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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇五〇 エラスの危機感


 ラドリア精鋭養成所。


 エラスは部屋で悶々としていた。


「はぁ・・・」


 ベッドの上で寝そべるエラスの、その口から出てくるのはため息ばかりだった。


 今日はごはんもあまり喉を通らなかった。


 だから、さっさと部屋に戻ってベッドに横になったのだ。


「エラスー」


 外から元気な声がして、トマスとレレが中に入ってきた。


「エラス、奉仕活動に行くよ!」


 トマスはベッドに横になるエラスに、元気に声をかける。


「わかってるよ」


 エラスはぶっきらぼうにそう応えるだけで、ベッドから起き上がろうとしない。


「エラス、もうみんな集まってるよ。遅れたらスレイとトンテに怒られるよ」


 トマスとレレはエラスの体を揺すって起こそうとする。


「わかってるよ」


 エラスは同じように応え、同じように動こうとしない。


「ガスクは気難しいから、遅れたらしつこく言われるよ」


 レレが(おど)すように言う。


 エラスはレレを横目でチラッと睨んでから、わざとらしく寝返りを打って二人に背中を向けた。


 トマスは困ったような顔をしてエラスを見る。


 それから何かを思いつくと、ニヤリと笑ってエラスの背中に向かって声をかけた。


「今日はシールお姉ちゃんとマーヤも一緒だから、遅れたらあの二人にも怒られちゃうよ!」


 トマスがそう言い終わる前に、


「えっ、マーヤも一緒なの?」


 エラスは目を丸くしてパッと起き上がり、二人を置き去りにして部屋を飛び出していった。


 そんなエラスの後ろ姿を見送りながら、レレがトマスに言う。


「嘘を信じて行っちゃった・・・みんなまだ食堂でご飯食べてるけどいいのかな?」


 レレはエラスの勢いを見て心配になる。


「いいんじゃない?」


 そう言ってトマスはニッと笑うのだった。


 エラスが施設裏の畑に行くと誰もいなかった。


「おいおい、みんなどこ行ったんだよ」


 エラスは怪訝な表情でそう独り言を言う。


 生真面目なエラスは誰もいない畑を見ても、トマスの言葉を疑うことをしない。


 だから、みんなが畑からどこかへ移動してしまったと思い込み、近く遠くを見渡してみんなを探すのだった。


 川の向こうにある果樹園に目を向けたとき、エラスはそこに何やら人影らしいものを見つけた。


「あ、みんなあんなところにいたのか」


 そう呟いて、エラスは果樹園に向かって走り出した。


「みんな、遅れてごめーん!」


 そう手を振りながら近づいていくと、そこにいたのはなんと、アク、キキア、ルドスの三人だった。


「げっ!」


 エラスは思わず声を上げる。


 自分の声に振り返る三人を見て、エラスの顔から血の気が引いていく。


 アク、キキア、ルドスの三人は、果樹園でオランジの実をもいで食べていた。


 引き返したくても、手を振って合図をした以上、もうそれもできない。


 エラスは混乱した状態のまま近づいて行き、言い訳を探しながら三人の前に立った。


「なんだ、お前?」


 突然大声で手を振りながら駆け寄ってきたエラスを、アクは不機嫌に睨みつける。


 アクに睨まれ、エラスは直立不動の姿勢で硬直してしまう。


「アク様、こんにちは」


 まずは挨拶だ。


 エラスはそう思った。


「は?」


 アクは不機嫌にエラスを睨む。


「あ、あの、みんなが、来たのであります!」


 エラスはあまりの緊張に、ハキハキと訳のわからないことを口走っていた。


「バカか、お前は。俺たち以外誰もいないぞ」


 アクがそう突き放すと、


「アク、お前が怖い顔して睨むから、ビビッちまってるだろ」


 キキアはそう言って、エラスを鼻で笑う。


 ルドスはアクとキキアの背後で、黙ってオランジの皮を()いていた。


「エラス、なにビビッてるんだ?剣術のクラスでもお前はいつも気持ちで負けている。戦う前からお前は負けているんだ。もっと根性みせろよ。男だろ」


 アクは教官としてエラスに説教をし、


「こいつはタヌとラウルがいなくなってから、急にシールたち姉弟と親しくなった奴だ。美人姉妹と一緒にいて、腑抜けちまってるのかも知れないな」


 キキアはそう言って(さげす)むようにエラスを見るのだった。


「いえ、そんな・・」


 エラスは嫌な予感がして、キキアから視線を逸らして俯いた。


「言われてみれば、こいつは剣術の授業のときも、いつもシールの傍にいるな」


 アクは疑うような厳しい眼差しでエラスを睨みつける。


 まずい・・・


