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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇六二 反旗の狼煙


 班長のその嫌らしい顔を、少年の横に立つ茶髪の少女はじっと睨みつけていた。


「霊兎狩りって・・・」


 少年は真顔でそう呟き、


「どうか許してください」


「たすけてください」


「娘だけでもお願いします」


 荷台にいた親子は恐怖に震えながら、口々にそう言って涙を流した。


「食われるのが嫌なら、逃げ切ればいいだけだ」


 班長がそう言い放つと、


「スリル満点だろ?」


 そのすぐ後ろに立つ蛮兵がそう言って嫌らしく笑い、


「狩りを楽しませてもらうぜ」


 別の蛮兵は怯える親子を舐め回すように見て舌舐めずりをした。


「そ、そんな・・・」


 少年は唖然としてしまう。


 目を見開いて言葉を失う少年を、班長はふんっと鼻で笑い、


「文句があるなら、お前たちが敬愛してやまないコンドラに言え。こっちはちゃんとコンドラから許可をもらってるんだ」


 と言い、矛先をイスタルの統治兎神官コンドラへ向けさせるのだった。


 コンドラ・・・


 その名を聞いて、少年の顔色が変わった。


「やっぱりそうか・・・」


 俯きがちのその目に怒りの色が浮かぶ。


 少年は気を落ち着けるように深く長い息をする。


 そこに、さっきまでのオドオドとした様子はない。


 蛮兵たちの言い分に納得がいかない茶髪の少女は、


「でも、蛮兵が食べていいのは罪を犯した霊兎だけだろ」


 怒気を含んだ声でそう言い返した。


 班長は反抗的な少女を見て嫌らしく笑い、


「なら、言わせてもらおう。お前たちは罪を犯した」


 そうはっきりと罪を宣告したのだった。


 それに霊兎たちは驚いた。


 何の罪も犯していないのに、突然罪を宣告されたこの状況は当然理解できるものではなかった。


「どういう罪なのさ」


 茶髪の少女が声を荒げると、


「そうだな」


 班長はニヤリと笑い、


「爬神様の番民である我々に、口答えをした罪だ」


 そう満足げに告げたのだった。


「なんだよ、それ」


 茶髪の少女はそう吐き捨て、


「そんな罪は聞いたことがありません」


 少年は班長の顔を真っ直ぐに見て、強い口調で反論した。


 しかし、班長はそう言われることがわかっていたのだろうか、用意していたセリフのように、「ふぅーっ」と息を吐くと、


「罪とは人間が作るものだ」


 霊兎たちに向かって教え(さと)すような口調でそう告げた。


 班長のその言葉に少年は驚いた。


「・・・」


 霊兎たちが反論できずに黙っていると、気を良くしたのか、班長は言葉を続けた。


「そもそもこの自然界に罪など存在しない。もし罪があるとすれば、それは自然界の上に君臨する神に対する罪だけだ。それは絶対的な力に背くことに対する罪だ。それ以外の罪などというものは、人間が勝手に創り出したルールに基づくものでしかない。そうだろ?だからお前たちを食べるための理由なんてどうにでもなる。私が決めたルールに従わないことが罪なのだからな」


 班長はそう言いながら、自らの言葉に酔いしれ小刻みに頷くのだった。


「なんだ、そのルールって」


 茶髪の少女が不機嫌に聞き返すと、


「兎人は私の言うことに素直に従わなければならない。それがルールだ。だから、お前たち二人は私に口答えをした罪だ。そして後ろの三人は、私が『逃げろ』と言ったにも拘わらず未だに逃げていない罪だ」


 班長は声に威厳を込め、ルールを説明した上でその罪状を告げたのだった。


 その地を這うような低い声を、少年は真顔で聞いていた。


 この蛮兵の言っていることは間違っていない。罪などというものは、人間が勝手に創り出したルールに基づくものでしかないのだ。この蛮兵は神に対する罪は例外だと言っているが、実際は神に対する罪でさえ、人間が勝手に創り出したものに過ぎない。罪とはそんないい加減なものなのだ。我々はそんないい加減な罪と罰とに従って物事の良し悪しを判断し、人を裁いているのだ。天国も地獄も、人間が生み出したものに過ぎない。そんなもののために、喜んで命を捧げる者がいて、死を恐れる者がいる。それが我々の生きている世界なのだ。


