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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇五二 バケ屋敷


 イスタルの市街地とムニム市場を結ぶ旧街道沿いに、寂れた集落があった。


 その集落は以前は表街道沿いにあり、それなりに栄えた場所だった。しかし、イスタルとサムイコクとの交易が始まると、市街地とムニム市場を結ぶ新しい街道が造られたため、それまでの表街道が旧街道となり、街道沿いの賑やかさを失うとともに没落してしまったのだった。


 その寂れた集落の捨てられた家の一つに、ギルたちの住まいはあった。


 もともとは資産家の家だったらしく、庭付きで、木造建築の建物は広々としたものだった。


 その屋敷にギルやヒーナを始めとする少年少女が十人、一人の老人と自給自足の共同生活を営んでいた。


 この老人、くすんだ灰色の霊兎で、よれよれの服を着て無精髭を伸ばし、眉毛も目にかぶさるくらい長かった。


 その不気味な風貌から、「バケじぃ」と呼ばれている。


 これはギルがそう呼び出したのだが、〝バケモノ〟と〝じじぃ〟を足して〝バケじぃ〟ということらしい。


 そしてその〝バケじぃ〟という名から、みんなは屋敷のことを「バケ屋敷」と呼んでいるのだった。


 子供たちは皆孤児で、罪人と言われる者たちの子供だった。


 罪人の子供を預かる者もなく、路上生活を余儀なくされた子供たちだった。


 そんな子供たちの前にバケじぃが不意に現れ、一人ひとりに声をかけて集めた子供たちが一緒に暮らしているのだった。


 そのバケじぃの口癖が、


—わしはラドリアの戦士の末裔じゃ。


 だった。


 そして、その口癖に必ず付け加える言葉があった。


—お前たちはいずれ世界を変えるために戦うことになる。そのつもりで稽古に励め。


 その言葉通り、バケじぃは子供たちに剣術などの武術を叩き込んでいるのだった。


 夕方、バケ屋敷の広間に子供たちは集められ、上座に座るバケじぃに向かって並んで座らされていた。みな板の間に胡座を掻いて座り、背筋を伸ばしてバケじぃに向き合っている。


「ギル、今日の稼ぎは?」


 バケじぃが尋ねる。


「ほらよ」


 ギルはそう言って、銅貨の詰まった袋をバケじぃの前に投げた。


 ゴトン!


 銅貨が床にぶつかって重い金属音を立てる。


「さすがじゃな」


 バケじぃは満足げに頷く。


 この日は収穫した野菜を近隣の町に出向いて売り歩く日だった。


「ヒーナ、お前は?」


 バケじぃのその疑うような目つきが、ヒーナは好きじゃなかった。


「ギルと一緒にやった仕事だ。その銅貨の半分は私の仕事だよ」


 ヒーナがそうつっけんどんに答えると、


「そうか」


 バケじぃは(あご)を擦りながら頷くのだった。


「グラン、テナリ、ミズワ、スーニ、リーレ、お前たちは掃除だったな」


 名前を呼ばれた子供たちは疲れ切っていて、うなだれて返事を返せない。


「この程度で疲れるとは、修行が足りんな」


 バケじぃはそう言って不機嫌になる。


 だが、掃除といっても今自分たちが住んでいる屋敷だけでなく、その周辺にある空き家数軒の掃除だった。


—人が住まなくなった家はすぐに崩れる。だから、人の手を入れるのじゃ。


 その方針のもと、崩れかけていた空き家を修繕し、維持しているのだった。


「あとはパパンとデニト、キーナか」


 バケじぃは窓の外を見、夜が近いことを確認する。


「三人は市街地に行ってるから、少し遅くなると思う」


 ギルはバケじぃに三人の状況を伝え、


「そうか。明日は献上の儀式じゃから、市街地も慌ただしいじゃろうな」


 と、バケじぃは理解を示す。


 ふと、


「そういや、イスタルでは毎年献上の儀式があるのに、ラドリアはあの惨劇以来やってないって聞いたけど本当なのか?」


 ギルがそんな疑問を口にすると、


「本来なら霊兎族の中心であるラドリアこそ、献上の儀式に相応しい場所だとは思うが、やはりあの惨劇の影響は大きいのじゃろう。献上の儀式を行わないことで、ラドリアの権威を貶める考えなのかも知れないのぉ」


