〇八七 イスタル護衛隊隊長ドゴレ
夜空に浮かぶのは綺麗な三日月。
チッチ、チッチ・・・
張り詰めた緊張感の中で、虫の鳴き声がやけに大きく聞こえてくる。
大きな屋敷の門前にて、ラビッツの六人は数十人の人影に囲まれていた。
暗くてよく見えないが、イスタル護衛隊と考えて間違いないだろう。
ラビッツの六人は、タヌ、ラウルを中心にして半円を描くように護衛隊に対峙した。タヌの右にヒーナ、グランが立ち、ラウルの左にギル、パパンが立っていて、それぞれが剣の柄に手を当て、いつでも抜ける体勢で隊士たちを睨みつけていた。
「ラビッツ、待ってたぞ!」
隊長だろうか、貫禄のある声が、そう叫んだ。
これだけの数を相手にして、逃げられるだろうか・・・
タヌはラウルに目配せをする。
ラウルは鋭い眼差しで頷いて応える。
「タヌ、どうする?」
ギルが小声で尋ねると、
「一点突破しかない。俺が斬り込んだら、俺の後をついて来てくれ」
タヌはみんなに向かってそう声をかけた。
「わかった」
ギルはそう返事を返し、他の五人は黙って頷いた。
「タヌ、怖い・・・」
ヒーナが怯えた声を出すと、
「ヒーナ、冗談を言ってる場合じゃないよ」
タヌは軽くヒーナをたしなめる。
暗くてわからないが、ヒーナは恥ずかしさに頬を赤らめ、
「ちぇっ」
と舌打ちをし、口をへの字に曲げるのだった。
「よし、行くぞ」
タヌは意を決し、剣を握る手に力を込めた。
そのときだった。
「なにをヒソヒソ話してるんだ!タヌ!ラウル!」
隊長らしき男の声が辺りに響き渡った。
「えっ」
突然自分たちの名を呼ばれ、二人は驚いた。
隊長らしき男は一歩前に出て姿をみせた。
いかにも軍人といった感じの、がっちりとした体格の黒髪の霊兎だった。
「ラウル、あの人、知ってる?」
タヌが訊くと、
「知らないな」
ラウルはそう応え、首を横に振る。
ギルは剣の柄に手を当てたままの体勢を維持しながら、
「お前ら、どうなってんだ?」
と二人に尋ね、他のメンバーも怪訝な表情で二人を見るのだった。
二人は改めて目を凝らして見るが、やはり知らない顔だった。
「私はドゴレという者だ。イスタル護衛隊隊長だ」
男はそう名乗った。
やはり護衛隊か・・・しかも、こっちの素性を知っている・・・
タヌの表情が険しくなる。
護衛隊は同じ霊兎族ということもあり、蛮兵を相手にするのとはわけが違う。
護衛隊に嗅ぎつけられていたとは・・・
ラビッツの六人に緊張が走る。
「護衛隊数十人相手じゃ、無傷ではいられないだろうな」
タヌはそう言って横目にラウルを見る。
「護衛隊を斬るわけにはいかないからな」
ラウルはそう返しながら、人影の動きを注視する。
—兎人を斬ってはならない。
それがラビッツの掟だ。
それはラドリアの惨劇において二人の父が貫いた姿勢でもあった。
ラビッツの六人からただならぬ気配を感じ取ったドゴレは、
「剣を抜くなよ!」
と叫んでその動きを制すと、穏やかに話しかけた。
「私はミカルからの依頼で、お前たちに伝言を伝えに来たんだ」
ドゴレがそう告げると、タヌとラウルはキョトンとした顔で互いに顔を見合わせた。
「あの人、今、ミカルって言った?」
タヌはラウルに確認する。
「うん。言った」
ラウルは驚いた顔で頷いた。
その名には皆聞き覚えがあった。
「ミカルってラドリアで護衛隊の隊長やってる奴か?」
ギルが尋ねると、
「ああ」
ラウルはそれを認め、
「ってことは・・・」
ヒーナが結論を求めると、
「あの人は味方だ」
