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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇六六 コンドラの苛立ち


 統治兎神官執務室にて。


 きらびやかな椅子に座り、黄金の杖を握ってふんぞり返っている統治兎神官コンドラに、護衛隊隊長ドゴレが最近頻発している蛮兵殺しについて報告していた。


 コンドラは(みにく)く太った白金色の髪をした霊兎で、その脂ぎった顔には常に下卑た笑みを浮かべている。コンドラは元々は濁った灰色の髪色をしていたが、統治兎神官は任命式の際、コンクリから聖なる水によって祝福され、髪色が白金色に変わるのだった。


 それでコンドラも他の都市の統治兎神官と同じように白金色の霊兎になったのである。


 執務室にはコンドラ、ドゴレの他にもう一人いた。


 コンドラの横にはこれまたふんぞり返るように、蛮狼族監視団団長のサウォが立っていて、ドゴレの報告を一緒に聞いている。


 いくらイスタルにいる蛮狼族のトップに立つ者だからといって、狼人(ろうじん)が統治兎神官の横に立って一緒に話を聞くというのは今までにない光景だった。


 執務室はドラゴンを祀る簡易的な祭壇と、祭壇の前に統治兎神官が座るきらびやかな椅子が置かれているだけの部屋だ。


 その部屋で、コンドラは報告を受け指示を与える。


「本日明け方も、市街地の北にあるスニアという集落において、蛮兵五名がラビッツに襲われ殺害されました」


 ドゴレは背筋を伸ばし、滑舌良く、今朝起こった襲撃事件について報告した。


 報告を聞き、コンドラは苦虫を噛み潰したような苦々しい顔になる。


「これで何件目だ、ラビッツにやられたのは」


 コンドラの厳しい声音は明らかにドゴレを責めるものだった。


「十三件目になります」


 ドゴレは背筋を伸ばし、冷静に正確な数字を伝えた。


 ドゴレは角ばった顔をした黒髪の霊兎で、ガッチリとした体格は護衛隊隊長としての風格を漂わせている。


 ドゴレの淡々とした口調が、部下を何人も殺されたサウォには気に入らない。


 サウォは怒りの眼差しでドゴレを睨み、ドゴレはその眼差しに気づかない振りをして、真っ直ぐにコンドラを見る。


 コンドラは苛立っていた。


「貴様は一体何をしているのだ」


 と、ドゴレを叱責する。


 今まで神隠しということで誤魔化(ごまか)しきれていたことが、生き残った霊兎たちの証言によって真実が明らかにされるのではないか。


 コンドラにはそういう危機感があった。


 今のところドゴレからの報告には、住民たちの証言の中に蛮兵が自分の名前を使って罪の宣告をしたというものはない。おそらく蛮兵たちは上手くやっているのだろう。しかし、どちらにしろ、ラビッツなる(やから)を早く捕らえて処分しなければ、民衆の蛮狼族監視団に対する怒りと、教会に対する不信感は大きくなっていくだろう。