 エラスはここで言い訳をしなければ殺されると思った。


「シ、シールというより、お、弟のトマスの面倒をみているので、そ、それで、話す機会が、お、多いだけです」


 エラスは声を上ずらせながらも必死に言い訳を試みる。


 たすけてくれ・・・


 エラスは心の中で叫んでいた。


「ふーん」


 アクは疑いの目を向ける。


 キキアもそうだった。


「シールに近づくために、弟のトマスの面倒を見ることにしたんじゃないのか」


 キキアはそんな風にエラスを問い詰める。


 キキアはシールに対してそこはかとない憧れのような感情を抱いているので、ガリ勉タイプのエラスごときが、シールと馴れ馴れしくしていることが癪に障るのだった。


「それは違います」


 エラスはきっぱりとそう答えたが、その答えを素直に信じる空気はそこにはない。


 しかし、エラスのその返事に嘘はなかった。


 実際、タヌとラウルの二人が精鋭養成所にいたときから、エラスは良く一緒にごはんを食べていたし、仲良くしていたのである。


 ただあの頃は、あの二人がいたから、エラスはおまけみたいなもので目立たなかっただけなのだ。


 ルドスはアクとキキアの背後で黙ってオランジを食べている。


「お前、シールにちょっかいだしたら許さないからな」


 アクはドスの利いた声でそう言い、エラスを睨んだ。


「は、はい」


 エラスは殺されるんじゃないかと思った。


 それぐらい、エラスを睨むアクの眼光は鋭かった。


 実際にアクは平気で人を殺せる男なのだ。


 その殺気でエラスは震え上がってしまう。


「それと、もしシールにちょっかい出す奴がいたら、俺に知らせろよ」


 アクがそう言うと、


「わかりました!」


 エラスは直立不動で即答した。


 そんなエラスの態度を、アクはふんっと鼻で笑い、その隣でキキアは見下したような目付きで眺めている。


 ルドスはオランジの一房をつまみ、口の中に放り込む。そして、その果汁の甘さにニコリと微笑むのだった。


 アクはさらに、


「じゃ、ついでと言ってはなんだが、あのマーヤとかいう妹にも手を出すんじゃないぞ」


 と、縮こまるエラスにそう命令するのだった。


 最近のマーヤはシールに劣らず、日増しに美しくなっていると評判だった。


 シールの傍でいつも明るい笑顔を振りまいているマーヤに、アクが気づかないはずがなかった。


 エラスにはアクの言っている言葉の意味が理解できない。


 アクはマーヤをどうしようと言うのか。


「えっ、そ、それは・・・」


 生真面目なエラスは自分の心に嘘をつくことができなかった。


 そのエラスの動揺ぶりにアクは不機嫌になる。


「なんだ、お前、手を出したのか?」


 アクは顔を突き出すようにして、グッとエラスに近づいた。


「い、いえ、まったくそんなことはありません」


 アクの顔を見上げ、エラスは必死に恐怖心と闘っていた。


 エラスのその言葉を疑う者はいない。


 誰が見てもエラスは奥手な人間だからだ。


 アクはふーっと息を吐いて、その顔に笑みを浮かべる。


 そして、


「シールは俺の女だ。そして、妹のマーヤもだ」


 アクはそう言い放ったのだった。


 エラスはその言葉に目を見張って驚いた。


 そ、そんな・・・


 驚いたのはエラスだけではなかった。


 アクの隣に立つキキアも驚いてアクを見る。


 後ろに立つルドスは手に持っていたオランジをポトリと地面に落とした。


「おい、アク、何言ってるんだ?妹のマーヤは関係ないだろ」


 キキアはそう言ってアクを非難し、


「ついでに言うと、シールもアクの女ではない」


 ルドスは静かにそう呟いた。


 エラスはタヌとラウルを滅多打ちにしたアクの恐ろしさを知っているので、アクは力づくでも姉妹を手に入れるつもりだろうと思った。


 それはエラスにとって恐ろしいことだった。


「お前ら、ガタガタうるさいんだよ。いつも言ってるだろ。俺は欲しいものは力づくでも手に入れるって」


 アクはキキアとルドスに向かってそう吐き捨て、苛立ちをみせた。


 呆れた表情の二人に構わず、アクはエラスに視線を戻す。


「わかったな、エラス」


 アクが同意を求めると、エラスは勇気を振り絞って反論を試みるのだった。


 ここで言わなきゃ一生後悔すると思った。


「しかしアク様、シールにせよ、マーヤにせよ、二人ともアク様の生徒ではないですか」


 エラスは声が震えないように気をつけながら、そうアクに意見した。


 アクはムッとし、


「だから何だ?」


 と不機嫌に聞き返す。


 エラスはふーっと息を吐いて気持ちを落ち着かせ、


「二人はまだまだ子供です」


 はっきりとそう答えた。


 その瞬間、


 ボコッ!


