〇七四 爬神軍現る
霊兎族の都市スペルスに突然爬神軍が現れた。
それはまだ朝の早い時間だった。
最高爬武官であるゴリキ・ド・ゴリキは教会前広場におよそ千人の兵を整列させ、統治兎神官コンミンに告げた。
「お前たちは罪を犯した」
ゴリキ・ド・ゴリキの感情を持たない冷たい眼差しが不気味だった。
彼の背後で巨大な壁のように整列する、神兵たちから漂う悍ましい殺気。
スペルスの統治兎神官であるコンミンは従者を左右に従え、教会堂の入り口の扉の前に立ちゴリキ・ド・ゴリキの言葉を聞いた。
コンミンの顔から血の気が失せる。
「ど、どういう罪でしょうか」
コンミンはそう聞き返していた。
突然罪の宣告をされたことが理解できなかった。
「それは自分の胸に手を当てて考えろ」
ゴリキ・ド・ゴリキはただそう言うだけだった。
「そ、そんな・・・」
コンミンは言葉を失う。
「本日正午、この場所で、罪を犯した者たちを処刑する。みせしめのための処刑だ。全住民を広場に集めておくように」
ゴリキ・ド・ゴリキはコンミンにそう命じ、半分の兵士を広場に残し、残りの半分の兵士を連れ、蛮狼族監視団施設に向かった。
「こ、これは、た、ただごとではないぞ・・・」
コンミンは血の気の引いた顔でそう呟くと、
「スペルス全住民に対し、本日正午、中央広場に集まることを厳命するよう、各地区教会へ大至急通告せよ」
と、両脇に立つ従者に向かって指示を出した。
コンミンは一人執務室に戻り椅子に座るが、ゴリキ・ド・ゴリキから漂う凄まじい殺気、その背後に整列する神兵たちの異様な姿が目に浮かぶと、それに恐れ慄き、体の震えが止まらなかった。
監視団施設に向かう五百人に及ぶ神兵が行進を始めると地面が揺れた。
それは献上の儀式の際の厳かな行進とはまったく異なる暴力的な行進だった。
神兵一人ひとりから放たれる冷酷な殺意が、コンミンを暗澹たる気持ちにさせていた。
い、一体、誰がどのような罪を犯したというのか・・・
コンミンはこれから行われる処刑がどのようなものになるのか想像もつかなかったが、誰がどのような罪で処刑されようとも、それがこの街を恐怖に陥れるものになることだけは確かだった。
ゴリキ・ド・ゴリキは監視団施設の外に団長のデウォを呼び出し、
「本日正午、教会前広場にて処刑を行う。よって、監視団は全員広場に集まるように」
殺気を漲らせた鋭い目つきでそう告げた。
「はい」
ゴリキ・ド・ゴリキの凄みを利かせた低い声にデウォは体を硬直させ、体の震えを抑えるのに必死だった。
ゴリキ・ド・ゴリキはデウォに指示を与えると、神兵四百人を街の東西南北を結ぶ大通りに配した後、残りの百人を連れて広場に戻った。
教会は街の中央にあり、その南側が広場になっていた。
その広場は献上の儀式にも使われるため、兎人なら数万人が集まれる広さがある。
そして教会を中心にして東西南北に走る大通りを含めれば、相当な数の住民が教会を中心に集まれるはずだ。
ゴリキ・ド・ゴリキは六百人の神兵たちと共に正午を待った。
正午が近づくにつれ、広場や大通りに人が集まり始める。
スペルスの住民は、教会堂の前で横一列になって整列する神兵たちに驚き、その神兵たちの無表情で冷たい目つきに、ゾワゾワッと背筋が寒くなるのだった。
住民たちは一体何が起こっているのか、わからなかった。
理由は告げられず、ただ緊急事態ということで集められているため、広場に来て不安になる住民がほとんどだった。
カーン、カーン、カーン・・・
教会の鐘が時を知らせる。
それは正午を知らせる鐘の音だった。
献上の儀式を行うときと同じように、教会堂の入り口の扉の前に置かれたきらびやかな椅子に統治兎神官コンミンが座り、その両脇に従者が立った。
