〇〇七 ラドリアの惨劇 後日
二年前のある日の出来事。
それは血塗られた献上の儀式から数日後のことだった。
ラドリア市街地北端にある教会に、二人の少年が連行されてきた。
彼らは罪人の子供だった。
しかも、神への冒涜という重い罪を犯した二人の子供だった。
頭から布袋を被せられた二人の少年は、それぞれ両脇に立つ護衛隊隊士に腕を乱暴に掴まれ、通路を引きずられるようにして祭壇の前に連れられていった。
祭壇の前に来ると二人は乱暴に突き飛ばされ、布袋を頭に被ったまま石床の上を転がった。
隊士のひとりが、
「罪人の子供を連れてきました」
と、祭壇の左にある扉に向かって大声で告げると、その扉が重々しく開き、そこから黒の神官服に身を包んだ兎神官が現れた。
兎神官が祭壇の前に来ると、隊士たちは二人について詳しい事情を説明し、説明を終えると、
「それでは、失礼いたします」
と敬礼をし、去っていった。
兎神官は二人の少年を祭壇に向かって両膝をついた姿勢で立たせた。
布袋は頭に被せられたままだ。
しばらくすると祭壇右の重厚な扉が開き、そこからコンクリが現れた。
純白の神官服をまとったコンクリは二人の従者を引き連れ、膝立ちの二人の少年の前に静かに立つと、
「顔をみせよ」
威厳のある低い声でそう命じた。
兎神官はすぐさま二人の少年の頭に被せられた布袋を取リ去った。
少年の一人は薄灰色の髪をしていて、もう一人は赤毛だった。
薄灰色の少年は布袋が取られても顔を上げようとせず、その目はうつろで精気を失っていた。それに対し、赤毛の少年は布袋が取り去られるとすぐさま顔を上げ、コンクリの目をじっと睨みつけた。
それを横で見ていた兎神官は赤毛の少年のその表情、その目に宿る憎しみの色に驚いた。
「コンクリ様、こちらが首謀者とみられるハウルの息子、ラウルという者になります。この者ですが、実は、貧民街に住むケラスという者の息子として、近々コンクリ様とのお目通りを行う予定でした。我々は危うく騙されるところでした。ケラスは我々を欺こうとした罪人として、監視団に引き渡す予定となっています」
兎神官は薄灰色の少年についてそう説明し、続けて赤毛の少年についての説明を始めた。
「そしてこちらが、鍛冶工のナイの息子、タヌでございます。惨劇の日の夜、ラドリアから逃げ出そうとしたところを捕らえることができました。捕らえる際に、ナイの弟子であるタタルなる者が付き添っていたのですが、数少ない鍛冶工ということもあり、処分についてはコンクリ様のご判断を待ちたいと思います」
兎神官がそう説明を終えると、コンクリの右に立つ従者が二人の扱いについて小声で進言した。
「神をも恐れぬ罪人の血を引く者は、いずれ罪を犯すでしょう。今のうちに監視団に引き渡すべきかと」
従者はそう言い、罪人の息子たちを睨みつけた。
コンクリは従者の意見には何も応えず、ただじっと二人の少年の様子を見ていた。
「名前は」
コンクリは自分を睨みつける赤毛の少年に名を尋ねた。
「ナイの息子、タヌです」
少年は堂々と父の名を口にし、自らの名を名乗った。
コンクリは少年の目の奥にあるものを確かめると、もうひとりの薄灰色の少年に名を尋ねた。
「名前は」
だが、
「・・・」
薄灰色の少年は俯いたまま何も答えなかった。
コンクリは身をかがめ、少年の顎を掴んでくいっと上を向かせた。
少年が虚ろな眼差しをコンクリに向けると、コンクリはその少年の目の奥を覗き込むように見つめ、少年の瞳の奥にあるものを確かめると、納得するように微かに頷き、少年の顎から手を離した。
「どうなさいますか」
兎神官がコンクリの意向を伺うと、
「精鋭養成所に入れよ」
コンクリは重々しい口調でそう告げた。
「えっ」
