〇七〇 ともに過ごす時間、深まる友情
「やっ!」
ビュンッ!
タケルは鋭く剣を繰り出す。
サイノ川の河川敷には背の高い草が生えている場所があって、それを目隠しの壁として使うことで人目を気にすることなく剣を交えることが可能だった。
そこにタケル、アジ、サスケの三人と、タヌ、ラウル、ギルの三人がいて、両陣営から一人ずつ出て剣をぶつけ合っているのだった。
今打ち合っているのはタケルとタヌだ。
ガキンッ!
タヌはタケルの剣を軽く払うと、
「甘い!」
ビュンッ!
すぐさま反撃した。
「くっ」
ガキンッ!
タケルは必死になってタヌの剣を受け止め、
「今日こそは一本取ってやる」
そう言ってタヌを睨みつけるのだった。
タケル、アジ、サスケの三人は会うたびにタヌ、ラウル、ギルの三人に勝負を挑んでいた。負けた悔しさからではなく、純粋に腕を磨きたいということもあったが、剣を交えることで互いを理解し合えるような感覚があり、それを楽しんでいるのだった。
「やっ!」
タケルは渾身の一撃を見舞うが、
ビュンッ!
それは空を斬り、
「遅い!」
気づいたら後ろから声が聞こえてきて、タヌが背中に剣の切っ先を突きつけているのだった。
勝負あり。
「もう一回!」
タケルはすぐに勝負を挑む。
ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!
タヌ、ラウル、ギルの三人は十日に一度はサムイコク側に野菜売りを名目に会いにきてくれた。
かといって本当に野菜売りをすることはない。
テムス農園の野菜は治安部隊がすべて買い取ることになっていて、タヌら三人は治安部隊の食料庫へ直行し、野菜と果物を下ろしてからいつものこの河川敷にやってきてはタケルらの相手をし、親睦を深めているのだった。
当然、三人が使っている剣はタケルが用意した治安部隊の剣だ。
この日、タケルの相手をタヌがし、アジの相手をラウルが、サスケの相手はギルがした。
打ち合いが終わると六人は土手に上がって腰を下ろし、対岸のイスタルや新世界橋を眺めながらのんびりおしゃべりを楽しむ。
ここのところの話題はラビッツ一色だ。
「どうだ、危ないことないか?」
タケルが心配すると、ラビッツの三人は薄笑いを浮かべ、
「危ないことしてるんだから、危ないに決まってるだろ」
ギルがそう返し、呆れた感じで肩をすくめる。
たしかに・・・
その通りだ。
「そりゃそうか」
タケルがバツが悪そうにすると、
「心配してくれるのはありがたいが、危なくていいんだよ。俺たちはとっくに命を捨ててるんだから」
ギルはそう言って宙を睨み、そのギルの言葉にタケルは胸を打たれた。
—俺たちはとっくに命を捨ててるんだから。
そこにある覚悟。
「命を捨ててる、か」
タケルはそう呟き、
「お前たちが羨ましいよ」
と呟くように言って、タヌ、ラウル、ギルの三人を見る。
「うん。羨ましい」
サスケはタケルに同意し、
「でも、俺たちはどうすることもできない」
アジは宙を睨み悔しそうにする。
そんな三人を、
「お前たちにだってできることはあると思う」
タヌはそう言って励まし、
「あるかなぁ」
タケルがため息をつくと、
「っていうか、すでに大きなことを成し遂げてるんだけどな」
タヌはそう言って笑うのだった。
すでに成し遂げていること。
「なんだよ、それ」
タケルが〝いい加減なこと言うなよ〟みたいな顔をしてタヌを見ると、
「俺たちラビッツが活動を始めたのはお前たちのおかげだ。リザド・シ・リザドから奉仕者が逃げ帰ってきたって、そのことをお前たちから聞いたのがきっかけだ。だから、既に大きなことをしたと言える」
タヌはタケルたちが成した功績を胸を張って伝えるのだった。
それはそうかも知れない。
でも、
「それ、全然慰めになってないよ。俺たちは情報を伝えただけで何もしていないじゃないか。俺だって奉仕者たちのために戦いたいんだ。でも、どうすることもできない。それが悔しいんだ」
タケルの不満な心は解消されなかった。
「俺の親父は秩序を守ることがすべての堅物だ。霊兎族のこととはいえ、ラビッツのこと憎んでるよ。だから、俺たちがきっかけでラビッツが活動を始めたって知ったら、俺は親父に殺されると思う」
アジはそう言って苦笑いし、
「俺たちは治安部隊で、治安を守る側の人間だから」
