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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇七一 志願者が減少している件について


 この年も、サムイコクでの忠誠の儀式はつつがなく行われた。


「今年の忠誠の儀式は問題ないが、問題は来年以降だ。万が一、奉仕者の数が足りなくなるような事態になれば、そのときは爬神様の逆鱗に触れてしまうだろう」


 そう言うムサシの表情は険しい。


 高台にある塔の三階では、ムサシを中心に会議が開かれていた。


 出席者はムサシに加え、治安担当のトノジ・ジベイ、市場担当のキヨス・ミザワ、宗教担当のミノル・タヌカの三補佐官に、タケル、アジの六人である。


 タケルは元老を継ぐ者として、アジは治安部隊指揮官を継ぐ者として、〝西地区およびサムイコク全体のことについて早くから携わる必要がある〟というムサシの考えに基づいて出席しているのだった。


 部屋の真ん中にあるテーブルに、ムサシを上座にして左にタケル、キヨス・ミザワ、右にミノル・タヌカ、アジが座り、ムサシの正面にトノジが座っている。


 ムサシから見るとトノジの後ろに窓があり、その窓越しに外の世界が広がっているということになる。


「サムイコクの他の地区と比べても、我が西地区は人口は増えているというのに、極端に志願者の数が減っています。これは間違いなく豊かさの代償です。西地区は他地区に比べ確かに豊かになりましたが、その分風紀は乱れ、信仰心も薄れてきています。このまま何も手を打たないわけにはいかないでしょう」


 トノジがそう意見を述べると、


「トノジが言うように、これは豊かさの代償です。人は豊かになると神の存在を忘れてしまうものです。そして欲望に流され易くなります。そこで問題になるのが流入民たちです。流入民によってもたらされた享楽的な生活が、元々ウオチに住む土着の住民にも悪影響を及ぼし、それが志願者数の激減に繋がっているのです。これは由々しき事態です。目の前の快楽に(とら)われ、神を忘れるようなことがあれば、我々は間違いなく爬神様の怒りを買うことになります」


 と、ここぞとばかりにミノル・タヌカが力説した。


 ミノル・タヌカは宗教担当として教会を管理し、セントラルで行われる忠誠の儀式にも携わる立場の人間だ。奉仕者を集めるのも彼の仕事である。


「その話は何度も聞いてわかっている。流入民は確かに我が西地区の風紀を乱してはいるが、人が集まることで、サムイコク自体の国力が上がっているのも間違いのない事実なのだ」


 ムサシは難しい顔をして自らの認識を伝えた。


 ミノル・タヌカにはそれが風紀の乱れを容認するような発言に聞こえ、


「しかしムサシ様、そのために爬神様の怒りを買い、サムイコクが滅ぼされてしまっては元も子もございません」


 と、険しい表情でその認識の甘さを指摘するのだった。


「それもわかっている。お前の言っていることは正しい」


 ムサシはそう言ってため息をつく。


 豊かさに目が眩んだ民が神を恐れなくなったとき、神はその力をみせつけるだろう。そうならない為に何をすればいいのか、ムサシは幾度となくトノジと話し合って来たが、その答えは見つかっていない。


「ムサシ様、風紀を厳しく取り締まるべきです」


 ミノル・タヌカがそう訴えると、


「そうなると民は萎縮し、町の活気が失われてしまうでしょう」


 キヨス・ミザワが口を挟み、


「今でも行き過ぎた風紀の乱れは取り締まっている。治安を維持するためには、住民を締め付けるだけではダメだ。住民には不満のはけ口も必要なのだ。だからある程度の風紀の乱れは容認する必要があるだろう」


