〇六〇 顕在化した綻び
テドウ家の塔の三階にある執務室に、三補佐官およびタケルとアジの二人が集められた。
忠誠の儀式を三週間後に控え、室内には重苦しい空気が漂っていた。
「今日はトノジから緊急の報告がある」
ムサシは出席する一人ひとりの顔を見てそう告げた。
〝緊急〟という言葉に緊張が走る。
「コホンッ」
トノジは大きく咳払いをし、報告をするにあたり場の空気を落ち着けた。
それから一同を見渡し、皆の視線が自分に向けられていることを確認してから、ゆっくりと話し始める。
「昨日、ガルスコクに派遣していた間者から報告があったのだが、十日ほど前、リザド・シ・リザドへ送り出した奉仕者が逃げ帰って来たということだ」
トノジがそれを伝えると、
「な、なんと!」
ミノル・タヌカは驚きの声を上げ、
「おお・・・」
他の者たちも信じられないといった顔をした。
奉仕者がリザド・シ・リザドから逃げ帰って来たというのは前代未聞のことだった。
唖然とする一同を見、
「驚くのは無理もない」
トノジはそう言って話を進めた。
「問題は、その逃亡者の証言だ」
トノジは重々しくそう告げ、全員に鋭い視線を向ける。
逃亡者は何を語ったのか。
全員の目がその内容を促すと、
「その者の証言によると、リザド・シ・リザドでは使い物にならなくなった奉仕者は神兵に食される運命にある、ということだ。我々が提供している奉仕者はすべて、天寿を全うすることなく、最期は神兵に食されて果てるということになる」
トノジはリザド・シ・リザドにおける奉仕者の末路を告げたのだった。
あまりに突拍子もない話に、誰も言葉を発することができなかった。
奉仕者はリザド・シ・リザドで幸せな人生を送っているはずだった。
それが根底から覆されるような話だった。
タケルは誰も発言しないのを確かめてから、
「それは事実なのでしょうか」
そうトノジに確認した。
「リザド・シ・リザドから逃げ帰った者がいたのは事実だ。そして、今私が話した内容をその者が証言したのも事実だ。ただし、その証言の内容が事実かどうかは確かめようがない」
トノジがそう答えると、
「ガルスコクはそれにどう対処する気だ」
キヨス・ミザワが割り込んできた。
それはタケルが聞きたいことでもあった。
「その逃げ帰ってきた者を、即日偽証罪で処刑したそうだ」
トノジは厳しい表情で答え、
「ということは、偽証で間違いないのだな」
ミノル・タヌカが念を押すと、それにはムサシが答えた。
「それはわからない。だが、もしリザド・シ・リザドが我々の考えているような幸せな場所なら、果たして逃亡する者が現れるだろうか。逃亡する理由があるだろうか。しかし事実は、逃亡者が実際に現れたということだ」
ムサシはあくまで冷静だった。
「我々は爬神様に騙されていたということでしょうか」
キヨス・ミザワが恐る恐るムサシにその見解を求めると、
「そんなことはない!爬神様が我々を騙すことはない!」
ミノル・タヌカが声を荒げ、怒りを露わにした。
「いや、そうだとは思うが・・・
キヨス・ミザワはミノル・タヌカの剣幕に押され恐縮してしまう。
タケルとアジは今まで感じたことのない感情が湧き起こるのを感じながら、じっと議論の成り行きを見守っていた。
「一つ言えることは、逃亡者の証言が真実かどうかは問題ではないということだ。その者の証言が真実だとして、我々に何ができる?奉仕者の提供をやめることができると思うか?リザド・シ・リザドの要求を拒否したら滅ぼされるだけだ。爬神様に逆らえるほど、我々は強くはない。我々がすべきことは、サムイコクを守ることだ。そのための犠牲なら、仮に奉仕者が神兵に食されることになろうとも、そこは目を瞑るしかないだろう。苦渋の思いではあるが、これはどうにもならないことなのだ。リザド・シ・リザドは我々の思っているような場所ではないかも知れないが、奉仕者は提供し続けなければならない」
ムサシは自らの見解を伝え、一同を見渡してそれぞれの反応を窺った。
トノジ、ミノル・タヌカ、キヨス・ミザワは神妙な面持ちをして話を聞いていて、タケルとアジは納得できない顔をして宙を睨んでいた。
「タケル、何か意見はあるか」
ムサシが尋ねると、タケルは何か言いたそうにしながらも、
「いえ」
と答えるだけだった。
「今は忠誠の儀式を控えた大切な時期だ。このことは絶対に外に漏れてはならない。それに、リザド・シ・リザドからの逃亡者が一人いるということは、他にもいる可能性がある。我がサムイコクにおいても、リザド・シ・リザドから逃げ帰って来る者がいないとは言い切れない。もし逃亡者が帰って来た場合、速やかに確保できるよう、治安部隊は監視を強化してくれ。いいな」
ムサシは厳しい口調でトノジに指示を出す。
「わかりました」
トノジがそれを了承すると、奉仕者にまつわる議論は終わった。
このムサシの指示により、リザド・シ・リザドからの逃亡者については世間に知られることもなく、闇に葬られることになったのである。