 バケじぃは厳しい表情でそう答えた。


「あの惨劇はバケじぃが言うところの、ラドリアの戦士の末裔が起こした事件だよね。まぁ、ラドリアの戦士ってのが嘘臭いけど」


 頭のおかしい霊兎の仕業とされる惨劇を、バケじぃはラドリアの戦士の末裔の起こした悲劇だと教えていた。


 それが嘘臭く聞こえるのは、ある意味それを自慢しているバケじぃのせいでもあった。


 そんなギルを不機嫌に睨みつけ、


「わしの思い込みではなく、あれは間違いなく、ラドリアの戦士の血を引くものの仕業じゃ」


 バケじぃはそう断言する。


「ふーん」


 ギルは気のない相槌を打ち、


「戦士の血かなんだか知らないけど、俺たちに流れているのは罪人の血だからな。そんな血なんてどうでもいいよ」


 ギルはそう言い放つと、わざとらしく欠伸をしてみせた。


 ギルにとって血なんてどうでも良いものだった。


「バカもの!なんのためにわしがお前たちを鍛えていると思ってるんじゃ!」


 戦士の血をバカにするようなその態度に、バケじぃは怒り、声を荒げた。


「いつか立ち上がるためだろ。わかってるさ、それくらい」


 ギルは熱くなるバケじぃを軽くあしらうようにさらりと言う。


「わかってるなら、まぁ、いい」


 バケじぃは腕を組み、


「いつか、そのときが来る。そのときのためじゃ」


 いつになく真剣な眼差しでギルを始めその場にいる子供たちの顔を一つひとつ確かめるように見渡し、


「お前がボコボコにされたあの二人、タヌとラウル、じゃったな。その二人こそ、お前たちを導く存在じゃ」


 と、重々しい口調で告げたのだった。


 だろうな、とは思っていた。


 だから、驚きはなかった。


「ボコボコにされちゃいねぇよ」


 ギルは不満げに言い返し、


「ぜんぜん歯が立たなかっただけだよね」


 ヒーナがそんなフォローを入れると、


「お前もうるせぇよ」


 ギルは不機嫌にヒーナを睨みつけるのだった。


「お前ならわかるじゃろ、あの二人こそ、世界を変える宿命を背負った霊兎だということが」


 バケじぃが問い、


「わかんね」


 ギルがあっさり答えると、バケじぃは銅貨の入った袋を思いっきりギルに投げつけていた。


 バケじぃの動きの素速さにギルは袋を躱すことができず、


 ゴンッ!


