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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇五七 月夜の決闘


「恨みっこなしだぜ」


 ギルはそう言って剣を構える。


 タケルはゾクゾクッと身震いし、


「ああ、恨みっこなしだ」


 と応え、剣の切っ先をギルに向けた。


「ちょっと待った!」


 ここで声を上げたのはタヌだった。


「邪魔すんなよ」


 ギルが拍子抜けしてそう言うと、


「俺たちの敵は烏人じゃないよ」


 とタヌは返し、ギルより前に出てタケルに向かう。


「お前は後で相手をしてやる。どけ!」


 タケルはそう怒鳴ったが、突然前に出てきたタヌに驚きを隠せなかった。


 アジはタヌの恐れを知らない態度に目を見張り、サスケは興味津々にそれを見つめた。


「あの、ギルと何があったのかわからないけど、許してくれないかな」


 タヌは気さくに話しかける。


 その気さくさに、タケルは不思議な感覚に(とら)われる。


 なんだ、こいつは・・・この緊張感のなさは何なんだ・・・


 タケルはこの赤褐色の霊兎の持つ不思議な魅力に引き込まれそうになる。


 しかし、タケルは首を微かに横に振ってそれを断ち切ると、自分の気持ちを奮い立たせた。


「許すとか、許さないとか、そんな話ではない!」


 タケルが怒鳴り返すと、その声の中にタヌはタケルの想いを感じた。


「俺は七年前に受けた屈辱を晴らさなければならないんだ。愚かな霊兎のお前にはわからないだろう。俺たち賢烏族にはお前たちと違ってプライドってものがあるんだ。これは、俺とそこのギルって奴の問題だ。邪魔をするな!」


 タケルがその想いをぶつけるように叫ぶと、


「何があったかわからないけど、賢烏族のプライドって薄っぺらいもんだね」


 タヌはそう言って同情の眼差しをタケルに向けた。


「なんだと!」


 タケルは激怒し、それを見ていたアジもタヌのその一言は許せなかった。


 ただサスケだけは、そこに自分が求めていたものを見た気がしてわくわくしていた。


「まぁ、でも、屈辱を晴らしたいという気持ちはわかったよ」


 タヌはそう言うとタケルに背を向け、


「ギル、どーぞ」


 と声をかけ、ギルの後ろに下がった。


 タヌが感じたのは、この怒れる賢烏は悪い人間ではないということだった。


 この賢烏の胸にあるのは、悪意のない、ひたむきな想いだけだ。


 タヌはそう感じたし、この賢烏の真っ直ぐな人柄にタヌは好感を持った。


 その胸の奥にあるわだかまりの様なものを取り除くことができれば、きっとわかり合える。


 タヌはそう思った。


「お前は後で殺してやる!」


 タケルはそうタヌに向かって叫ぶと、後ろを振り返り、


「手を出すなよ」


 アジとサスケにそう声をかけた。


「さぁ、かかって来い!」


 ギルがタケルを挑発すると、


「おう!」


 タケルはそれに応じ、ギルに向かって突き進んでいった。


 ギルもタケルに向かって突き進む。


 スピードじゃ負けねぇ・・・


 ギルにはその自信があった。


 ヒュンッ!


 タケルが剣を繰り出すと、ギルはそれをすっと(かわ)し、


「遅えな」


 ヒュンッ!


 すぐにタケルに反撃した。


 速い!・・・


 タケルはギルの太刀に驚き、


 ガキンッ!


 必死に弾き、その流れで横に跳んでギルと距離を取った。


 その太刀の鋭さはタケルが今まで経験したことのないものだった。


 対峙する二人。


「こうでなくっちゃ、な」


 タケルはそう言ってニヤリと笑い、


「そっちこそ、なかなかやるじゃないか」


 ギルは最初の太刀を払ったタケルに素直に感心した。


 同時に、


 ちっ、体は重いし、あちこち痛みやがる・・・


 ギルは黒装束の一味との一悶着で必要以上に体力を消耗し、斬られた傷が動くたびに痛むのを感じるのだった。


 まぁ、なんとかなるか・・・


 ギルはそう思って自分に気合いを入れる。


 二人はじりじりと間を詰め、そして、


 ヒュンッ!


 タケルが太刀を繰り出したのをきっかけに、


 ガキンッ!ヒュンッ!ガキッ!ヒュンッ!ヒュンッ!ガキンッ!


 激しく剣をぶつけあった。


 二人の動きに無駄(むだ)はなく一進一退の攻防が続いた。


 そして、


 ガッキーン!


