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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇七七 言い伝えの儀式


 コンクリのその意味深な眼差しに、二人は冷静に応える。


「少なくとも、我々兎人が神兵や蛮兵を殺すなどということは、ラドリアの惨劇以前では考えられないことでした。その考えられないことが起こったということは、そこに何かを感じ、心を動かされた者たちがいたとしも、不思議なことではありません」


 ミカルは淡々とした口調で見解を述べた。


 それは〝そうあって欲しい〟というミカルの願望でもあった。


「ある意味、私も衝撃を受けた一人です。まさか我々兎人が、たとえそれが狂人によるものであったとしても、爬神様やその番民(ばんみん)である狼人(ろうじん)に対し刃を向ける日が来ることなど、想像だにしないことでした。力が支配するこの世界では、爬神様に絶対的な力があるからこそ、我々は迷うことなく従っているのです。それが爬神教の教えだからです。その爬神様が、たった二人の霊兎によって何十人も殺害されたのですから、影響がない方がおかしいかと。爬神様の権威を疑う者が現れたとしても仕方がありません」


 ダレロも率直に自らの考えを述べた。


 コンクリは意味深な深い眼差しで二人の見解を聞いていたが、特にそれについて意見することはなかった。


 コンクリは二人に微かに頷くと、


「アクよ、これが答えだ」


 アクに視線を移し、そう告げた。


 アクは二人の見解に驚きを覚えていた。


 今までそんな風に物事を考えたことなどなかったからだ。


 自分がどう受け止めるか、自分がそれをどう考えるか、それがすべてだったから、他の人間がそれをどう受け止め、どう考えるかなんて気にもしなかったし、自分と考えの違う人間の考え方なんて興味すらなかった。


 爬神教の教義に従って考えれば、それで良かった。


 だから、ミカルとダレロのような考え方をしたことなど一度もなかったのだった。


 もし、二人の見解が正しいとすれば、ラドリアの惨劇によって兎人の意識が変わりつつあるということになる。


 今まで爬神様を崇めてきた我々霊兎族が、爬神様の権威を疑い始めているなんて・・・果たして、そんなことがあり得るのだろうか。そんなことが許されるのだろうか・・・


 そう考えれば、たしかに、そこには許されざる罪があり、公開処刑は当然のことだった。


「もし、我々霊兎族の意識が変わりつつあることが事実ならば、爬神様が我々に罪を宣告するのも仕方のないことだと言わざるを得ません。だとすれば、爬神軍は罰を与えるために、スペルス以外のすべての都市でも処刑を行うということになります。我々はそれを甘んじて受け入れる以外にないのでしょうか。それを止めるために、我々にできることは何もないのでしょうか」


 アクはそう訴え、救いを求めるようにコンクリを見つめた。


 アクにとって〝神民(しんみん)〟である爬神族は力の象徴であり、恐怖の存在であり、崇める対象だった。


 その爬神族から罰を与えられるのは、アクにとって受け入れ難いことだった。


 コンクリは眉間に皺を寄せたまま目を閉じ、思案する。


 執務室にある祭壇には火のついた二本のロウソクが風もないのに揺れていて、それがこの場の空気を神妙なものにしているのだった。


 しばらくして、コンクリはゆっくりと目を開けた。


 そして、


「アクの言うように、爬神軍はスペルスを皮切りに、すべての都市で処刑を行う可能性が高い。何もしなければ、すべては淡々と実行されるだけだ」


 と、険しい表情で告げた。


 ダレロは〝何もしなければ〟という言葉にピンときた。


「何もしなければ、ということは、打つ手はあるということでしょうか」


 ダレロは期待を込めた眼差しでコンクリを見つめた。


 コンクリはしばらく黙って宙を見つめ、それから、


「服従の儀式・・・」


 重々しい口調でそう呟いて、高官たちを鋭い目つきで見渡した。


 ミカルとダレロは一瞬驚いた表情をみせたが、すぐに真顔に戻り、(うつむ)きがちにコンクリの視線を避けた。


「服従の儀式?そんな儀式、聞いたことがありません」


 高位兎神官のマサクが戸惑(とまど)いの表情をみせる。


「服従の儀式とは、その昔、霊兎族の人々が爬神族に対し、服従を誓う際に行った儀式と言われている。爬神族に逆らった背信者たちを、神兵たちの目の前で、霊兎族自らの手によって処刑し、その肉を捧げることで、爬神族に対する服従の精神を示すのである」


