは、もちろんギルだった。


「バカ者、ドルス様をじじぃ呼ばわりするとは何事だ」


 ドゴレはギルを半分真面目に、半分冗談で叱りつけた。


「すみません」


 ギルは頭を掻いて素直に頭を下げる。


 そのギルらしくない殊勝な態度に、「ふふふ」と笑いが起こる。


 そんな空気の中、タヌは真顔でドゴレを見、


「それで、ミカル様からの伝言というのは」


 そう言って話を本題へ戻した。


「うむ」


 ドゴレは頷き、さっきまでの柔和な表情を引き締め真顔になる。


「まず、お前たちに知らせなければならないことがある」


 ドゴレはそう前置きし、厳しい目つきをタヌを見、ラウルを見、ラビッツの一同を見る。


 ドゴレのその表情の変化に、誰もが気持ちを引き締めた。


「何かあったのでしょうか」


 タヌが先を促すと、


「スペルス、およびミンスキにおいて、爬神(はじん)軍による無差別の公開処刑が行われた。その処刑により、何千人という罪のない住民がいたぶられるように殺されたということだ」


 ドゴレはその目に怒りの色を浮かべながら、ラビッツの一人ひとりの顔をしっかりと見ながら、その事実を伝えたのだった。


 ドゴレが伝えたことを、六人はすぐには理解できなかった。


「公開処刑?」


 ラウルが聞き返すと、


「そうだ。公開処刑だ。爬神軍によって広場に集められた罪なき住民が無差別に虐殺された。それは筆舌にし難い惨たらしい光景だったようだ。スペルスの統治兎神官(としんかん)であるコンミン様が、ショックのあまりお命を落とされるほどに、惨たらしいものだったと聞いている」


 ドゴレは怒りの表情でその詳細を告げた。


 統治兎神官が命を落とすほどの光景って・・・


 それを聞いた六人にとって、それはまさに信じられないことだった。


「そんなことが・・・」


 ラウルはそう呟き、憤りと哀しみの入り混じった表情を浮かべる。


「次はボルデンだと言われている。爬神軍はすべての都市で虐殺を行う気だ」


 ドゴレが苦々しくそう断言すると、


「どうにもならないのですか」


 ラウルはすがるような思いでドゴレを見るのだった。


 ドゴレは厳しい表情のまま、コンクリの決めた方針を伝えた。


「公開処刑をやめさせるために、コンクリ様は服従の儀式を行うことを決められた」


 そのドゴレの威厳のある声。


 服従の儀式と聞いて、タヌとラウルの表情がさっと変わる。


 それはラドリアの戦士にとって屈辱の儀式だからだ。


 その隣で、ギル、ヒーナ、グラン、パパンはポカンとしていた。


 服従の儀式と言われても、そんな儀式は今まで聞いたこともないのでピンと来ないのだ。


「服従の儀式?」


 ギルのキョトンとした顔に、ドゴレはふと親しみを覚え、一瞬表情をほころばせる。


 それから真顔に戻ると、静かな口調で服従の儀式について説明した。


「服従の儀式とは、我々霊兎族が爬神族に対して服従を誓うために行う儀式のことだ。その儀式では、霊兎自らの手によって、背信者である霊兎を処刑することで、服従を誓うことになる。そして、その処刑された霊兎たちの血と肉を、その場で爬神に捧げ、その肉を食らうことで、爬神は我々の服従の意志を受け入れることになる・・・それが服従の儀式だ」


 ドゴレが顔を歪めて服従の儀式の内容を伝えると、


「ひでぇ話だな」


 ギルはそう吐き捨てるように言って顔をしかめた。


 タヌとラウルは険しい表情で宙を睨み、グラン、パパン、ヒーナはギルと同じように顔をしかめるのだった。


 ドゴレはギルに同意するように頷き、話を続けた。


「背信者は各都市から提供されるが、服従の儀式を行うに当たって、お前たちの存在は都合の良いものだった。コンクリ様は、服従の儀式で処刑するための背信者のシンボルとして、お前たちラビッツはまさにうってつけの存在だと判断された。蛮兵たちを殺害したお前たちを処刑することで、まさに偽りのない儀式になるからだ」


 ドゴレは目の前のラビッツたちに、ラビッツの名がコンクリにまで知られ、そしすでに標的にされていることを伝えたのだった。


「ラビッツをなめんなよ」


 ギルは怒りを込めてそう言う。


「コンクリ様に・・・」


 ラウルは微かな動揺を感じていた。


 それはラウルの心の奥にある、コンクリに対してかつて抱いていた尊敬の念の、その残り香のようなものだった。


 タヌはラウルの横で宙を見つめていた。


 コンクリ様が服従の儀式を知っているということは、ラドリアの戦いが実際にあった出来事だったいうことを、教会は認めているということなのか。いや、それを教会が認めることはないはずだ。なぜならそれは、爬神教の教えを否定することに繋がるからだ。どういうことだ・・・どういう理由でコンクリ様が服従の儀式を決めたのか、それはわからないけれど、どちらにしろ、コンクリ様は爬神教の嘘を知っているということだ。コンクリ様は一体、何者なのだ・・・


