〇六三 六人組の蛮兵
イスタルの市街地。
日が暮れ、夜の帳が下りてからしばらく時間が経った頃。
ドンドンドン・・・
六人組の蛮兵が一軒の民家の戸を叩いた。
三人が戸の前に立ち、残りの三人は民家の前の通りに立って辺りを警戒している。
戸が開き、中から小太りの老婆が顔を出す。
「何かご用ですか」
言いながら出てきた老婆は、いかつい蛮兵が三人も家の前に立っているのを見て驚いた。
「ひっ」
老婆は腰を抜かして尻もちをつく。
蛮兵が訪ねてくるなんて思ってもみなかったし、そもそも兎人にとって狼人は地獄の番人のような存在なのだ。蛮兵が夜に突然訪ねてくるなんて、嫌な予感しかしない。
「入るぜ」
班長の蛮兵がそう言うと、後ろにいた蛮兵が二人前に出て、尻もちをついた老婆の両側からその脇に腕を入れて持ち上げ、そのまま抱えるようにして家の中に入っていった。
「な、な、な・・・」
老婆は恐怖に震え、蛮兵たちはそれに構わず家の奥に入っていく。
班長が中に入ると、バタンッと入り口の戸は閉められた。
班長を含めた三人の蛮兵が中に入り、残りの三人は外で見張り役を務める。
家の中には老婆の息子夫婦と孫が三人いて、テーブルを囲んで一家団欒の最中だった。
テーブルにいる家族も蛮兵に気づき、その場が恐怖と張り詰めた緊張感に支配される。
「何ですか、突然」
息子は立ち上がって蛮兵に抗議し、
「おばあちゃん!」
怯える老婆を見て息子の妻が声を上げる。
「あ、あ、あ」
老婆はあまりの恐怖に声が出ない。
「静かに座ってろ」
老婆を両脇から抱える蛮兵はそう言ってテーブルの空いた席に老婆を乱暴に座らせた。
その席はもともと老婆が座っていた席だ。
「わぁああああん」
突然の出来事に子供が泣き出した。
「うるせぇな」
班長は泣き出した子供を睨みつける。
「な、何の用ですか」
息子が家族を守ろうと蛮兵たちの前に出ると、
「しっ」
班長は自分の口の前で人差し指を立てた。
それから、
「静かにしろ」
殺気に満ちた声で言う。
その声にビクッとして息子の体に震えが走る。
それから、班長は泣く子をなだめる若い母親の肉付きの良さを確認し、ニヤリと笑うのだった。
「腹減ったなぁ」
班長が暗に食料を要求すると、息子は怯えながらも、
「うちにはあなた達の食べ物はありません」
そうきっぱりと断った。
息子は家族を守る意志を示した強い目で班長を睨む。
班長は霊兎ごときの強がりなど相手にしない。
「あるじゃないか」
そう言って鼻で笑う。
そして嫌らしい目付きでテーブルにつく霊兎たちを舐め回すように見るのだった。
その目つきに、
「えっ」
息子は恐怖に背筋が寒くなる。
「この家には美味しそうな霊兎が六人もいるじゃないか」
班長は真顔で言い放つ。
「な、何を言ってるんですか」
そう顔を引きつらせて言い返す息子の後ろから、
「大丈夫だからね」
と、子供をあやす妻の声が聞こえてくる。
蛮兵たちにとって、その霊兎たちの怯える姿がたまらなく快感なのだ。
班長はそのゾクゾクとする感覚に浸りながら、
「お前たちを食べていいことになっている」
と告げ、卑しい笑みを浮かべた。
息子は班長が何を言っているのか頭に入ってこない。
狼人が罪のない兎人を食べることは許されていないはずだ。
これは戒律として蛮狼族に厳しく課されていることであり、それを破ることは爬神教の教えに背くことにもなる。
「い、言ってる意味がわかりません」
息子は恐怖心と闘いながら、班長の蛮兵を何とか説得できないか、その糸口を探る。
「意味は、お前たちのコンドラ様とやらに訊きな」
班長はバカにしたように笑い、息子はコンドラの名を聞いてなおさら混乱してしまう。
コンドラ様に訊いて何がわかるというのだ・・・
「そんな無茶なこと言っちゃ、可哀想ですよ」
蛮兵の一人がそう言ってニタニタと笑う。
「ああ、そうか、コンドラに訊くのは無理か。俺たちに食われるんだもんな」
班長はそう応え、
「ははは」
と愉快に笑う。
その蛮兵たちのやりとりに、息子は敬愛するコンドラがバカにされたように感じ、恐怖を忘れ怒りを覚えるのだった。
「あなた達の無礼な振る舞いと、コンドラ様の何が関係あるというのですか」
息子は蛮兵たちを睨み、声を荒げた。
班長は憐れむように息子を見下ろし、
「だ、か、ら、そのコンドラ様が、お前たちを食べていいって言ってるんだよ。わからない奴だな」
と、教え諭すのだった。
息子にはその言葉が信じられなかった。
コンドラ様は最高兎神官コンクリ様に次ぐ地位にある統治兎神官だ。イスタルにおける最高位の兎神官だ。そのコンドラ様が平凡に暮らす罪のないイスタルの住民を、蛮兵に差し出すような真似をするわけがない!