 コンクリが服従の儀式についてそう説明すると、そのおぞましい内容に、


「そのような儀式が・・・」


 マサクは顔を引きつらせ言葉を失った。


 ダレロやミカルにとって服従の儀式とは、ラドリアの戦士の末裔に伝わる屈辱の儀式だった。


 その服従の儀式の名を、コンクリの口から聞くことになるとは思いもしなかった。


「わざわざ儀式を行ってまで処刑しなければならないほどの背信者たちが、かつて我々霊兎族に存在していたということでしょうか」


 マーレがそう質問をすると、コンクリは真顔でマーレを見返し、


「服従の儀式は、人知れず語られて来た古い物語の中に出てくる儀式のことだ。もし、その物語が事実を語っているのならば、たしかにそのような者たちが、かつて我々霊兎族の中に存在していたということになるだろう」


 そう淡々と答えた。


 コンクリのその答えに、ミカルとダレロは確信した。


 コンクリ様はラドリアの戦士にまつわる伝説を知っている・・・


 二人は互いに顔を見合わせ、目で頷きあった。


「事実としてあったかどうか、それはわからないということでしょうか」


 マーレが念を押して確認すると、


「そうだ。あくまで言い伝えに過ぎないものだ。爬神教において、我々霊兎族はドラゴンの血から創られたとされている。その、ドラゴンの血から創られた我々が、そもそも爬神族に服従を誓う必要があるだろうか。だからこそ、爬神教の教えにおいて、そのような事実は存在しないのだ」


 コンクリは説明を加えてそれを認めた。


 コンクリのその説明に、高官たちは怪訝(けげん)な表情を浮かべた。


「コンクリ様、お言葉ではありますが、そんな言い伝えの中の儀式を行うことで、本当に公開処刑が止められるのでしょうか」


 マサクが恐る恐る意見すると、


「口承で伝えられる古い物語の中にも、現実の問題を解決するヒントがある、ということだ」


 コンクリは威厳を持って応え、高官たちに鋭い視線を向けた。


 高官たちはコンクリの言葉に頷きながらも、なお不安そうな顔をしていた。


 それはある意味仕方のないことだった。


 おぞましい服従の儀式を行うことにも抵抗はあるが、それだけの儀式を行っても、本当に公開処刑を止められるのか良くわからないからだ。


 コンクリはじっと宙の一点を見つめるようにして、その目から精気を消した。


 瞬きもせず、どこか遠くを見つめるような表情は、抜け殻のようでもあるが、その先に何かを見ているような、そんな不思議な雰囲気をまとっている。


 その場にいる高官たちはそんなコンクリをじっと見つめ、答えを待つ。


 しばらくして、すーっとコンクリの目に精気が戻ってくる。


 その開けたままの目に、色が映る。


 コンクリは一同を見渡し、重々しく告げた。


「問題ない。服従の儀式が我々を救うことになるだろう」


 コンクリがそう断言すると、高官たちはその言葉に安堵(あんど)した。


 コンクリが恍惚状態で見るものは、それを行った先にある未来の姿だからである。


「今回の服従の儀式では背信者を斬るだけでなく、特別な生贄を捧げることにする」


 コンクリが付け加えると、


「特別な生贄とは?」


 マサクは嫌な予感がして尋ね、


「ドラゴンに特別な力を与える、霊力の高い霊兎のことだ」


 コンクリは厳しくマサクを見、そうきっぱりと答えるのだった。


 高位兎神官の地位にある私は、その生贄になる可能性が高いのでは・・・


 それが嫌な予感の正体だった。


 そんなマサクの不安を見透かすように、


「神職に就く者が相応しいだろう」


 コンクリが容赦なく告げると、


「おお・・」


 兎神官たちから小さなどよめきが起こった。


 そのどよめきの中、ミカルは冷静に護衛隊隊長としての考えを伝えた。


「コンクリ様、服従の儀式で背信者を斬るとおっしゃいましたが、背信者は監視団に引き渡されるとほどなく処刑されるため、現存する背信者の数は限りなくゼロに近いと思われます。そうなると、服従の儀式を行うにも背信者の数が足りません」


 ミカルが意見を述べると、


「お前は、ラドリアの惨劇の結果として、心を動かされた者たちがいたとしも不思議なことではないと言った。ダレロにいたっては爬神様の権威を疑う者が現れたとしても仕方がないとまで言った。背信者はいくらでもいる。心配には及ばない」


 コンクリはそう返し、下らないことを訊くミカルを不機嫌に睨みつけた。


 まさか自らの発言が逆手に取られるとは思ってもみなかった。


「しかし・・・」


 ミカルは反論を試みるが、何も言葉は出てこなかった。


 コンクリは納得しないミカルを、


「他に方法はない」


 そうきっぱりと言って突き放す。


 コンクリのその冷たく厳しい眼差しに、ミカルは何も言えなかったし、コンクリが言うように、他に方法がないのも間違いないことだった。


 コンクリは改めて一同を見渡すと、


「もうひとつ報告がある」


 そう言って、自身の左側に立つ従者に目配せをした。


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