タケルは諦め顔でため息をつく。
「治安を守るための生贄が奉仕者ってわけか・・・」
サスケがそう呟いて歯を食いしばるようにすると、
「奉仕者はリザド・シ・リザドで様々な仕事をして神民に尽くしている。だから、ただドラゴンの生贄になるだけの献身者より優れている。俺たちはそう思っていた。でも、実際は違った。働かされるだけ働かされ、使いものにならなくなったら神兵に食われるなんて、献身者より優れてるなんてよく思えてたものだ。恥ずかしいよ」
タケルは自嘲的な笑みを浮かべ、それから真顔になって、
「だから、なんとかしたいって思うんだ」
とその想いを吐露した。
そんなタケルに、
「お前には国を動かすことができる」
サスケは厳しい口調で言う。
それはサスケがずっと思っていたことだ。
だが、
「それができたら・・・」
タケルはそう言ってそのことを真剣に考えようとしない。
最初から諦めている。
「できるさ」
サスケが言うと、
「俺に父上を説得できると思うか」
タケルはそう返して苦笑いし、そこに、タヌが割り込んできた。
「できるさ。そのきっかけがいつか絶対にくると思う。俺たちが立ち上がるきっかけをお前たちがくれたように、きっかけなんてどこからやってくるかわからないんだから」
タヌはタケルたちがしてくれたことを例に出し、タケルを励ました。
たしかに、とは思う。
でも、タケルにとって父ムサシはあまりにも偉大だった。
何を言っても言い返される気がした。
そんな父ムサシを説得できるほどのきっかけが来るというのか。
「そうだといいんだけどな」
タケルがそう言って宙を睨むと、
「まちがいなく、きっかけは来ると思う」
サスケは自分に言い聞かせるようにそう言い、
「タケル、お前根性なしだな」
ギルがぐずぐずしているタケルを嘲笑う。
くっ・・・
タケルは痛いところを突かれ、
「うるさい。こっちにだって色々あるんだよ」
そう言い返すことしかできない。
そんなタケルを、
「色々あるって言ってる間は何もできねぇよ」
ギルが鼻で笑うと、
「ギルの言うとおりだ」
ラウルまでもがギルに加勢するのだった。
サスケは二人を有り難く思う。
「ちぇっ」
タケルは言い返すことを諦め、
「ところで、お前たちはこれからどうするつもりだ?」
と話題を変えた。
「どうするって?」
タヌが聞き返すと、
「蛮兵を殺し続けた先に何があるのかってこと」
タケルは真剣にラビッツの目指すところを尋ねた。
その一言で、タヌ、ラウル、ギル、三人の目つきが鋭くなり、
「もちろん、この世界を変えることに決まってる」
タヌは迷わずそう答えた。
—この世界を変える。
その言葉に、タケル、アジ、サスケの三人は全身が痺れる感覚に包まれるのだった。
俺たちも、という気持ちが強くなる。
「やっぱり、俺はお前たちと共に戦いたい」
タケルはその気持ちを明確にし、
「俺もだ」
「俺も」
アジとサスケもその意思を明確にした。
「なら、きっかけを見逃さず、そのときが来たらサムイコクを動かすんだ」
タヌがそう言うと、今度は迷いはなかった。
「そのきっかけが来るなら、うん、そうする」
タケルはきっぱりとそう応え、いつもの力強さを取り戻したタケルに、
「そして、サムイコクだけじゃなく、賢烏族全体を動かしてくれ」
タヌはそんなだいそれたことをけしかけるのだった。
「賢烏族全体?・・・そ、それはまた大きな話だな」
タケルは目を丸くして驚き、その顔を引きつらせた。
父ムサシを説得することだけでも大変なのに、賢烏族全体を動かすなんて、タケルには途方もないことだった。
それでも、
「タケルならできると思う」
タヌはそう言って励まし、
「俺もそう思う。タケルならできる」
アジもそのことを疑わず、
「タケル一人でやるんじゃない。俺たちだっている」
サスケはタケルが一人じゃないことを思い出させるのだった。
「そこまで言われたら、やるしかないか・・・」
タケルはそう呟いて空を見上げた。
空に浮かぶ雲がゆっくりと流れている。
その雲を目で追いながら、タケルはどこからか力が湧いてくるのを感じた。
俺にはアジとサスケがいる・・・
そう思ったら、怖いものなんてなかった。
その二人と一緒に、こうしてタヌ、ラウル、ギルの三人と世界を変えることについて語り合えていることが、何より嬉しかった。




