〇六七 コンドラの嫌らしさ
ドゴレは込み上げてくる屈辱感をぐっと堪え、
「私の認識が間違っていました。大変申し訳ございませんでした」
そう謝罪し、サウォに向かって深く頭を下げた。
「わかれば良いのだ」
コンドラはふんぞり返ってドゴレに言葉をかけ、それからサウォの機嫌を伺う。
「これで許してもらえますか」
コンドラはその脂ぎった顔に嫌らしい笑みを浮かべ、サウォに尋ねる。
「コンドラ殿に免じて、今回はなかったことにしよう」
サウォは厳しい表情でドゴレを許し、それからコンドラを見て口元に笑みを浮かべ頷いた。
「ドゴレよ、ラビッツを早急に引っ捕らえ、監視団に引き渡せ」
コンドラは改めてドゴレにそう命じた。
「我々は我々でラビッツを追いますが・・・」
ドゴレはそこまで言って言い淀んだ。
「まだ言いたいことがあるのか」
コンドラは物分りの悪いドゴレを毛嫌いしていた。
話しているとイライラしてくるのだ。
自分の言うことにはただ「はい」と言って従えばいい。
それができないからドゴレは無能なのだ。
「屈強な蛮兵のことです。ラビッツを返り討ちにすることくらい難しくないと考えます。そうしてもらえるのが一番だと思うのですが」
ドゴレは蛮兵に敬意を示し、監視団自身による解決を提案した。
そもそも兎人に蛮兵が殺されること自体恥ずかしいことだった。
サウォは気まずくなったのか、ムッとしてドゴレから目を逸らした。
今まで返り討ちを何度も試みて、ことごとく失敗していたのだ。
サウォにとって、それは屈辱以外の何ものでもなかった。
「当然、不意を襲われなければ、返り討ちにするのは簡単だ。だが、奴らは必ず不意を襲ってくるのだ」
サウォは苦々しくそう言い返すのがやっとだった。
そんなサウォの苦虫を噛み潰したような顔を見て、コンドラが助け舟を出す。
「これは我々の問題だ。イスタルの治安を守るのが護衛隊隊長であるお前の使命なはずだ。罪を犯しているのが兎人である以上、お前が責任を持って対応すべき事案である。それができないというのなら、ラドリアへ応援要請をするしかない。しかし、それはイスタルの護衛隊には治安を守る能力がないと言っているようなものだ。それでもいいのか。お前にはイスタルの護衛隊隊長としてのプライドはないのか」
コンドラは真顔でそうドゴレに問いかけた。
その言葉に反論の余地はなかった。
「護衛隊隊長としてのプライドは、勿論あります」
ドゴレは背筋を伸ばしてしっかりと答えた。
「ならばドゴレよ、護衛隊の名を汚さぬよう、一刻も早くラビッツを壊滅させるのだ」
コンドラはそう命じ、
「わかりました」
ドゴレは頭を下げる。
そのドゴレの素直な態度にほっとし、コンドラはふぅーと息を吐いて椅子にもたれ掛かると、
「下がってよい」
疲れた様子でドゴレを退室させたのだった。
ドゴレが去った部屋にはコンドラとサウォの二人しかいない。
静まり返った室内。
サウォはコンドラの正面に立ち位置を変え、苦々しい表情で訴える。
「コンドラ殿、今イスタルで起こっていることは、ラドリアの惨劇に匹敵する事態だとは思わぬか。我々蛮狼族に刃を向けるということは、神民である爬神様に対して刃を向けることと同じことなのだぞ。それなのに、なんだあのドゴレの態度は。危機感がなさすぎる」
サウォはそう言って不機嫌にコンドラを睨みつけた。
サウォは護衛隊を統括できていないコンドラに苛立ちを覚えていた。
コンドラはサウォのその苛立ちを気にもかけない。というより、サウォがどう思っているかなんて、これまでまったく気にしたことなどなかった。
人の気持ちに無関心なのが、コンドラだからだ。
「わかっております」
コンドラは余裕の笑みを浮かべる。
そのコンドラの態度をサウォは不快に思う。
コンドラ殿は事態を深刻に受け止めているのだろうか・・・
そんな疑念が浮かぶ。
「今まではリザド・シ・リザドに対し、貴殿のことは高く評価し伝えているが、もし、これ以上我が兵の犠牲が増えるようなら、ラビッツなる輩のことをリザド・シ・リザドへ報告させていただく。そうなれば、ラドリアの惨劇以来の最悪の事態として、これはイスタルだけの問題ではなく、霊兎族全体の問題として裁かれることになるだろう」
サウォがそう言って脅しをかけると、コンドラは悪びれもせず、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「それはご勘弁いただきたい。それは私の責任問題となってしまいます」
その言葉とは裏腹に、その口振りからわかるのは、コンドラはまったくサウォを恐れていないということだった。
サウォにはコンドラの態度が気に食わない。
「それならば、一刻も早くラビッツを捕らえ、処刑することだ。我々にも我慢の限界というものがある」
サウォはコンドラを見下すようにそう言い放った。
コンドラを生かすも殺すも私の判断ひとつである。
サウォはそういう目をしている。
そのサウォの大きな態度を、コンドラは鼻で笑う。
「それならば、私も蛮兵たちが罪のない霊兎を食していることを、報告しなければならなくなります。これは許されざる行為、つまり大罪だと認識しております。このことをリザド・シ・リザドが知ることになれば、その怒りは凄まじいものになるでしょう」
コンドラはそう言ってサウォを見つめ、嫌らしく微笑んだ。
「何を言っておるのだ。我々はそれを勝手に行っているのではない。貴殿の許可を得て、我々はちゃんと罪を宣告した上で食しているのだ。そこに問題はない。もし罪を問われるとすれば、我々に許可を与えた貴殿の方ではないか」
サウォは声を荒げ反論する。
いつも腰を低くし、下手に出ているコンドラが自分を脅している・・・
サウォはその事に驚いていた。
「私が許可を与えたことを、どう証明されるおつもりでしょうか」
コンドラは卑しい笑みを浮かべ、すべてが自分の手中にあることをわからせるのだった。
サウォは愕然とした。
蛮狼族監視団が罪を宣告することをコンドラが許可したのは、あくまで口頭によるものだった。それは、紙に残せばそれが明らかになったとき、コンドラ、サウォ、双方に不利益が生じるという理由で、コンドラから提案されたことで、サウォはコンドラを信用してそれを快諾したのだった。
コンドラが出した許可を証明するものはない。
すべてはコンドラによって、最初から謀られていたことなのだ。
「そういうことか・・・」
サウォは何とも言えない複雑な表情でコンドラを見つめた。
そんなサウォに、
「そういうことです」
コンドラが穏やかに応えると、
「貴殿ほどの悪党は見たことがないぞ・・・」
サウォは肩を落とし、今までコンドラを見下し、侮っていた自分の愚かさを思い知るのだった。
コンドラはうなだれるサウォを憐れむように見つめ、
「この世界は力がすべてです。これは爬神教の教えの真髄でもあります。そして力の中の最高のものは〝知力〟なのです。私は教えに従ってイスタルを治めているにすぎません」
と謙遜してみせる。
その態度がまた嫌らしい。
サウォは顔を上げ、その胸にあるやり場のない思いを口にしようとするが、
「・・・」
言葉は出てこなかった。
「とにかく、今はラビッツ壊滅に全力を尽くしましょう。そして、今後とも私とサウォ殿とで、しっかりと協力し合い、イスタルを治めていこうではありませんか」
そう言ってコンドラはニヤリと笑うのだった。




