〇六四 ラビッツ
「た、たすけてください。せめて子供たちだけは・・・」
息子は両手を床について何度も何度も頭を下げ、子供たちの命乞いをする。
「うぅー、うぅー」
部屋の中には息子の妻に口を押さえられた子供のくぐもった泣き声が響いていた。
班長は命乞いをする息子の姿を鼻で笑い、
「お前がそんなに言うならいいだろう。子供だけは助けてやる。その代わり、声を出すんじゃないぞ。騒いだりしたら、子供を真っ先に食ってやるからな」
そう言って声を出さないことを約束させるのだった。
剣で殺すつもりなら、騒がれることを気にする必要はない。
蛮兵たちはこの家族をとことんいたぶって殺すつもりなのだ。
「わ、わかりました」
息子はそれを約束すると、ふらふらっと立ち上がり、
「食べるなら、私を食べて下さい」
そう言って力なく班長を見上げた。
「あなた!」
という叫び声が聞こえ、
「私を食べておくれ!」
老婆の声が聞こえる。
「うぇええん」
泣くのを堪えていた二人の子供も泣き出したが、
「静かにしないと殺すぞ!」
蛮兵が怒鳴ると、
「・・・」
ピタリと泣くのをやめた。
「お前は席についてろ」
班長が息子にそう命じ、息子はテーブルにつく。
テーブルにつく家族を卑しく見ながら、蛮兵たちは食べる順番について話し始める。
「どの霊兎から食べるのがよいか」
班長が意見を求めると、
「若い方が味は美味いと思いますが、やはり最初は霊力が高い年寄りを食べるべきだと思います」
班長の右に立つ蛮兵がそう応え、
「異議なし」
もう一人の蛮兵もそれに同意した。
「それじゃ、ババァから先にいただくとするか」
班長がそう言うと、二人の蛮兵は椅子に座って震えている老婆の元へ行き、猿ぐつわを噛ませた。
「母ちゃん!」
息子が悲痛な叫び声を上げる。
「お前らはそっちに行ってろ!」
班長が怒鳴り、家族をテーブルから退かして部屋の隅に追いやると、蛮兵は老婆をテーブルの上に乱暴に寝かせた。
「う、ううう・・・」
猿ぐつわを噛まされて声の出ない老婆は涙を流しながら、部屋の隅で寄り添い抱き合う息子家族を見つめ、覚悟を決めるのだった。
「声を出したら、子供を食い千切るからな」
班長は老婆を脅してから、
ガブリッ!
その肩に噛み付いた。
「うぐっ!」
老婆は恐怖と痛みで叫びそうになるのを必死に堪え、
「うぐぐ・・・」
猿ぐつわを噛み締め声を押し殺す。
死の恐怖の中で思うのは、息子家族の幸せだった。
声を出してかわいい孫を殺すわけにはいかなかった。
バキッ!
老婆の右腕をもぎ取ると、
「年寄りとはいえ、霊兎は美味いなぁ」
班長はそう言ってもぎ取った腕の肉をムシャムシャと頬張った。
「次、行きます」
そう言って部下の蛮兵が老婆の左腕に食らいついた。
その時すでに老婆に意識はなく、何の反応も示さずぐったりとしていた。
「うーん。美味い」
血の滴る老婆の左腕をしゃぶりながら、蛮兵は部屋の隅にうずくまる息子夫婦をいたぶるように眺める。
もう一人の蛮兵は老婆の足の肉を貪った。
老婆は息絶えていて、もはやただの肉の塊でしかなかった。
「ババアを食べ終えたら次はこいつだ」
班長は息子の妻に目をやり、
「この女はいい体をしてる。直ぐに食べるのはもったいないとは思わないか」
そう提案して卑しい笑みを浮かべるのだった。
「それなら外にいる奴も呼びましょう」
老婆の左足に食らいついていた蛮兵がニヤリと笑いながら入り口の戸に顔を向けた、そのときだった。
バァーンッ!
