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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇六一 霊兎狩り


 イスタル市街地とムニム市場を結ぶ街道を〝未来街道〟という。


未来街道はムニム市場が完成するのに合わせて建設されたイスタルの要所要所を結ぶ重要な幹線道路で、それは新世界橋が建設され、サムイコクとの交易が始まらなければ造られることのなかったものだ。


今でこそイスタルの人々もサムイコクとの交易を受け入れているが、新世界橋建設の話が持ち上がったときは、イスタル全土の住民がそれに反対し、教会に対し嘆願書を出したものだった。


 イスタルの当時の統治兎神官であったコンランも、リザド・シ・リザドに対し何かと理由を付けて橋の建設を拒もうとしたのだが、リザド・シ・リザドはコンランを叱責した上で、橋の建設を受け入れさせたのだった。


 そういう経緯によって建設された未来街道ではあるが、今ではイスタルの人々の生活になくてはならない道路になっていた。


 早朝、夜明け前のその街道に蛮狼族監視団の姿があった。


「うーむ。来ないなぁ」


 旧街道へと続く枝道の近く、街道を塞ぐようにして、十数名の蛮兵が市街地方面を向いて横一線に並んで立っている。


 周辺に民家もなく、藪に囲まれた人気のない場所で、蛮兵たちは何かを待っていた。


「班長、あとどれくらい待てば良いのでしょうか」


 列の端にいる蛮兵が尋ねると、


「そろそろ来てもおかしくないのだが、我々が早すぎたのかも知れない」


 班長は不機嫌にそう答え、市街地方面の暗い道の先を遠目に見てイライラを募らせていた。


 蛮兵は落胆の色をみせ、


「それでは、もうしばらく我慢したいと思います」


 そう言うと、ゴクリと唾を飲み、班長と同じように暗闇の先を見つめるのだった。


 夜空が微かに白み始め、朝の匂いが漂ってくる。


 蛮兵たちは少しずつ焦りを感じ始めるが、それも空腹のせいだった。


 この蛮兵たちが待っているのはムニム市場へ向かう荷馬車だ。


「腹減ったぁ」


 誰かがそう言うと、


「腹減ったぁ」


 誰かがそれを繰り返す。


「早く、来ねえかな」


 誰かがそうボヤくと、


「やっと俺たちの番が回って来たんだからな」


 誰かがそう相槌を打ち、さらに別の蛮兵がそれに応えるようにして、


「この前は第三班が霊兎狩りをしたらしいんだが、聞いたところによると、兎人は一度逃がしてから捕まえるのがいいらしいぞ。その方が美味いらしい」


 と、霊兎狩りの醍醐味を語る。


「そうだろうな」


 隣に立つ蛮兵はそう言って口元のヨダレを拭う。


 そのやりとりを聞いていた班長は、


「私も別の班を率いているときに狩りをしたが、泣きながら命乞いをする霊兎を食い千切るのは快感だぞ」


 そう自慢げに語るのだった。


「おお、それは羨ましい」


 一人の蛮兵がそう感嘆の声を漏らすと、


「羨ましいも何も、これから存分に楽しめるではないか」


 班長はニヤリと笑う。


「そうですね」


 蛮兵はそう返事をし、視線の先の薄暗い景色を物欲しげに見つめた。


 蛮兵たちは狩りのために腹を空かせていたので、今か今かと獲物の霊兎がやってくるのを待っているのだった。


 そこに、


 ガタ、ガタガタ・・・


 薄暗い道の先から、荷馬車の音が聞こえて来た。


「来たぞ」


 蛮兵たちは期待に胸を膨らませ目を凝らす。


 その視線の先に、荷馬車の輪郭が見えてくる。


「お前ら、段取りを忘れるなよ」


 班長は腹を空かせた蛮兵たちにそう注意を与える。


 何も知らない荷馬車は単調な音を立てながら、ゆっくりと近づいて来る。


 ガタ、ガタガタ・・・


 蛮兵たちの目にその姿がはっきりと見えてくる。


「二人いるな。男と女か・・・」


 班長がそう声を漏らす。


 蛮兵たちが見ているのは御者台に座る二人の姿で、二人ともマントを羽織り、フードを目深に被って俯きがちにしているのだった。


「荷台にも人がいるぞ」


 誰かが嬉しそうな声を上げ、


「俺たち、ついてるぞ」


 誰かが嬉しそうに応える。


「ヨダレが止まらん」


 誰かがそう言って手の甲でヨダレを拭う仕草をし、


「腹を空かせて待ったかいがあった・・・」


 誰かがほっとしたように呟いた。


 ガタ、ガタガタ・・・


 荷馬車の御者台に座る二人も、蛮兵たちに気づいたようだ。


 女が男にヒソヒソと耳打ちしているのがわかる。


 蛮兵たちは荷馬車が引き返すことがあれば、枝道に隠している馬車ですぐに追いかけるつもりだ。しかし、荷馬車は蛮兵たちが道を塞いでいる様子を見ても動じることなく、そのままこちらに向かって来るのだった。