タヌはそう笑顔で応えるのだった。
皆ほっと胸を撫で下ろす。
ギルは剣の柄に当てていた手を離し、ヒーナ、パパン、グランも同じく剣の柄から手を離した。
ドゴレはラビッツの六人から漂う緊張が解けたのを見て取ると、
「斬るなよ」
と言いながら近づいて来て、二人の前に立った。
「タヌ、ラウル」
ドゴレが名を呼ぶと、二人は黙って頷いた。
「改めて自己紹介をさせてもらう。私はイスタル護衛隊隊長ドゴレだ。ラドリアのミカルとは親しい間柄だ」
ドゴレがそう自己紹介をすると、タヌはすぐに気になることを尋ねた。
「俺たちがラビッツだって、どうやってわかったんですか?どうやって、今俺たちがここにいることがわかったんですか?」
タヌは立て続けに質問をした。
その質問にドゴレは相好を崩すと、二人を交互に見ながら答えた。
「お前たちのことは、ずっと見守っていたんだぞ」
ドゴレが温かな眼差しでそう言うと、二人だけでなく、その場の全員が驚いた。
「ずっと?」
タヌは唖然とし、
「見守ってた?」
ラウルも目を大きくして聞き返していた。
そんな二人にドゴレは深く頷き、
「ああ、そうだ。お前たちが五年前、テムスの家に預けられたときからずっとだ」
と答えて笑顔をみせる。
「うそ・・・」
タヌは思わずそんな声を漏らし、それ以上の言葉は出てこなかった。
「全然気づかなかった・・・」
ラウルもそう言ってドゴレを見つめるだけだった。
「気づかないのも無理はない。別に監視していたわけではないからな。気が向いたときに遠くから見ていた程度だ」
ドゴレは細かいことを気にしない笑顔で、ラウルの肩をポンポンッと叩く。
それから、
「お前たちの成長は、定期的にミカルにも伝えられていたんだぞ」
と、温かみのある声で告げるのだった。
ミカルが自分たちのことをずっと気にかけてくれていた。
二人にはそれが嬉しかった。
「ミカル様が・・・」
タヌはそう呟いて胸を熱くし、
「そうなんですね」
ラウルはしみじみと相槌を打つ。
「しかし、さすが護衛隊の隊長さんだなぁ。五年間もタヌとラウルに気づかれないなんてよ」
ギルは護衛隊の実力に素直に感心し、その隣に立つパパンは、
「ほんとだな」
と深く頷く。
「いつも見ていたわけじゃないなら、俺たちがラビッツだって、どうやってわかったんですか」
タヌが改めて尋ねると、
「蛮兵が襲われたと聞いたとき、すぐにお前たちの仕業に違いないとピンと来たんだ。後は簡単だ。お前たちを張ればいいだけだからな。それでラビッツの存在を知ることになったんだ」
ドゴレは穏やかにそう答えた。
「そうなんですね。でも、ラビッツのことを知っていて、どうして俺たちを見逃してくれていたんですか」
タヌにはそれが不思議だった。
ラビッツのことを取り締まらなければならない立場の護衛隊が、ラビッツの行動を知っていて見て見ぬ振りするなんて、あり得ないことだからだ。
「見逃していたわけではない。それどころか、お前たちを探している振りをして、できるだけお前たちの素性がバレないようにしていたくらいだ」
ドゴレはさらりと言う。
ドゴレのその言葉にラビッツの六人は驚いた。
つまりそれは、護衛隊がラビッツを守っていた、ということになるからだ。
タヌはそれを有難いことだと感じながらも、頭がこんがらがっていた。
「どうしてですか」
タヌはその理由を尋ねる。
ドゴレはふと笑みを浮かべると、タヌとラウルを見て、
「お前たちが、私たち霊兎族を導く星だからだ」
と誇らしそうに答え、その目を輝かせた。