兎神官はコンクリの指示に耳を疑った。
「コンクリ様、この者たちは少年とはいえ、神民である爬神族の兵士と、その爬神族の番民である蛮兵たちを何十人も斬り殺した、極悪人の血を引く者たちでございます。この二人を生かしておいては、爬神族、蛮狼族、双方の怒りを買うことになるでしょう」
兎神官はそう訴え、コンクリに再考を促した。
コンクリの両脇に立つ従者たちも、爬神族、蛮狼族からの報復を恐れ、怯えた目をしている。
「この二人を殺しても何のみせしめにもならない。今回の出来事は、あくまでも気の狂った二人の男の仕業だ。そう片付ける以外に、爬神族の怒りを鎮める方法はないだろう。何より子供に罪はない」
コンクリは厳しい表情で自らの考えを説明した。
「しかし、それで許してもらえるでしょうか」
兎神官が疑問を呈すると、
「子供を殺すということは、その子供を恐れているということになる。偉大なる爬神族が、霊兎族の、しかも子供二人を恐れることなどあってはならないことなのだ。爬神族自身がそれを絶対に許さないだろう。だから心配はいらない。それに、たった二人の霊兎に何十人もの神兵が殺されたという噂が広まれば、爬神族の権威に傷がつくというものだ。決して公にはしたくないだろう。ゆえに、あからさまは報復をすることは難しいはずだ」
コンクリは爬神族の弱味を見透かすかのようにそう答え、微かな笑みを浮かべた。
「なるほど、さすがコンクリ様です」
兎神官は納得し、コンクリの判断を少しでも疑った非礼を詫びるように、深く頭を下げる。
最後に、
「ハウルの息子をかくまったケラスなる者、および、ナイの息子を逃がそうとしたタタルなる者の扱いはどうされますか」
兎神官が尋ねると、
「子供に罪がないなら、その者たちにも罪はない」
コンクリはきっぱりとそう答えた。
コンクリは改めて二人の少年に視線を向けると、
「二人はまだ子供だ。育て甲斐もあるというものだ」
そう言って何かを企むような笑みを浮かべ、
「この二人を厳しく鍛えるがいい」
そう兎神官に告げると、従者を引き連れ去っていった。
このやり取りのあいだ、赤毛の少年はずっとコンクリを睨んでいて、薄灰色の少年は呆然としたまま俯いていたのだった。
こうして二人の罪人の子は、ラドリア精鋭養成所へ預けられることになったのである。
赤毛の少年の名をタヌといい、もうひとりはラウルといった。
このとき、二人が言葉を交わすことはなかったし、目を合わすことさえなかった。
しかし、これが二人の出会いだった。
コンクリの言った通り、献上の儀式における惨劇は、二人の狂人が起こした不幸な出来事として収められることになった。
爬神族にしても、ラドリアに報復しても得るものがなかったからだ。
ただし、次同じことが起こったら、そのときはその都市を壊滅させ、すべての霊兎を抹殺する旨の警告がされたのだった。
そして当然のことのように、献上の儀式で起きた出来事については厳重な箝口令が敷かれた。
この命令を破った者がいたなら、血縁者もろとも罪人として蛮狼族監視団に引き渡されることになった。
さらに、罰としてラドリアの街に夜間外出禁止令が出されることになったのである。
日が暮れてからの外出は一切禁止され、もし出歩いているところを見つかれば、街を見回る蛮兵たちが自由に食していいことになった。
この夜間外出禁止令の処罰の内容は、爬神族と同じく、何十人もの兵士を殺害された蛮狼族の怒りを鎮めるためのものでもあった。
箝口令が敷かれたことにより、献上の儀式で起きた出来事は表向き一切語られることはなかった。
しかし、いくら口止めをしても噂は広まるものである。
二人の霊兎、ナイとハウルの起こした惨劇は〝ラドリアの惨劇〟として、人知れず語られ、広まることになるのだった。