 タヌにとってコンクリは不気味な存在だった。


「それでお前たちを生け捕りにするために、コンクリ様は親衛隊をイスタルへ派遣することを決められた。親衛隊はもうじきイスタルへやって来るだろう」


 ドゴレはそう言って、タヌとラウルを厳しい眼差しで見る。


「親衛隊?」


 タヌは聞き覚えのない言葉に、思わず聞き返していた。


「親衛隊は一年ほど前に、護衛隊の中でも優秀な隊士を集めて新設された、コンクリ様直属の部隊だ。隊長は昔イスタルで教官を務めたこともあるアクという男だ」


 ドゴレはそう答え、そのドゴレが口にした〝アク〟という名に、ラウルが反応した。


「アク?」


 そう言って眉間(みけん)(しわ)を寄せる。


「知ってるのか?」


 ドゴレが目を向けると、


「もちろんです。そのアクと一悶着あったお陰で、俺たちはイスタルに逃げることになったんですから。まぁ、本物の悪党は他にいますけど」


 ラウルはアクについて語りながら、ドリルの卑しい顔を思い出し嫌な気持ちになる。


「そうか。そういう因縁があったのか。ミカルからお前たちが教官と揉めたことは聞いていたが、それがアクだったのか。なるほど」


 ドゴレは感慨深そうに頷き、


「そのアク率いる親衛隊が、お前たちを捕まえるためにラドリアからやって来るということだ」


 と、真顔で告げた。


 捕まるものか。


 ラウルはそんな目をしてドゴレを見、


「そうなると、イスタルの護衛隊の立場はどうなるのでしょうか」


 タヌはそのことを気にした。


 護衛隊はラビッツを捕まえる側だ。少しでも親衛隊に非協力的な姿勢を見せたら、アクに見抜かれてしまうだろう。


 ドゴレはタヌの懸念に、心配はいらないという風に笑みを浮かべる。


「そこで、ミカルからの伝言だが・・・」


 そう言って、ドゴレはミカルからの伝言をラビッツの六人に伝えた。


 話し終わると、


「わかりました。バケじぃにも伝えておきます」


 と、タヌは苦渋の面持ちで応えた。


「頼むぞ」


 ドゴレはそう言い、それから、


「ドルス様の屋敷に伺うことも考えたのだが、屋敷の存在が監視団に気づかれてはまずいと思い、今日、こういう形で接触を試みることにしたのだ。ドルス様によろしく伝えてくれ、いずれちゃんとご挨拶に伺うと」


 と申し訳なさそうに、バケじぃへの伝言を依頼するのだった。


「わかりました」


 タヌがそう応えて頭を下げると、ラビッツの全員がドゴレに向かって頭を下げた。


 ドゴレはほっとした表情を浮かべると、周りを囲む隊士たちに向かって、


「ここにいるのが、タヌとラウルだ。七年前、ラドリアで行われた献上の儀式において剣を抜き、命を散らしたナイとハウルの息子たちだ」


 と、誇らしげに二人を紹介した。


 すると、


「おお・・」


 感動のどよめきが隊士たちから起こった。


 これまでは遠くから様子を伺うだけだったのが、こうして紹介されると、改めてナイとハウルへの尊敬の念が隊士一人ひとりの胸に迫ってきて、それが声になったのだった。


「我々の命をこの二人に捧げようではないか!」


 ドゴレがそう叫ぶと、


「おおー!」


 隊士たちは一斉に胸の前で拳を握り締め、雄叫(おたけ)びを上げた。


「おおー!」


 ギル、パパン、グラン、ヒーナの四人も思わず拳を突き上げ、隊士たちと一緒に雄叫びを上げていた。


 四人の想いは一つだ。タヌとラウルがラビッツの仲間であることの誇らしさ。その喜び。この二人と一緒に世界を変えたい、そしてこの命をそのために捧げたい、その想いが四人の心を震わせているのだった。自分は何のために生まれてきたのか。ラビッツに見出したその答えが間違っていなかったことに、胸が熱くなるのだった。


 タヌとラウルはその光景に感動し、胸を震わせていた。


 タヌはナイの息子であることを、ラウルはハウルの息子であることを、誇りに思わずにはいられなかった。


 父さん、これが俺に与えられた宿命なんだね・・・


 タヌは宙を見つめ、父ナイを想う。


 父さん、俺は俺の信じるもののために命懸けで戦うから・・・


 ラウルは父ハウルを思い浮かべ、夜空を見上げた。


 場の興奮が落ち着くと、


「私たちは蛮兵の死体を片付けてから撤収する」


 ドゴレはそう告げ、隊士たちと共に屋敷の門をくぐり中に入っていった。


 ラビッツの六人は感謝の眼差しでドゴレの背中を見送り、その場を後にした。


 そして、ドゴレからの情報はすぐに、バケじぃにも伝えられた。


「わしのことをそんな風に言っとったか。ふーん。しかし、ドゴレ?知らん名前だな」


 バケじぃは興味なさげにそう言ったが、その顔はまんざらでもないようだった。


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