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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
88/367

〇八七 イスタル護衛隊隊長ドゴレ


 夜空に浮かぶのは綺麗な三日月。


 チッチ、チッチ・・・


 張り詰めた緊張感の中で、虫の鳴き声がやけに大きく聞こえてくる。


 大きな屋敷の門前にて、ラビッツの六人は数十人の人影に囲まれていた。


 暗くてよく見えないが、イスタル護衛隊と考えて間違いないだろう。


 ラビッツの六人は、タヌ、ラウルを中心にして半円を描くように護衛隊に対峙した。タヌの右にヒーナ、グランが立ち、ラウルの左にギル、パパンが立っていて、それぞれが剣の柄に手を当て、いつでも抜ける体勢で隊士たちを睨みつけていた。


「ラビッツ、待ってたぞ!」


 隊長だろうか、貫禄のある声が、そう叫んだ。


 これだけの数を相手にして、逃げられるだろうか・・・


 タヌはラウルに目配せをする。


 ラウルは鋭い眼差しで頷いて応える。


「タヌ、どうする?」


 ギルが小声で尋ねると、


「一点突破しかない。俺が斬り込んだら、俺の後をついて来てくれ」


 タヌはみんなに向かってそう声をかけた。


「わかった」


 ギルはそう返事を返し、他の五人は黙って頷いた。


「タヌ、怖い・・・」


 ヒーナが(おび)えた声を出すと、


「ヒーナ、冗談を言ってる場合じゃないよ」


 タヌは軽くヒーナをたしなめる。


 暗くてわからないが、ヒーナは恥ずかしさに頬を赤らめ、


「ちぇっ」


 と舌打ちをし、口をへの字に曲げるのだった。


「よし、行くぞ」


 タヌは意を決し、剣を握る手に力を込めた。


 そのときだった。


「なにをヒソヒソ話してるんだ!タヌ!ラウル!」


 隊長らしき男の声が辺りに響き渡った。


「えっ」


 突然自分たちの名を呼ばれ、二人は驚いた。


 隊長らしき男は一歩前に出て姿をみせた。


 いかにも軍人といった感じの、がっちりとした体格の黒髪の霊兎だった。


「ラウル、あの人、知ってる?」


 タヌが訊くと、


「知らないな」


 ラウルはそう応え、首を横に振る。


 ギルは剣の柄に手を当てたままの体勢を維持しながら、


「お前ら、どうなってんだ?」


 と二人に尋ね、他のメンバーも怪訝(けげん)な表情で二人を見るのだった。


 二人は改めて目を()らして見るが、やはり知らない顔だった。


「私はドゴレという者だ。イスタル護衛隊隊長だ」


 男はそう名乗った。


 やはり護衛隊か・・・しかも、こっちの素性を知っている・・・


 タヌの表情が険しくなる。


 護衛隊は同じ霊兎族ということもあり、蛮兵を相手にするのとはわけが違う。


 護衛隊に嗅ぎつけられていたとは・・・


 ラビッツの六人に緊張が走る。


「護衛隊数十人相手じゃ、無傷ではいられないだろうな」


 タヌはそう言って横目にラウルを見る。


「護衛隊を斬るわけにはいかないからな」


 ラウルはそう返しながら、人影の動きを注視する。


兎人(とじん)を斬ってはならない。


 それがラビッツの掟だ。


 それはラドリアの惨劇において二人の父が貫いた姿勢でもあった。


 ラビッツの六人からただならぬ気配を感じ取ったドゴレは、


「剣を抜くなよ!」


 と叫んでその動きを制すと、穏やかに話しかけた。


「私はミカルからの依頼で、お前たちに伝言を伝えに来たんだ」


 ドゴレがそう告げると、タヌとラウルはキョトンとした顔で互いに顔を見合わせた。


「あの人、今、ミカルって言った?」


 タヌはラウルに確認する。


「うん。言った」


 ラウルは驚いた顔で頷いた。


 その名には皆聞き覚えがあった。


「ミカルってラドリアで護衛隊の隊長やってる奴か?」


 ギルが尋ねると、


「ああ」