 二人の剣がぶつかる長い音が月夜の澄んだ空気の中に響き渡った。


 鍔迫り合いになって睨み合う二人。


「はぁ、はぁ・・・」


 ギルは思った以上に疲れていた。


 タケルの隙のなさと賢烏にしては珍しい俊敏な動きに、ギルは間違いなく手を焼いていた。


 くそっ、あのババァの仕返しか、これは・・・


 肩で息をするギルを見て、


 あと少しだ・・・


 タケルはニヤリとし、剣を握る手に力を込める。


 鍔迫り合いの中、体格に(まさ)るタケルの力に押されギルは後退(あとずさ)る。


「くっ・・・」


 ギルに体力は残されていなかった。


「まだまだ!」


 タケルはギルを突き飛ばすようにして体を離すと、


「死ね!」


 すかさず鋭い太刀を浴びせた。


 ビュンッ!


「くっ!」


 ギルはそれを右に仰け反るように躱しながら、タケルの背後に回り込もうとするが、


 ズキッ!


 体に痛みが走り動きが鈍ったところを、


「逃がすか!」


 ドスッ!


 タケルの気合いの入った蹴りを脇腹にもらってしまう。


「ぐっ」


 ギルはバランスを崩し、勢い良く地面を転がった。


「ギル!」


 ラウルが思わず声を上げる。


 黒装束の奴らと殺りあったときに張り切りすぎたんだな、きっと・・・


 ギルのギルらしからぬ動きを見てラウルはそんなことを思う。


 ラウルは飛び出すタイミングを計りながら、じっと二人の動きを見つめた。


「なかなかやるなぁ」


 タヌはタケルの動きに感心するだけで、ギルを心配することはなかった。


 その一方、タケル側に立つアジは、タケルの体のキレに感心し、タケルの勝ちを確信しつつも、亜麻色の霊兎がこのまま終わるとは思っていなかった。


 サスケは油断ならない気持ちで二人の動きを観察していた。


 亜麻色の霊兎の持つ力はこんなものではないはずだ。


 タケル、油断したら負けるぞ・・・


 サスケは心の中でそう声をかける。


 倒れるギルをタケルは仁王立ちに見下ろし、吐き捨てるように言う。


「お前はこの程度の男だったのか」


 ギルは脇腹の痛みを(こら)えながら、ふらふらと立ち上がる。


「はぁ、はぁ・・・こっちはやる前からボロボロなんだよ」


 ギルはタケルに聞こえない声で愚痴をこぼし、


「七年前のお返しだ!」


 タケルはそう言ってギルに襲いかかった。


 ビュンッ!


 タケルの動きの素速さ、剣の描く軌道の鋭さにギルは驚いた。


 そして、ギルは不思議とそこにタケルの想いを感じたのだった。


 こいつ、よっぽど悔しかったんだな・・・


 ギルはタケルの繰り出す剣を躱しながら、なぜだかタケルに親しみのような感情を覚えるのだった。


 ズバッ!


 タケルの剣が、ギルの胸元を斬り裂いた。


 ギルは後ろに跳び退きタケルとの距離を空けるが、胸を斬られた感覚と血の匂いを感じ、「ちっ!」と舌打ちをする。


「やるな、お前」


 ギルはタケルにそう声をかけてニヤリと笑う。


「お前にはがっかりだ」


 タケルは憐れむようにギルを見る。


 その憐れみの眼差しにギルは反応した。


 なんだその目は・・・


 怒りがふつふつと湧いてくる。


「なら、もう手加減はなしだ」


 ギルはそう言ってタケルを鋭く睨み、口元に妖しい笑みを浮かべた。


 このとき、サスケは胸騒ぎを覚えた。


 あいつはタケルを仕留める気だ・・・


 サスケはまずいと思った。


「行くぜ!」


 ギルはそう叫び、タケルに向かっていく。


 タケルは剣を振り上げギルを待ち構える。


 ギルが懐に飛び込んでくると、


「死ね!」


 タケルは振り上げた剣を力いっぱい振り下ろした。


 ビュンッ!


「バカが」


 ギルは吐き捨てるように言い、


 ガシッ!


 タケルの太刀を右に躱しながら払い、タケルの背後に回り込んだ。


 その敏捷な動きにタケルはついていけなかった。


 ギルはタケルの背後を取った。


「あばよ!」


 ギルはタケルの背後からトドメの一撃を振り下ろす。


 が、まさにその瞬間、


 ヒュッ!