 おでこにそれを受けていた。


「うがっ!」


 ギルは悲鳴を上げ、バタッと仰向けになって倒れ、そのギルの横で、ヒーナは目を丸くして驚いた。


 他の子供たちも一気に緊張して背筋を伸ばす。


「イテテテッ」


 ギルがおでこを擦りながら体を起こすと、


「ギル、ちゃんと座れ」


 バケじぃは姿勢を正すことをギルに命じた。


 バケじぃの目には、ふざけることを許さない怒りが見える。


 その目に睨まれたら、ギルも真面目にならざるを得なかった。


「ちぇっ」


 不貞腐れた態度のまま座り直し背筋を伸ばす。


「ギル、お前に重要な役目を与える」


 バケじぃは真っ直ぐにギルを見、


「なんだよ」


 ギルが渋々返事を返すと、


「明日の献上の儀式が終わったら、タヌとラウル、二人を我々の仲間に引き入れるのじゃ」


 そう命じた。


 今までバケ屋敷で一番は自分だったのに。


 そう思ったら、何だか癪に障る。


「嫌だね」


 ギルは拒否し、


「私はいいけど」


 ヒーナが前向きな返事を返すと、


「お前!」


 と声を荒げ、ヒーナを睨みつけるのだった。


 そこに、パパンとデニト、キーナの三人が帰ってきた。


「はいよ」


 そう言って売上金の入った袋をバケじぃに手渡すと、


「あ、そうそう、明日献上の儀式なんだけど、バケじぃ、どうする?」


 パパンはそう言ってギルの後ろに腰を下ろした。


「わしは行かんぞ。行くのはお前らだけじゃ」


 バケじぃはそう答え、その言葉に子供たちは驚いた。


 ラドリアの戦士を気取って「敵情を偵察してくる」と言っては毎年儀式を観に行っているバケじぃが、今年は観に行かないというのは驚くべきことだった。


「バケじぃ行かないの?」


 キーナが驚いて目を丸くする。


 キーナはもうすぐ十五歳になる淡い桃色の髪色をした女の子で、ヒーナよりひとつ年上だった。


「わしは行かん」


 バケじぃが断固とした態度をみせると、


「なんで?」


 パパンは怪訝な表情を浮かべる。


「いつまでもわしに頼っていてはいかん。お前たちは〝ラビッツ〟としての自覚を持って、しっかりと献上の儀式を見てくるのじゃ」


 バケじぃは背筋を伸ばして目の前にいる子供たちを見渡しながら、反論を許さない口調でそう告げた。


 バケじぃのその堂々とした態度には威厳があった。


 しかし、バケじぃを見る子供たちの目は冷めていた。


「どうでもいいけど、ラビッツってなんだよ。変な名前付けやがって。誇りもクソもねぇじゃないか」


 ギルがそう文句を言うと、そこにいる子供たちの全員がギルに同意して深く何度も頷いた。


「ギル、お前はひと言多いぞ」


 バケじぃは不機嫌にギルを睨む。


「ラビッツって名前、趣味悪いんだよ」


 ギルはそう言ってバケじぃを睨み返す。


「ラビッツ・・・いい名前じゃないか。その名が霊兎族の心を一つにするのじゃ」


 バケじぃは胸の前で右手を握りしめて拳を作ると、突然「おーっ」と雄叫(おたけ)びを上げ、その拳を高々と突き上げた。


 大丈夫か、このじじぃ・・・


 ギルは心の中で呟いた。


「ふーん。ラドリアの戦士もかわいそうに・・・」


 ギルは無関心を装って鼻をほじくってみせる。


 そんな二人の対照的な態度に、ヒーナはぷっと吹き出して笑ってしまう。


 笑ったのはヒーナだけではなかった。


 クスクスとみんなが笑っていた。


 バケじぃとギルのやりとりは、いつもみんなを笑わせてくれる。


「旗も用意しているからな。茜色の旗じゃ」


 バケじぃの勢いは止まらない。


 ラビッツの旗まですでに用意しているというのか。


「なんだよ、それ」


 ギルが思ったのは、単純に〝かっこ悪い〟ということだった。ラビッツっていう名前も、茜色の旗も、子供騙しのような気がして恥ずかしいというのが正直な気持ちだった。


「その旗の下に、力を結集するんじゃ」


 バケじぃは力を込めてそう言うと、また拳を突き上げて「おーっ」と雄叫びを上げた。


「じじぃ、おーっじゃねぇよ」


 ギルは熱くなるバケじぃを見て、そうツッコミを入れる。


 他の子供たちもそれにうんうんと頷き、冷めた目でバケじぃを見るのだった。


 その無関心な態度。


 プチッ。


 バケじぃの堪忍袋の緒が切れた。


「こらぁあああ!」


 バケじぃは目をひん剥いて怒り、ギルに襲いかかると、胸ぐらを掴んで思いっ切り投げ飛ばし、パパンとグランに蹴りを入れ、その次の瞬間にはヒーナとキーナに平手打ちをくらわせていた。そんな風に、バケじぃは子供たちに気合いを入れるのだった。


 バケじぃはラドリアの戦士の末裔を自称するだけあって、その強さは本物だった。


 バケじぃはかつて護衛隊に所属していて、現役の頃はその正義感と比類ない強さから、イスタルの住民から尊敬される存在だった。しかし、引退すると次第に忘れられ、家族のいないバケじぃは、気づけばみすぼらしい一介の老人に成り下がっていたのだった。


 そしてそのみすぼらしい老人は、五年前、ラドリアの惨劇の噂を耳にし、胸を熱くした霊兎の一人だった。


 バケじぃとて、ラドリアの戦士の末裔として常に戦う気概はあったものの、それはあくまで気持ちの持ち様であって、実際に爬神族に対して剣を抜くなんて考えたこともなかった。護衛隊にいた頃のバケじぃにとって、戦う相手はそもそも爬神族ではなく、この世界の秩序を破壊する者たちだった。バケじぃはラドリアの戦士の末裔を自負しながら、この世界を守ってきたのであって、爬神族による支配を守る側の人間でしかなかったのだ。


 それが五年前、のんびり余生を過ごしていたバケじぃの耳にラドリアの惨劇の噂が入ってきたとき、バケじぃはそれを信じられないと思うと同時に、その胸を震わせたのだった。


 わしの生き様は間違っていたんじゃないか・・・


 バケじぃはそう考えさせられた。


 何日も考え続け、そしてバケじぃは心に決めたのだった。時が来たら立ち上がろうと。それが自分でなくてもいい。自分の意志を継ぐ者を見つけ、その者たちにこの世界を委ねようと。


 そうして集めたのが、バケ屋敷で共に暮らす子供たちだった。


 明日、イスタルの中心にある教会で献上の儀式が行われる。


 子供たちは自分がいなくても、あの二人に導かれ、その使命を果たしてくれるだろう。


 今自分にできることは、ラドリアの戦士の末裔として、その死に様をみせることだ。


 五年前、ラドリアで立ち上がった二人の戦士のように。


 バケじぃは誰もいない深夜の広間で、背筋を伸ばして胡座をかいて座り、目を閉じ深い呼吸をゆっくりと繰り返していた。


 夜は深まり、そして次第に明けていく。


 いよいよじゃ・・・


 バケじぃはふと、その頬に笑み浮かべるのだった。


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