「でも、監視団が罪を宣告することは許されてないだろ!」


 茶髪の少女が怒りの声を上げると、


「それも、お前たちの敬愛するコンドラから許可をもらっている」


 班長はそう言って憐れむように茶髪の少女を見る。


「そんなこと許されるわけないじゃないか!」


 茶髪の少女はそう吐き捨て、コンドラに対する憤りにぐっと奥歯を噛むのだった。


 グゥ〜。


 空腹で仕方のない蛮兵のお腹が鳴った。


 班長はそれをきっかけに、霊兎との会話を打ち切った。


「グダグダ言わずに早く逃げろ!」


 班長は霊兎たちに向かって怒鳴り、


「十数えてやるから、できるだけ遠くに逃げるんだな」


 そう告げると、ゆっくりと数を数え始めた。


 ひとーつ、ふたーつ、みーっつ、よーっつ・・・


 赤褐色の髪をした少年と茶髪の少女の背後で、


「た、助けてください。せめてこの二人は見逃してやってください」


 ひざまずいて懇願する父親の霊兎。


 ただの商売人の霊兎が蛮兵から逃げられるわけもない。


 それがわかっているから、逃げるのを諦め、ただひたすらに妻と娘を救おうと涙を流しながら訴えているのだ。


 いつーつ、むーつ・・・


「お前らさっさと逃げろ!」


 蛮兵の一人が怒鳴った。


 そのとき、


「お前らが逃げたらどうだ」


 少年はボソッと言い、蛮兵たちを睨みつけた。


「なんだと!」


 班長が怒鳴ると、その意表を突き、少年は腰に下げた剣を抜いた。


 マントに隠れて見えないが、少年の左腕には赤いバラの刺繍の入ったバンダナが巻かれているのだった。


「逃げるなら今のうちだぞ」


 少年はニヤリと笑う。


 茶髪の少女も少年と同じように腰に下げた剣を抜く。


「逃げても逃がさないけどね」


 茶髪の少女はそう吐き捨てる。


 突然剣を構える二人の霊兎に、蛮兵たちは驚いた。


 マントに隠れて腰に下げた剣に気づかなかったのだ。


 ひざまずき命乞いをしていた三人の親子も驚き、赤褐色の髪をした少年と茶髪の少女の背中を目を見開いて見つめた。


 実は、この親子が少年と茶髪の少女を知ったのは、蛮兵たちに捕まるほんの少し前だった。


 今、目の前で剣を構える二人は、蛮兵たちが待ち構えていた場所から数百メートルほど離れた場所で、荷馬車の前に突然現れたのだった。


「助けてください」


 少年に深刻な表情でそう言われ、人の良い親子はそこに何かの事情を察し、指示に従って積んでいた野菜や果物を街道脇の藪の中に隠すと、「ちょっと付き合ってください」と言われ、荷台でじっとしていたところを蛮兵たちに捕まったのだった。


 兎人には善良な者が多く、困っている人は助けるのが当たり前だった。そういう徳を積むことで、献身者に選ばれ易くなると信じられてもいた。だからこの親子は、喜んで少年を助けようと思ったのだった。


「なんだ、貴様ら!」


 班長は怒鳴りながらさっと剣を抜いた。


 背後の蛮兵たちも瞬時に剣を抜いて構える。


 そんな蛮兵たちを片頬で笑い、


「ラビッツ」


 茶髪の少女がそう応えると、


「ラビッツ?」


 班長は初めて聞く名に首を傾げる。


 背後の蛮兵たちも、


「なんだ?」


「ラビッツだと?」


「知ってるか?」


「知らん」


 などなど口々に言う。


「ラビッツを知らないのか?だから間抜けに霊兎狩りなんてやってられるんだよ」


 茶髪の少女がそう言って呆れると、その舐めた態度に、


「なにを!」


 班長は怒りに任せて剣を振り上げた。


「ま、知ったところで、もう遅いけどね」


 茶髪の少女はそう言うが早いか、班長に斬りかかっていた。


 ビュンッ!


 それは目にも留まらぬ一瞬の出来事だった。


 バサッ!


 意表を突かれた班長は何が起こったかわからないまま、右脇腹から左肩にかけて斬り上げられていた。


「ギャッ!」


 悲鳴とともにバッと血飛沫が上がり、


 ドサッ!


 班長は仰向けに倒れ息絶えたのだった。


 班長を一瞬にして倒され、部下の蛮兵たちは唖然とするが、すぐに我に返って激怒した。


「班長が殺られたぞ、こいつらを殺せ!」


 蛮兵の一人がそう言って


「殺れぇえええ!」


 蛮兵たちは一斉に五人の霊兎に襲いかかった。


「ヒーナ、気をつけろよ」


 少年はそう言うと親子を守るようにして立ち、襲い来る蛮兵に立ち向かった。


「タヌこそ」


 茶髪の少女はそう応え、蛮兵にぶつかっていく。


 バサッ!バサッ!ブスッ!


「ウギャッ!」「グオ!」「ギャッ!」


 それはあっという間の出来事だった。


 気づいたら、蛮兵は一人残らず倒されていた。


「ヒーナ、腕上げたな」


 少年が茶髪の少女を褒めると、


「まだまだだけどね」


 茶髪の少女は照れ笑いを浮かべるのだった。


 それから少年はうずくまって寄り添い合う親子の元へ行き、優しく声をかけた。


「怖い思いをさせてすみませんでした。でも、本当のことを知って欲しくて一緒に来てもらったんです。本当にごめんなさい」


 少年はしゃがんで三人に頭を下げる。


 父親は声に振り向くと首を横に振り、


「いえ、もし、あなたたちがいなかったら、私たちは蛮兵に弄ばれ、食べられていたはずです。本当にありがとうございました」


 と、体を震わせながら少年に感謝するのだった。


 少年は父親の体の震えが収まるように、優しく背中を(さす)る。


 しばらくそうしてから、少年は親子三人に優しく問いかけた。


「蛮兵が言っていたことを忘れないでください。善と悪は、人間が勝手に創り出したルールに基づくものでしかないのです。人間が勝手に創り出した善と悪とによって裁かれるというのなら、天国や地獄に何の意味があるんですか。私たちは今を幸せに生きることを考えるべきで、天国を夢見て生きるのも、地獄に怯えて生きるのも、愚かなことだと思いませんか」


 少年はそう問いかけると、その反応を確かめることなく立ち上がり、


「行こうか」


 と茶髪の少女に声をかけ、細道を枝道に向かって去って行くのだった。


「うん」


 茶髪の少女は小さく頷くと、ふと少年に強く握られた手をその感触を思い出すかのように見つめ、はにかむように微笑むのだった。


 それから、


「護衛隊呼んで、ちゃんと事情を話すんだよ」


 と親子に声をかけ、少年の後を追って駆け出した。


以下の話、

 〇五二 バケ屋敷

 〇五四 置いてけぼり

において、”ヒーナ”のことを”カーサ”と誤って書いている部分がありました。

”カーサ”というのはすべて”ヒーナ”のことです。

既に修正済みですが、修正前にお読み頂いた方、申し訳ございませんでした。


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