その激しい音と共に、外から入り口の戸が勢いよく蹴破られた。
蛮兵たちは驚いて老婆にかぶりつくことをやめ、蹴破られた入り口を見て唖然とした。
蛮兵たちの視線の先に、二人の霊兎がその手に剣を握り締め立っていた。
一人は銀色の霊兎で、もう一人は亜麻色の霊兎だった。
その返り血を浴びた姿に、蛮兵たちは外にいた見張りの三人が、この二人の霊兎に斬り殺されたことを悟る。
「くそっ、遅れちまった」
亜麻色の霊兎はそう吐き捨てるように言って悔しそうな顔をする。
「誰だ、貴様ら!」
班長が二人に向かって怒鳴ると、
「ラビッツだ」
亜麻色の霊兎はそう応えてニヤリと笑う。
だが、
「は?」
蛮兵たちは亜麻色の霊兎が何を言ってるかわからず、キョトンとしてしまうのだった。
「おい、お前ら耳クソ溜まってんのか。は?じゃねえだろ、ラビッツって言ってるだろ!」
亜麻色の霊兎がそう文句を言って不機嫌な顔をすると、
「ラビッツ?」
蛮兵たちは首を傾げ、そして、この亜麻色の霊兎はバカに違いないと思った。
それが顔に表れていた。
「そうだ。ラビッツだ」
亜麻色の霊兎は胸を張る。
バカにするならすればいい。だけど、お前たちは生かしちゃおかないからな・・・
亜麻色の霊兎は鋭い眼差しで蛮兵それぞれの動きに目を光らせる。
「で、わざわざ食われに来たのか、貴様らは」
班長はそう言って見下したような笑みを浮かべる。
目の前にいる霊兎がバカな霊兎なら恐るるに足りない。
外の三人は突然襲われて不覚を取ったのだろう。
蛮兵たちは剣を抜き、じりじりと二人の霊兎との間合いを詰める。
その蛮兵たちに向かって亜麻色の霊兎は不敵な笑みを浮かべると、
「成敗してやる!」
そう言うが早いか、テーブルの近くに立つ蛮兵に斬りかかっていた。
ヒュンッ!ブスッ!
亜麻色の霊兎は一瞬にして蛮兵の懐に入り、その喉元に剣を突き刺した。
「ギャッ!」
蛮兵は短い悲鳴を上げると、
ドサッ!
膝から崩れるようにして倒れた。
銀色の霊兎は班長ともう一人の蛮兵に斬りかかっていた。
バサッ!バサッ!
あっという間に一人を斬り殺し、そしてギルより先に班長の足を斬り落とした。
「ぎゃぁあああ!」
班長は左足の膝下を失い、悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。
「ラウル、さすがだな」
亜麻色の霊兎は銀色の霊兎の見事な剣さばきに感心した。
一人残った班長は、血まみれの左足を抱えて痛みに顔を歪めながら、二人の霊兎を恐怖の眼差しで見上げた。
「た、助けてくれ・・・」
班長は命乞いをする。
そんな班長を亜麻色の霊兎は鼻で笑う。
「罪もない婆さんを食い散らかしといて、よく言うぜ」
そう言うと、手に持った剣を班長の腹に突き刺した。
グサッ!
「うぎゃああああ!」
班長はもがき苦しみ、体をバタつかせる。
亜麻色の霊兎はその腹に刺した剣を抜くことをせず、グググッと剣の柄を握る手に力を込めるのだった。
しばらくすると、班長の蛮兵は体を痙攣させながら息絶えた。
「相変わらず迷いがないな」
銀色の霊兎は亜麻色の霊兎にそう声をかける。
「迷うくらいなら最初からやらないさ」
亜麻色の霊兎はそう返しながら剣を引き抜くと、剣についた血をその蛮兵の服で拭った。
銀色の霊兎は老婆の無惨な姿に目を伏せ、部屋の片隅で寄り添い合い、震えている家族の元に歩いていき、片膝を付くかたちで目の高さを合わせてから、震える息子の肩に手を置き声をかけた。
「もう大丈夫ですよ」
銀色の霊兎のその穏やかな声に、息子は死の恐怖から解放されたことを知る。
「あ、ありがとうございます・・・」
息子はそう声を絞り出すと、
「う、うぅう・・・」
銀色の霊兎の左腕をぎゅっと掴んで泣きじゃくった。
銀色の霊兎の左腕には、青いバラの刺繍の入ったバンダナが巻かれている。
銀色の霊兎は優しく息子の肩を擦りながら泣きやむのを待ち、息子が泣きやんで落ち着くと、悲しい表情、悲しい声音で語りかけた。
「今日のことは忘れないでください。罪なんて簡単に作られるものだということがわかったはずです。罪のない者が罪人として裁かれるのなら、天国や地獄になんの意味があるのでしょうか。私たちが信じ込まされているこの世界が、本当に正しい世界なのか、考えてみてください」
銀色の霊兎はそう言い残し、静かに去っていった。
「護衛隊に報告するんだぜ」
亜麻色の霊兎はそう告げ、銀色の霊兎の後を追って民家を後にした。
ラビッツ・・・
息子は二人の去りゆく後ろ姿を見つめながら、その名を胸に刻むのだった。