「嘘だ!」
息子はそう叫んでいた。
「しっ」
班長は人差し指を口の前で立て、殺意に満ちた冷酷な目付きで息子を威嚇する。
「なぜ嘘をつく必要がある?俺たちが勝手に兎人を食べたら爬神様によって裁かれちまう。そんなことはわかっているし、そんな恐ろしいことはしないさ。俺たちだって馬鹿じゃないんだからな。わかるか?コンドラの許可なしに、我々が勝手にお前たち兎人を傷つけることはないんだよ」
班長のその落ち着いた冷たい言い方に、息子は愕然とした。
「し、しかし、コンドラ様でさえ、罪のない霊兎をあなたたちに差し出すことはできないはずです」
息子がそう指摘すると、
「コンドラが我々に許したのは、お前たちに罪を宣告することだ。だから、お前たちに告げる。お前たちは罪を犯した」
班長は真顔で淡々と、息子とその家族に罪を宣告した。
息子はこのとき初めて事態を理解し、そして絶望した。
コンドラ様が、監視団に罪を宣告する権利を与えたというのか・・・
それでも息子は命ある限り、家族を守らなければならないと思った。
「私たちは罪なんて犯していない!」
息子はそう叫び、最後の抵抗を試みる。
班長の背後に立つ二人の蛮兵は、その反抗的な態度を不快に思い、さっと腰に下げた剣の柄に手をかけた。
班長はふーんっと鼻から長い息を吐くと、
「爬神様の番民である我々に、食べさせる物はないと言ったな。それこそ、罪ではないか」
そう言って息子を睨みつけた。
「この家には野菜か果物しかありません。肉食のみなさんが食べるようなものはないということです」
息子は必死に反論する。
とにかく罪がないことを証明しなければ家族は守れない、そう思っているのだ。
それが無駄な抵抗だということを考える余裕はなかった。
「だから、それが嘘だと言うんだ」
班長はそう吐き捨てる。
「嘘はありません」
息子はきっぱりと否定する。
しかし、息子が何を言おうが、そんなこと蛮兵たちには関係のないことだった。
「話のわからない奴だな。さっきから言ってるではないか。この家には、うまそうな霊兎が六人もいると」
班長はそう告げると、嫌らしい笑みを浮かべ、息子に舌舐めずりをしてみせた。
息子はゾッとした。
この蛮兵の身の毛もよだつ卑しい顔は、死んでも忘れることはないだろう。
「わ、私たちは、食べ物ではありません!」
息子は必死に訴える。
「それを屁理屈と言うのだ」
班長は呆れ顔でそう言って息子を突き放す。
どう考えても屁理屈を言っているのは班長の方だが、班長にとってそんなことはどうでもいいことだった。
蛮兵たちはこの家族を食べると決めている。
それだけは確かなことで、より快楽を味わうために、霊兎たちを恐怖させ、怯えさせるための会話を楽しんでいるに過ぎなかった。
「どうか許してください・・」
息子は班長の前で両膝をつき、胸の前で手を合わせ懇願した。
その姿を見て、
「もうそろそろ・・・」
後ろの蛮兵が声をかけた。
「そうだな」
班長は部下に振り返ると、
「それじゃ、いたただくとするか」
そう言って目の前にいる息子とその背後のテーブルにつく家族の一人ひとりを、舌なめずりしながら見るのだった。