 トノジもそう言って、ミノル・タヌカに反論した。


 ミノル・タヌカは二人に反対されると、


「何を言っているのだ、お前たちは。何度も言わせてもらうが、それで爬神様に滅ぼされてしまっては元も子もないのだ。住民の不満を気にしている場合ではないのだぞ」


 怒りを露わに自らの訴えの正しさを主張した。


 ムサシは腕組みをして考える。


「風紀を厳しく取り締まることで志願者が増えるなら、すでにそうしている。風紀を厳しく取り締まったとしても、豊かさを手に入れた人々が奉仕者に魅力を感じるとは思えないのだ。かといって民を貧しくすれば、奉仕者は増えても国力が失われてしまう」


 ムサシはそこまで言って頭を抱え、


「こっちで奉仕者を指名できれば楽なのだがな。志願制である以上、どうにもならない」


 そんな愚痴をこぼし、そして、その自らの発言にはっとした。


 その顔を見て、


「何かいい案でも浮かびましたか」


 トノジが尋ねると、


 ムサシはニヤリと笑い、


「答えは簡単だ。志願制を止めれば良いのだ」


 と嬉しそうに答えるのだった。


 その答えに、宗教担当のミノル・タヌカのみならず席上のすべての者が驚きの表情をみせた。


 それはタケルやアジも同じだった。


「と、言いますと?」


 ミノル・タヌカはそう言って首を傾げる。


 志願制を止めてどうしようというのか・・・


 ミノル・タヌカにとって、それは自分の仕事に直接関係のあることだった。


「兎人と同じようにすれば良いのだ。献上の儀式では教会が人選しているというではないか。我々もそうすれば、志願者数を気にすることなく、毎年奉仕者を確保できるというものだ。なぜそんな簡単なことに気づかなかったのだろう」


 ムサシはそう答え、自嘲的な笑みを浮かべた。


 トノジはそれを聞いて、


「なるほど」


 と相槌を打ち、


 さすが、ムサシだ・・・


 と思った。


「妙案ですね」


 そう言ってキヨス・ミザワは賛成し、ミノル・タヌカは考えを巡らせ浮かない顔になる。


「私も妙案だとは思いますが、霊兎族の献身者と我々賢烏族の奉仕者ではその性質が異なります。献身者はドラゴンの生贄にされるだけですが、奉仕者は生涯にわたって爬神様に尽くさなければならないのです。奉仕者にとって大切なのは神へ奉仕する気持ちです。その気持ちがない者を奉仕者にするのはどうかと思います。それに、奉仕者になりたいと思わない者を無理やり徴集すれば、住民たちから不満が出かねません」


 そんな風に、ミノル・タヌカは自らの懸念を伝えた。


 ムサシはそのミノル・タヌカの懸念を聞いて、


「神へ奉仕する気持ちは大切だろう。それはリザド・シ・リザドに行けば自然身につくものだ。だからそれは問題ではない」


 そう言い返し、それから、


「それに、お前は矛盾しているぞ」


 と指摘した。


 その冷たい言い方にミノル・タヌカは恐縮し、


「どう言うことでしょうか」


 恐る恐るその理由を尋ねた。


「住民の不満を気にして爬神様に滅ぼされては元も子もないと言ったのは、お前ではなかったか」


 ムサシがその矛盾を指摘すると、


「それは・・・」


 ミノル・タヌカは視線を泳がせ口ごもってしまう。


「無理矢理にでも奉仕者を集めなければ、爬神様に滅ぼされてしまう。そうならないようにするためには、住民の不満を恐れてはならない。そうではなかったか」


 ムサシが厳しくミノル・タヌカを問い詰めると、


「私が浅はかでした。申し訳ございませんでした」


 ミノル・タヌカは深々と頭を下げ謝罪するのだった。


「うむ」


 ミノル・タヌカの謝罪を受け入れるようにムサシは頷くと、


「まぁ、お前の懸念はわからなくもない。私もできるだけ、奉仕者に選ばれた者たちが不満を持たないようにしたいと思っている。たとえば、奉仕者に選ばれた者には〝神に選ばれし者〟という称号を与えるというのはどうだろうか」