 蛮兵たちはほっとした。


 ガタ、ガタガタ・・・


 荷馬車が近づいて来るにつれ、蛮兵たちの気持ちも高ぶってくる。


 そして、荷馬車が目の前にやって来ると、


「止まれ!止まれ!」


 班長が両手を広げ、荷馬車に向かって大声で叫んだ。


 馬が驚くのを御者の男が手綱を操って抑えながら、荷馬車はゆっくりと止まった。


 蛮兵たちはせかせかと荷馬車を取り囲む。


 班長は御者台に近づき、


「お前たちはどこに向かっているのだ!」


 と、手綱を握る赤褐色の髪色をした男に向かって怒鳴った。


 どこに向かうも何も、この時間ならムニム市場に決まっている。


 班長のその威圧的な態度はただの嫌がらせだ。


 蛮兵に怒鳴られ、手綱を握る男は身を縮こまらせた。


「い、市場です」


 男は声を上ずらせそう答えたが、それがどこかワザとらしい。


 しかし、班長はそれに気づいていない。


「二人ともまだ子供か」


 班長は御者台の二人を見てそんな声を漏らし、それから、


「荷台はどうなってる!」


 と荷馬車の後方に向かって声を張り上げた。


「荷台には霊兎が三人いるだけです!商品などは乗っていません!」


 荷台の後ろに立つ蛮兵が大きな声で報告する。


 班長はその報告に対し「ふーん」と小刻みに頷くと、


「市場に向かうにしては、荷台に乗っているのは人間じゃないか」


 そう言って御者台の少年を疑うように睨んだ。


 その少年、赤褐色の霊兎は班長に顔を向けることなく、手綱を握る自分の手を見つめながら、


「は、はい、それは、市場で商いをするのではなく、ろ、労働をしにいくからです」


 そうオドオドと答える。


 班長はその答えが腑に落ちない。


 それに、この少年の態度もなんだか気にくわない。


 班長は苛立ち、


「労働だと?」


 そうぶっきらぼうに聞き返していた。


 班長の苛立ちを感じ、少年は恐縮して丁寧に頭を下げ、


「は、はい。に、荷物運びや清掃などです」


 と、仕事の内容を説明した。


 少年の隣に座る茶髪の少女は俯いて目をぎゅっと瞑り、口を一文字に閉じている。体も若干震えているようだ。


 そんなに怖いのか。これはますます楽しみだ・・・


 班長はその少女の(おび)える姿を見て、たまらない快感を覚えていた。


「市場にはそんな仕事もあるのか」


 班長はそう尋ねながら、いたぶるような目付きで少年を見る。


「は、はい」


 少年は班長から目を逸らして頭を二度下げた。


 その少年の態度を見て、


 無駄話はこれくらいでいいだろう・・・


 班長はいよいよ狩りを楽しむことにした。


「しかし、お前たちは怪しいな」


 班長はニヤリとした笑みを浮かべて御者台の二人を見、荷台の三人の人影を怪しむような目つきで確認し、


「そ、そんなことはございません」


 少年は首を横に振って否定する。


 班長は怯える少年に向かって旧街道へと続く枝道を指差し、


「荷馬車をそこの道に入れろ!」


 そう命令した。


 いよいよ狩りが始まるぞ・・・


 蛮兵たちは胸を踊らせた。


「えっ」


 少年は一瞬ためらう素振りをみせた。


 その態度に、早く狩りを始めたい蛮兵たちはイライラする。


「さっさと荷馬車を移動させろ!」


 蛮兵がそう怒鳴ると、少年の隣に座っている少女が「なに?」と苛立ちの声を発して立ち上がろうとし、それを少年が咄嗟にその手を強く握って制止した。


 茶髪の少女は少年の顔を驚いたように見、少年が目で何かを語ると、頬を赤らめ何やらそわそわと落ち着かない様子で俯き、素直に座り直すのだった。