 アクの鉄拳がエラスの左頬を強打し、


 ドサッ!


 エラスは仰け反って後ろ向きに倒れたのだった。


「俺は変態じゃねぇ!」


 アクは鼻息荒く、そう怒鳴っていた。


 エラスは一瞬何が起こったのか理解できなかった。


 気づいたら地面に仰向けに倒れていて、そこに殴られた頬の痛みと、背中に地面のごわごわとした感触があったのだった。


「俺が子供に手を出すとても思ってるのか。お前、舐めたこと言ってると殺すぞ」


 アクは怒りの眼差しでそう吐き捨てる。


 エラスは左頬を押さえながら、ふらふらと立ち上がると、


「すみません」


 と謝罪し、深く頭を下げた。


 教官に下手に逆らったら、タヌやラウルと同じように背信の罪に問われかねない。


 そう思ったら、恐怖しかなかった。


「手を出すのはあの二人が養成所を出てからだ」


 アクはそう言って、自分が変態ではないことを訴えるのだった。


 アクにとって変態呼ばわりされることは、そのプライドが許さないことだった。


「あの二人の気持ちはどうなるんですか」


 エラスが食い下がると、


「お前、この二人と同じこと言うんだな」


 アクはバカにするようにキキアとルドスに目をやり、それから、


「気持ちなんて関係ない。お前も爬神教を学んでいるならわかるだろう。すべては力だ。力のある者がすべてを手に入れるのだ」


 と、爬神教の真髄を力説するのだった。


 たしかに、爬神教が教えているは〝力こそすべて〟だった。


 アクの言葉に間違いはなかった。


 エラスの気持ちは揺れた。


 自分が信じて疑わない爬神教の絶対的な教えに、今、絶望させられている自分をどう受け止めて良いのかわからなかった。


「・・・」


 うなだれるエラス。


「お前も手に入れたいものがあれば、力をつけるんだな」


 アクは小心者のエラスを蔑むように見、そう挑発的な言葉を浴びせた。


 そんなアクをキキアが(いさ)める。


「アク、お前は力づくで手に入れる前に、相手から愛される努力をしろよ」


 キキアはそう言って、アクの強引さに不快感を露わにする。


「キキアに賛成だ」


 ルドスはキキアに同意し、木に実るオランジを一つもぎ取った。


 エラスは二人に親近感を覚えた。


 アク様の友達だからといって、悪い人ではないんだな・・・


 と、どこか安心した。


「お前ら、甘っちょろいぞ」


 アクは聞く耳を持たない。


「エラス、忘れるなよ。手を出したら殺すぞ!」


 アクは殺気だった目でエラスに凄んでみせる。


 アクの目に宿る殺気は間違いなく残酷で、従わない者の命を平気で奪うものだった。


 シールとマーヤも思い通りにならなかったら、殺すつもりなのかも知れない。


 そのアクの冷酷な目付きに、エラスは底知れぬ恐怖を感じた。


 このままではシールとマーヤが危ない・・・僕が二人を守らなくちゃ・・・


 そのためには、この目の前にいる残酷な男を倒さなければならないのだ。


 自分にできるかどうかはわからない。しかし、男として逃げるわけにはいかない。


 こうしてエラスは、命懸けで武術の腕を上げることを心に誓ったのだった。


 その頃、畑に集合したみんなはエラスを待っていた。


 エラスが果樹園にいるなんて誰も思っていないから、当然、果樹園にいるエラスに気づくこともない。


 みんなはただひたすら畑の前でエラスを待ち続けているのだった。


「遅いな、エラス」


 気難しいガスクはイライラしていた。


「どうしたんだろうな」


 スレイはエラスの生真面目さを知っているので、本気で心配し始める。


「結構前に、部屋から勢い良く飛び出して行ったんだけどな」


 レレがそう言うと、トマスはわざとらしく首を傾げ、


「勢い余って川にでも落ちたかな」


 そう言って笑うのだった。


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