 と、思いつくままに一つの案を提示した。


 ミノル・タヌカはその案に目が覚める思いがした。


 なるほど、その手があったか・・・


 ミノル・タヌカは目を輝かせ、


「おお、そうなれば話は変わってきます。神に選ばれし者という称号が与えられるのなら、不満の持ちようがございません。たとえ不満を持つ者がいたとしても、それを公言することはできないでしょう。それを公言するということは、爬神様の御威光に唾を吐くことになりますゆえ」


 と、ムサシの案を褒め称えるのだった。


 ミノル・タヌカはムサシに頭が下がる思いだった。


 トノジとキヨス・ミザワも同じく、ムサシの案に賛同して頷いた。


「奉仕者には神に選ばれし者の称号を与え、残った家族には報奨金を与え祝福しよう。そして町の教会に石碑を置き、それに奉仕者たちの名を刻むのだ。そうすることで、奉仕者たちを民衆の羨望の的とするのだ」


 ムサシが次々と浮かんで来るアイディアを口にすると、


「素晴らしい。是非、そのように進めたいと思います」


 ミノル・タヌカはそのムサシの発想力に感服するのだった。


 そのとき、


「問題は、流入民だと思われますが」


 トノジがそう発言し、


「ムサシ様、土着の住民から奉仕者を指名するのは難しいことではないと思われますが、流入民についてはどう扱うおつもりでしょうか」


 と、流入民の扱いについて尋ねた。


 すると、ムサシはすぐさま流入民の状況についてミノル・タヌカに確認した。


「教会は流入民について把握しているのか」


 そのムサシからの問いに、


「教会に属している者は把握が可能ですが、ほとんどの流入民は西地区のどの教会にも属していないため、把握できていないのが実情です」


 ミノル・タヌカは申し訳なさそうに答えた。


「なるほど、野放し状態というわけか・・・」


 ムサシはそう呟き、そして、何かを(ひらめ)いて胸の前でパンッと手を叩いた。


「よし、これを機に住民の管理を徹底しよう。土着の住民にしても、教会に属していない者がいないとは言い切れないのだから、土着民、流入民の区別なく、すべての住民は必ず一つの教会に籍を置くことにしよう。そうすれば、教会で容易に住民の選別が行えるはずだ」


 ムサシはそう告げ、テーブルにつく一同を見渡した。


 サムイコクにはドラゴンを(あが)める複数の宗教があったが、それはすべて爬神教の一つの宗派であり、必ず公の教会を持つことが義務付けられていた。そしてすべての教会は、爬神教の教会の下に位置づけられているのだった。


 しかし、教会を管理していても、そこに属する住民については無頓着だった。


 住民はどの教会に属するのも自由であり、複数の教会に属する者、またはどの教会にも属さない者がいるなど、西地区としてきちんと管理ができているとはいえない状態だった。


 奉仕者を指名制に移行するのを機に、この(ゆる)い住民管理を厳しく徹底するというのが、ムサシの考えだった。


「さすがです」


 トノジは思わず唸ってしまう。


 ミノル・タヌカ、キヨス・ミザワも賛意を示して頷いた。


 ムサシは補佐官たちの表情を見て満足すると、


「すべての宗教に対し、ドラゴンを崇めることだけでなく、選ばれし奉仕者を賛美するよう命じよ。それに従わない宗教があれば潰して構わない」


 ミノル・タヌカにそう命令した。


 これで話は決まった。


 上手くいくかどうかは別として、来年以降の忠誠の儀式に対する懸念はこうしてなくなったのである。


 ムサシは胸を撫で下ろし、ふと、この議論を黙って聞いているタケルに声をかけた。


 タケルは俯きがちに考え込むようにしていて、


「タケル、なにか意見はあるか」


 ムサシが意見を求めると、顔を上げ、補佐官たちを意識しながら自らの考えを伝えた。


「私はそれに賛成できません」


 と。


 タケルのその一言に、ムサシは顔色を変えた。


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