 ラウルはそれを認め、


「ってことは・・・」


 ヒーナが結論を求めると、


「あの人は味方だ」


 タヌはそう笑顔で応えるのだった。


 皆ほっと胸を撫で下ろす。


 ギルは剣の柄に当てていた手を離し、ヒーナ、パパン、グランも同じく剣の柄から手を離した。


 ドゴレはラビッツの六人から漂う緊張が解けたのを見て取ると、


「斬るなよ」


 と言いながら近づいて来て、二人の前に立った。


「タヌ、ラウル」


 ドゴレが名を呼ぶと、二人は黙って頷いた。


「改めて自己紹介をさせてもらう。私はイスタル護衛隊隊長ドゴレだ。ラドリアのミカルとは親しい間柄だ」


 ドゴレがそう自己紹介をすると、タヌはすぐに気になることを尋ねた。


「俺たちがラビッツだって、どうやってわかったんですか?どうやって、今俺たちがここにいることがわかったんですか?」


 タヌは立て続けに質問をした。


 その質問にドゴレは相好を崩すと、二人を交互に見ながら答えた。


「お前たちのことは、ずっと見守っていたんだぞ」


 ドゴレが温かな眼差しでそう言うと、二人だけでなく、その場の全員が驚いた。


「ずっと?」


 タヌは唖然とし、


「見守ってた?」


 ラウルも目を大きくして聞き返していた。


 そんな二人にドゴレは深く頷き、


「ああ、そうだ。お前たちが五年前、テムスの家に預けられたときからずっとだ」


 と答えて笑顔をみせる。


「うそ・・・」


 タヌは思わずそんな声を漏らし、それ以上の言葉は出てこなかった。


「全然気づかなかった・・・」


 ラウルもそう言ってドゴレを見つめるだけだった。


「気づかないのも無理はない。別に監視していたわけではないからな。気が向いたときに遠くから見ていた程度だ」


 ドゴレは細かいことを気にしない笑顔で、ラウルの肩をポンポンッと叩く。


 それから、


「お前たちの成長は、定期的にミカルにも伝えられていたんだぞ」


 と、温かみのある声で告げるのだった。


 ミカルが自分たちのことをずっと気にかけてくれていた。


 二人にはそれが嬉しかった。


「ミカル様が・・・」


 タヌはそう呟いて胸を熱くし、


「そうなんですね」


 ラウルはしみじみと相槌を打つ。


「しかし、さすが護衛隊の隊長さんだなぁ。五年間もタヌとラウルに気づかれないなんてよ」


 ギルは護衛隊の実力に素直に感心し、その隣に立つパパンは、


「ほんとだな」


 と深く頷く。


「いつも見ていたわけじゃないなら、俺たちがラビッツだって、どうやってわかったんですか」


 タヌが改めて尋ねると、


「蛮兵が襲われたと聞いたとき、すぐにお前たちの仕業に違いないとピンと来たんだ。後は簡単だ。お前たちを張ればいいだけだからな。それでラビッツの存在を知ることになったんだ」


 ドゴレは穏やかにそう答えた。


「そうなんですね。でも、ラビッツのことを知っていて、どうして俺たちを見逃してくれていたんですか」


 タヌにはそれが不思議だった。


 ラビッツのことを取り締まらなければならない立場の護衛隊が、ラビッツの行動を知っていて見て見ぬ振りするなんて、あり得ないことだからだ。


「見逃していたわけではない。それどころか、お前たちを探している振りをして、できるだけお前たちの素性がバレないようにしていたくらいだ」


 ドゴレはさらりと言う。


 ドゴレのその言葉にラビッツの六人は驚いた。


 つまりそれは、護衛隊がラビッツを守っていた、ということになるからだ。


 タヌはそれを有難いことだと感じながらも、頭がこんがらがっていた。


「どうしてですか」


 タヌはその理由を尋ねる。


 ドゴレはふと笑みを浮かべると、タヌとラウルを見て、


「お前たちが、私たち霊兎族を導く星だからだ」


 と誇らしそうに答え、その目を輝かせた。


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