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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇五四 置いてけぼり


 バケ屋敷の周りに広がる田園風景。


 ヒシリウ川に注ぐ小川がバケ屋敷の東をくねくねと細く流れ、その川の東側が果樹園で、西側は屋敷を囲むように田畑が広がっている。


 上空から地上の景色を眺めると、川から水汲みをする幾つもの人影が、野菜の緑に彩られた畑の上を忙しなく動いているのが見える。


 動いているのはバケ屋敷に住む少年少女たちで、この日は収穫前のキャブツ畑に水を撒いているのだった。


「ふぅ」


 ヒーナは畑の縁で一旦肩に担いだ桶を下ろし、額の汗を拭う。


「あと少しだ」


 ヒーナはそう自分に言い聞かせ、汗を拭いたらすぐに桶を担ぐ。


「ヒーナ、がんばれ」


 前方から空になった桶を担いだパパンが足元をフラフラとさせながら近づいて来て声をかけた。


 バケじぃの指示では、常に全力で水を運び、手際よく水を撒いたら走って川に水汲みに戻らなければいけなかった。


 しかし、作業も半ばを過ぎた頃になると、みんなクタクタになって歩くことさえままならないので、手を抜いていない限り、歩いているからといって咎められることはなかった。


 ヒーナはパパンに目を向けると、


「なんでギルはいないんだよ」


 と不満顔で(たず)ねた。


 ギルは朝起きたときはいたはずなのに、気づいたらいなかった。


 畑への水撒きはキツイ作業でただでさえ嫌になるってのに、ギルの分までみんなで分担することになるのだから腹が立つのも当然だった。


「サムイコクで野菜売りだってさ」


 パパンはさらりと答える。


「えーっ、何それ」


 ヒーナは驚き、バランスを崩して桶の水をこぼしそうになる。


 サムイコク側で野菜売るなら誘ってくれてもいいだろ。抜け駆けしやがって・・・


 ヒーナは新世界橋を渡ったことがないし、対岸の烏人(うじん)の国に入ったこともないので、ギルがそこで野菜売りをすると聞いて許せない気持ちになる。


「テムスさんとこの手伝いだってさ」


 パパンがさらりと情報を追加すると、


「えっ」


 ヒーナは小さな声を漏らし、


 ボトッ・・・


 肩に担いだ桶を落としてしまう。


 桶が倒れ、せっかく汲んだ水が畑の縁のむき出しの土の中に吸い込まれていく。


—テムスさんとこ。


 それはタヌとラウルがお世話になっている農園を意味し、つまり、ギルは二人と一緒に野菜売りをしているということになる。


 タヌとラウルとは二年前、ギルとヒーナがラドリアの紳士からドラゴンの置物を奪った事をキッカケに知り合い、その後、バケじぃの命もあって、ギルが誘ってバケ屋敷に出入りするようになっていたのだった。


 今ではタヌとラウルの二人は〝ラビッツ〟の大事な仲間だった。


 バケじぃが勝手に付けたその名前を、最初はみんな嫌がっていたけれど、バケじぃが事あるごとに「我々ラビッツは・・・」と話を始めるので、いつのまにかラビッツが当たり前になっていて、今ではラビッツという名前に愛着さえ感じるようになっていた。


「あーあ」


 パパンは〝やっちまったな〟みたいな顔をしてヒーナを見る。


 落とした桶などどうでもいいことだった。


「タヌたちと?」


 ヒーナは答えを急かすように尋ねる。


「ああ」


 パパンがそれを認めると、


「いいなぁ」


 ヒーナは恨めしそうな声を漏らすのだった。


「それはわからんでもない」


 パパンもヒーナに共感する。


 畑仕事より、野菜売りのほうが楽だからだ。


「ギルの奴、なんで誘ってくれなかったんだよ。バカ!」


 ヒーナは地面に転がる桶の一つを蹴飛ばし、その不満をぶつけた。


「前から向こうの世界を見てみたいって言ってたからな」


 パパンはギルの抜け駆けに理解を示す。


 ギルは昔からちょくちょく烏人と揉めていて、敵を知るために、烏人の国に興味をもっていたのだった。


 だから、ギルがサムイコクに行くと聞いて、畑仕事の負担が増えることを承知で、


「よかったな」


 と素直に声をかけることができたのだ。


「私もだよ、それ」


 ヒーナがそう言って口を(とが)らせると、


「ヒーナにはまだ早いんじゃないのか」


 パパンはそう言ってからかい、


「うるさい、バカ!」


 ヒーナの怒りを買うのだった。


 そこに、水でいっぱいの桶を担いだグランがやってきた。


「おい、ヒーナ!水こぼしたんなら、さっさと川に戻って汲み直して来い!」


 グランは怒鳴り、その剣幕にヒーナはビクッとなる。


「は、はーい」


 ヒーナは慌てて落とした桶を担ぐと、川に向かって走った。


 グランは焦茶色の霊兎(れいと)で、額に傷のある強面の顔をしている割に、真面目だった。


「たすかった・・・」


 ほっと胸を()で下ろすパパン。


「おい、お前もだらだらしてるんじゃないぞ!」


 グランはパパンにも容赦しない。


 その怒鳴り声にパパンはビクッとなり、


「わかってるよ」


 疲れ切った体に鞭を打ち、桶を揺らして川に向かって走って行く。


 バケ屋敷の子供たちはブーブー文句を垂れながらも、結局バケじぃの指示に従って一生懸命作業を行うのだった。


 これも自分自身を強くするための修行だとわかっているからだ。


 子供たちの意識が目に見えて変わったのは、やはり、タヌとラウルが屋敷に出入りすようになってからだった。


 バケじぃが二人に依頼してバケ屋敷の子供たち一人ひとりと手合わせしてもらったのだが、子供たちはタヌとラウルにまったく歯が立たず、ただただ二人の実力に驚いたのだった。


 バケじぃの元でそれなりに修行はしていたので、バケ屋敷の子供たちはすでにかなりの実力を身につけてはいたのだが、リーダーであるグランやパパン、中堅組のヒーナやキーナといったメンバーでさえまったく相手にならず、他のメンバーに至っては二人に触れることすらできなかった。


 それ以来、子供たちは二人に少しでも近づくためにと、元イスタル護衛隊隊長であるバケじぃの厳しい修行にも目の色を変えて取り組むようになったのだった。


 バケ屋敷の子供たちはタヌやラウルに相手をしてもらうことで、この二年でさらに強さに磨きがかかっていた。二年前年少組だったスーニやリーレでさえ、蛮兵(ばんぺい)の一人や二人は簡単に倒せるレベルになり、今やリーダーとして活躍しているのだった。


 ちなみに、ギルはもともと荒削りながらもその実力は飛び抜けていたので、タヌやラウルと手合わせするとすぐに二人に追いつき、今では二人と較べても遜色ない強さを身につけていた。


 太陽は西の空に落ち始め、ゆっくりと景色を柔らかな橙色に変えながら、汗を流して働く子供たちを(やさ)しく照らすのだった。


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