 蛮兵たちは霊兎たちのそんな細かいやり取りなんて気にしていなかった。


 頭の中は霊兎狩りのことで一杯だった。


 この五人の霊兎は、もうじき自分たちの胃袋におさまる肉の塊でしかなかった。


 荷馬車が枝道に入ると、


「こっちだ!」


 班長はそう怒鳴り、荷馬車を枝道からさらに藪の中へと続く細道へと誘導した。


 霊兎狩りはあくまで神隠し的に行わなければならない。


 だから、ひと目につかないところへ荷馬車を移動させるのだ。


 荷馬車が細道へゆっくりと入っていく。


 細道を少し行くと行き止まりになっていて、そこに荷馬車を誘導すると、


「よし、ここでいい」


 班長はそう言って荷馬車を停めさせた。


 荷台にいる三人の霊兎は蛮兵から漂う暴力的な雰囲気に怯え、体を寄せ合いじっとして動かない。


「あ、あの、どういうことでしょうか、こ、これは・・・」


 荷馬車を停めると、少年は辺りをキョロキョロと見回し、不安の声を漏らした。


「降りろ」


 班長は厳しい口調で少年に命じる。


 その殺気に満ちた眼差しに、


「こんな場所でですか」


 少年はそう言い返し、御者台から降りようとしない。


「いいから、降りろ!」


 班長が怒鳴ると、その後ろに立つ蛮兵が剣を抜いて威嚇した。


「は、はい」


 少年はそう応え、隣に座る茶髪の少女の手を握る。


 手を握られた少女は、


「こ、怖い・・・」


 ワザとらしく怯えて少年により掛かるが、なぜだかその仕草がぎこちなかった。


「早くしろ!」


 班長がしびれを切らして怒鳴ると、少年は茶髪の少女の顔を見て小さく頷いてから、少女の手を離して御者台を降りた。


「お前もだ」


 班長は茶髪の少女にもそう言い、少女は御者台を降りた。


 荷台の三人も別の蛮兵たちによって荷台から降ろされていた。


「お、こっちには女が二人もいるぞ」


 蛮兵が嬉しい悲鳴を上げる。


「すみません、すみません」


 男の声が聞こえ、


「パパ、ママ、怖い」


 若い娘の怯えた声と、


「助けてください」


 別の女の声が聞こえる。


「そっちに行け」


 蛮兵はそう言い、五人を手で突き飛ばすようにしながら移動させた。


 五人の霊兎は小道の行き止まり、藪に背を向けるようにして立たされた。


 御者台に座っていた二人が荷台にいた三人を守るように、蛮兵たちを前にして立っている。


 蛮兵たちは班長を先頭にし、霊兎たちの逃げ道を塞ぐようにして立っていた。


「美味そうだな」


 後ろに立つ蛮兵の一人が隣の蛮兵にそう話しかけて嫌らしい笑みを浮かべると、話しかけられた蛮兵は舌舐めずりをし「たまらん」と返して口元のヨダレを拭うのだった。


「助けてください、助けてください・・・」


 荷台にいた親子とみられる三人の霊兎はそれぞれに涙声で懇願するが、蛮兵たちはその様子を見てニヤニヤと下劣な笑みを浮かべるだけだった。


「逃げろ」


 班長は霊兎たちに向かって告げた。


 突然逃げろと言われて霊兎たちは耳を疑った。


「どういうことですか?」


 少年が怪訝(けげん)な顔で聞き返すと、


「わからないのか。お前たちは後ろの藪の中に逃げる。それを我々が追う。そして食う。お前たちは逃げるスリルを楽しみ、我々は追い詰める喜びを味わう。つまり、みんなで霊兎狩りを楽しもう、ということだ」


 班長はニヤニヤしながらそう答えた。


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