そして、入り口の階段の下、統治兎神官を守るように護衛隊が整列し、その先頭に立つ護衛隊隊長ミズホは厳しい眼差しで神兵越しに群衆を見つめているのだった。
神兵たちは統治兎神官コンミンから群衆の様子が見えるように教会堂の入り口の前を空けて横並びに整列していて、その背後で整列する護衛隊からも群衆の様子が見えるように神兵一人分の隙間を空け、等間隔に並んでいた。ゴリキ・ド・ゴリキは教会堂の入り口近く、護衛隊隊長ミズホの右斜め前に立っていて、そこから広場を見渡している。
監視団の蛮兵たちは広場を囲むようにして群衆に睨みを利かせている。
広場に集まった住民たちは四メートルを超える神兵の冷たく無表情な姿と、蛮兵の住民一人ひとりを品定めするような嫌らしい視線に囲まれ、異様な緊張感に包まれていた。
ゴリキ・ド・ゴリキは群衆の前に立ち、恐ろしく冷酷な目つきで、じっと、ざわめく群衆を眺めていた。そして、その横には監視団団長のデウォが立っていて、デウォは緊張に顔を強張らせ、群衆を睨んでいるのだった。
時間が来たようだ。
ゴリキ・ド・ゴリキは胸一杯に息を吸うと、鋭く厳しい眼差しで広場に集まる群衆を恫喝した。
「お前たちは罪を犯した!よって、これから処刑を行う!」
ゴリキ・ド・ゴリキのその迫力ある声に、群衆はしんと静まり返り、そして、ゴリキ・ド・ゴリキのその言葉に耳を疑った。
「それは納得できません!」
教会堂の入口に置かれた椅子に座るコンミンは思わず立ち上がり、ゴリキ・ド・ゴリキに向かって叫んでいた。
ゴリキ・ド・ゴリキはゆっくりとコンミンに振り返ると、
「さっきも言ったはずだ。それは自分の胸に手を当てて考えてみればいい」
冷たくそう吐き捨てるだけだった。
どういうことだ・・・
コンミンはスペルスの住民に罪がないことを確信している。
だから、ゴリキ・ド・ゴリキの言い分にはまったく心当たりがない。
「我がスペルスの住民は、従順で罪を犯すような者はおりません!」
コンミンはなおもそう訴え、処刑を止めようと試みる。
しかし、ゴリキ・ド・ゴリキにとってそれはどうでもいいことだった。
「それはお前の言い分に過ぎない」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう告げ、群衆に向き直る。
「そ、そんなことはございません!」
コンミンの叫びに、もはやゴリキ・ド・ゴリキが耳を貸すことはなかった。
このやりとりを見ていた護衛隊隊長ミズホは、そっと剣の柄に手を添えた。
「これから処刑を行うが、目を開いてしっかりと見届けろ!もし、目を逸らしたり、顔を背ける者がいたら、その者をただちに処刑する!いいか、絶対に、処刑から目を背けてはならない!」
ゴリキ・ド・ゴリキはそう群衆に向かって叫んだ。
ざわざわっとさざ波のようなざわめきが広場を渡っていく。
この時でさえ、群衆は誰が処刑されるのか理解していなかった。
ゴリキ・ド・ゴリキは群衆に聞こえるような大声で蛮狼族監視団団長デウォに指示を出した。
「デウォよ、群衆を監視し、もし目を背ける者がいたら、前へ引き出せ。その者を即刻処刑する。そして、もし、意識を失うものがいたなら、お前たち蛮兵が食して構わない」
この背筋の凍るような指示に群衆はどよめいた。
デウォは広場を囲む蛮兵たちに向かって命令する。
「群衆を厳しく監視せよ!」
デウォがそう叫ぶと、
「おおー!」
広場にいる蛮兵たちは右手を突き上げ雄叫びを上げた。
群衆は益々不安に駆られ、どよめきは収まらない。
「それでは処刑を行う!」
ゴリキ・ド・ゴリキは群衆に向かって叫び、そして右手を前に、肩の高さで水平に突き出すと、
「罪人を前へ!」
と命じた。