 それだけは食い止めなければならなかった。


 だが、コンドラがどれだけ苛立とうが、ドゴレは冷静な態度を崩さなかった。


「やるべきことはしています。現在はラビッツなる武装集団の特定を急いでいるところです」


 ドゴレははっきりとした口調で応える。


 自分を恐れないそのドゴレの態度を、コンドラは常々不快に思っていた。


 そして怒りがふつふつと湧いてくる。


「お前は無能だ。最初の事件から三ヶ月も経っているというのに、まだラビッツがどういう輩の集まりなのかさえ、わからないというのか」


 コンドラは怒りを滲ませた口調でドゴレを罵った。


 ドゴレは言い訳はしない。


 感情を殺し、現在わかっていることだけを伝える。


「彼らの素性についてはまだわかっていません。わかっているのは、彼らが襲っているのは蛮兵のみ、ということだけです」


 ドゴレがそう答えると、


「そんなことは知っている。問題は、なぜ、蛮兵だけが狙われるかだ。爬神族の番民である狼人を殺害することは大罪である。その大罪を犯してまで、なぜ蛮兵を殺すかだ」


 コンドラは語気を強めて問題点を示し、ドゴレを睨みつける。


 コンドラにとって、兎人による蛮兵殺しは想定外のできごとだった。


 兎人は宗教的に従順で、神人(しんじん)に対しては勿論のこと、狼人に対しても畏怖の念を持っているため、


 たとえ蛮兵が罪を宣告したとしても、甘んじて受け入れるだろう・・・


 コンドラはそう思っていた。


 だからこそ、コンドラは蛮狼族監視団と手を組んだのである。


 しかし、現実に起こっているのは、自分が霊兎狩りの許可を与えた蛮兵たちが襲われ、殺害されているということだった。


 コンドラが恐れているのは、今イスタルで起こっている出来事の責任を統治兎神官である自分が取らされることだ。


 ドゴレは眉間(みけん)(しわ)を寄せ、(うつむ)きがちに少し考えるようにしてから一つ頷くと、ゆっくりと視線をコンドラへ向けた。


「殺された蛮兵に共通しているのは、イスタルの住民を襲った者たちだということです」


 ドゴレは冷静にそれを告げ、暗に蛮兵を非難した。


「襲った?」


 コンドラはあたかもそれを知らなかったという風に怪訝(けげん)な表情をみせ、それから、横に立つサウォにそれを確認した。


「サウォ殿、蛮兵たちが住民を襲ったというのは本当ですか」


 コンドラが用意されていたかのような落ち着いた口振りで(たず)ねると、


「蛮兵が住民を襲ったという言い方は(はなは)だ心外だ。訂正していただきたい。蛮兵たちは罪を犯した住民を捕らえ、教会に引き立てて裁きを受けさせようとしたところを、不意に襲われたのだ。蛮兵たちは理不尽に殺害されたということを、私は強く主張する」


 サウォは不快感を露わにし、コンドラにそう訴えた。


 コンドラはサウォの訴えに納得して深く頷いてみせる。


「なるほど、そういうことですな」


 コンドラはそうサウォに応えてから、ドゴレに厳しい視線を向けた。


「ドゴレよ、罪を犯した兎人を捕らえるのは、爬神様から監視団へ与えられた役目である。サウォ殿の言う通り、蛮兵は罪を犯した住民を捕らえ、教会にて裁きを受けさせようとしたのだ。その正しい行為を、あたかも蛮兵に非があるかのように、住民を襲ったなどと不適切な発言をすることは許されないぞ。訂正し、謝罪せよ」


 コンドラはドゴレの誤った認識を厳しく指摘し、サウォへの謝罪を強要する。


 常に平静を保っていたドゴレも、この要求には驚いた。


 いくらなんでも護衛隊隊長である自分が、証拠もなしに発言するとでも思っているのだろうか。


 蛮兵がコンドラの名を語って罪の宣告をしていることを、襲われた住民は皆同じように証言しているのだ。


 ドゴレはその事実をあえてコンドラに報告していなかった。


 そこにドゴレの考えがあった。


 こっちが何も知らないと思って、コンドラは平気でそんなことが言えるのだろう・・・


 ドゴレは内心呆れ返っていた。


 ドゴレはコンドラの要求に怯むことなく、


「しかし、被害者自身は罪を犯していないと訴えています」


 と、調査に基づいた事実を伝え、自らの認識の正しさを示した。


 コンドラはドゴレのその不遜な態度に苛つき、


「被害者は蛮兵の方だ」


 そう冷たく突き放した。


「しかし・・・」


 コンドラの反論を許さない眼差しに、ドゴレは口ごもってしまう。


「お前の言う被害者は、監視団が罪人として引き立てようとした者たちではないのか。罪人はいつでも自らの無実を訴えるものだ。そんなこともわからないで、お前は護衛隊の隊長を務めているのか。当該の蛮兵たちが殺害されたことで、もはやその者たちの容疑を知る術はなく、今更捕らえることもできないが、もし、その者たちが嘘をつき続けるのなら、それこそ罪である。監視団へ引き渡すがいい」


 コンドラはドゴレに容赦のない言葉を浴びせた。


 コンドラの横で二人のやり取りを聞いていたサウォは、いちいち反論してくるドゴレに苛立ち、頬を引きつらせていた。


 ドゴレはコンドラとサウォから受ける威圧感に気圧されながらも、


「嘘をついているようには思えないのですが・・・」


 と、抵抗を試みる。


 しかし、蛮狼族のサウォの前でそう主張するのは逆効果だった。


 サウォはすぐに反応した。


「なんだと、貴様!それでは我々が嘘をついているとでも言うのか!」


 サウォは怒りを爆発させ、ドゴレを一喝した。


「非礼な!」


 コンドラもドゴレを叱りつける。


 二人のあまりの剣幕に、


 まずい・・・


 とドゴレは思った。


 このままでは罪のない住民を嘘つき呼ばわりし、〝監視団に差し出せ〟と言いかねない。


「いえ、そのようなつもりはございません」


 ドゴレはそう弁解し、神妙な面持ちになって恭順の意を示す。


「ならば、自らの発言を訂正し、サウォ殿に謝罪せよ」


 コンドラは(さげす)みの眼差しでドゴレに謝罪を命じた。


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