 どこからか小石が飛んできてギルの額を(かす)めたのだった。


「おっ」


 ギルは驚き、動きが一瞬止まる。


 その隙にタケルはさっと前に跳ぶが、そこに、


「逃がすか!」


 ギルが剣を振り下ろした。


 バッ!


 タケルの背中が斬れ、そこから血が吹き出した。


 しかし、ギルの動作が一瞬遅れたおかげで傷は深くはない。


「邪魔するな!」


 ギルは怒鳴りながら小石の飛んできた方に目を向ける。


 すると、そこに何食わぬ顔をした茶髪の少年がいて、ギルと目が合うと、その顔に笑みを浮かべて肩をすくめてみせるのだった。


 なんだ、こいつ・・・


 その少年の緊張感のない態度に、ギルはタヌやラウルと同じ空気を感じた。


「余計な真似しやがって・・・」


 ギルはそう(つぶや)いただけで改めてタケルに向かった。


 ギルは片膝立ちでしゃがみ込むタケルに向かって仁王立ちに立ち、


「これでお互い様だな」


 と吐き捨てた。


「ああ、お互い様だ」


 タケルはそう言いながら立ち上がり、ギルに向かって剣を構える。


 興奮しているせいだろうか、タケルは斬られた背中に何も感じなかった。


 タケルはこうして亜麻色の霊兎と剣を交えていることが嬉しかった。


 七年前の自分は手も足も出ず、ただ殴られ、罵られただけだった。


 でも、今は違う。


 今ならこの亜麻色の霊兎ギルを倒せる。


 これこそ待ちに待った瞬間だった。


 背中を斬られはしたが、目の前にいるギルはふらついていて隙だらけだ。


「ギル、覚悟しな!」


 タケルはギルに向かって踏み込んでいく。


「ふぅーーー」


 ギルは長い息を吐きながら意識を研ぎ澄ませる。


「うぉおおお!」


 タケルは雄叫(おたけ)びを上げながら太刀を繰り出し、


 ガキンッ!ヒュンッ!ガキッ!ヒュンッ!ヒュンッ!ガキンッ!


 ギルは右に左に後ろにと、重い体にむち打ちながら必死にタケルの太刀を躱していく。


 それにしても、


「あの茶髪野郎が邪魔しなきゃ今ごろ終わってたのによ・・・」


 そんな愚痴をこぼさすにはいられなかった。


 防戦一方のギル。


 ガキンッ!ヒュンッ!ガキッ!ヒュンッ!ヒュンッ!ガキンッ!


 必死にタケルの太刀を躱していたが、ついに、


「はぁ、はぁ、はぁ」


 その動きが止まった。


 欄干を背にして立つギルに逃げ場はない。


 今だ!・・・


 タケルはそう思った。


「死ねぇえええ!」


 タケルは渾身の一撃を繰り出し、ギルの首を落としにいった。


 アジはこの一瞬を見逃すまいと目を見張る。


 サスケは静かに目を閉じた。


 そして、


 ガキンッ!


 鋭い金属音がし、


「ぐふっ」


 膝から崩れ落ち、地面に手をついたのはタケルだった。


 その一瞬の出来事。


 タケルが剣を振り下ろしたその刹那、ギルはタケルの太刀を受け流しながらその懐に入り、


 ガツッ!


 剣の柄でタケルの腹を一突きにしたのだった。


「うぐぐっ・・・」


 タケルは立ち上がろうとし、よろよろと彷徨った挙句、


 ガンッ!


 欄干に体をぶつけ倒れたのだった。


 急に体に力が入らなくなる。


「ぐっ・・・」


 四つん這いになって動けないタケル。


 それはまるで七年前の光景だった。


 結局、俺は何やってたんだろうな・・・


 タケルの目に悔し涙が浮かぶ。


「俺の負けだ。殺せ」


 タケルは俯いたままそう言う。


 そんなタケルにギルは呆れ、


「殺すかよ」


 と返して苦笑いし、


「お前は強い。俺が認めてやる。だから、七年前のことを引きずってその強さを無駄遣いするな。その強さは俺みたいなちっぽけな人間に使うんじゃなくて、もっと大きなものを相手に使うんだな」


 そんな言葉をかけるのだった。


 その声音には温かさがあり、その言葉はタケルの胸に染みていくものだった。


 そこに、


「俺が相手だ!」


 アジが斬りかかった。


 ビュンッ!


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