〇四八 三傑の交わり
「おい!」
ギルが怒鳴るが早いか、肩に担いでいた袋は手から奪われ、いつの間にかその赤褐色の霊兎の手に握られていた。
ここからが本番だ。
「てめぇ!」
ギルはカッとなって赤褐色の霊兎を睨みつけた。
ギルの隣を歩いていたヒーナもギルの後ろに立って赤褐色の霊兎を睨みつける。
「これは返してもらうよ」
タヌはそう言って微笑んだ。
「残念だったな」
タヌの横に立つラウルはそう言って肩をすくめる。
二人とも笑みを浮かべて平然としていた。
へぇー、根性だけは座っているようだな・・・
ギルはそんな風に二人を見、そして二人のその余裕の態度が癪に障る。
今までギルに睨まれてビビらない霊兎はいなかったからだ。
「お前ら・・・」
ギルは二人を鋭く睨みつける。
—あの二人はお前より強いぞ。
バケじぃのその言葉が蘇ってきて、怒りがこみ上げてくる。
—俺より強い奴がいるわけねぇだろ。
ギルがそう言い返したら、
—なら、自分の目で確かめるといい。
そう言われ、二人をぶちのめすためにこうして誘き出したのだった。
「ヒーナ、下がってな」
ギルの言葉でヒーナは後ろに下がる。
「これは盗んだものだろ。返してもらうぜ」
ラウルがそう告げると、その後を継いで、
「今日のところは許してやるから、もう二度と人の物を盗んじゃだめだよ」
タヌが諭すように言う。
そんな二人に、
「ふん。それはさっきのおっさんに取り戻すって約束したものだ。お前らが返してくれるなら手間が省けるってもんだ」
ギルはそう吐き捨てるのだった。
その返事に、
「うん?」
タヌはポカンとした顔をし、
「は?」
ラウルは目をパチクリさせた。
この亜麻色の霊兎は何を言ってるんだ?
二人ともそんな顔をしてギルを見ていた。
「うるせぇ、お前ら、ぶっ殺してやる!」
ギルはそう怒鳴りながら腰に下げた剣を抜くと、
ビュンッ!
鋭くタヌに斬りかかった。
「えっ」
タヌはすっと後ろに跳んでその切っ先を躱したが、危うく斬られるところだった。
只者じゃないぞ、この人・・・
そう思った。
ラウルもギルの太刀を見て緊張した。
今まで見たことのない鋭い太刀筋だった。
油断したら殺られる・・・
そう思った。
ギルはギルで最初の一太刀があっけなく躱されたことに驚いていた。
—一緒に高め合っていくんじゃ。そうすればお前もあの二人に負けないはずじゃ。
バケじぃの顔が浮かんできて、ムカついた。
ギルの太刀が躱されたことに驚いたのはヒーナだった。
今までギルの一太刀を躱せた者など見たことがなかったからだ。
「剣を抜きな」
ギルは言う。
だが二人は丸腰だった。
「見ての通り丸腰だ」
タヌがそう返すと、
「ちっ」
ギルは剣を鞘に収め、
「これならいいだろ!」
そう言ってタヌに殴りかかるのだった。
ブンッ!ブンッ!
ギルの打撃は凄まじく、タヌは最初の二発は躱すことができたが、
ドンッ!
三発目を肩に食らってしまう。
「いったっ!」
タヌは慌てて後ろに跳んで手に握る布袋をそっと道の端に置くと、
「ちょっと本気ださなきゃダメみたいだね」
そう言って苦笑いした。
その余裕の態度が許せなかった。
一番強いのは俺だ・・・
「舐めんな!」
ギルは怒鳴り声を上げ、タヌに襲いかかる。
ブンッ!ブンッ!ブンッ!
ギルの打撃は鋭く激しかったが、タヌは涼しい顔をし、それをすっすっと事もなげに躱していく。
その様子を見守るラウルの眼差しは楽しげだ。
ヒーナは目の前で繰り広げられている光景が信じられなかった。
思わずギュッと両手の拳を握り締め、その場に立ち尽くすのだった。
なんなんだ、こいつら・・・
あの無敵のギルがまるで子供のように扱われている。
バケじぃの言ってた通りだ・・・
ヒーナは得体の知れない存在に遭遇し、初めて恐怖というものがどういうものかわかった気がした。
「もういいだろ、タヌ」
ラウルがそう声をかけると、
「それなら、この人に言ってよ」
タヌはそう返して苦笑いを浮かべ、右手の人差指でギルをちょんちょんと指差した。
そこにある余裕。
「ふざけるな!」
ギルは怒りに任せてタヌに殴りかかる。
ブンッ!ブンッ!
止めそうもないギルを見て、
「仕方ないな」
ラウルはため息をつくと、そっとギルの背後に回り羽交い締めにした。
それは、あっという間の出来事だった。
「なんだ!貴様!離せ!この野郎!」
ギルは突然羽交い締めにされ、怒鳴り散らす。
ギルは並みの霊兎ではない。
ラウルが羽交い締めにした瞬間、猛烈に暴れて抵抗し、
ダンッ!ダンッ!ダンッ!
ラウルは民家の石塀に背中から何度も叩きつけられた。
「くっ・・・なんだこいつ」
ラウルは驚き、背中に受ける衝撃に顔をしかめる。
「油断禁物だよ、ラウル。この人、凄いよ」
そう言いながら、タヌは殴られた肩をさする。
ギルの打撃はやはり強烈だった。
タヌはラウルに羽交い締めにされてもがくギルを、真剣な眼差しで見つめた。
ギルの相手をしながら、その繰り出す拳の一撃一撃に何か感じるものがあった。
只者ではない何か。
自分やラウルに共通する何かを、ギルから感じていたのだった。
しばらく暴れた後、
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
ギルはやっと動くのをやめた。
力尽きたギルは、ラウルに抱えられたまま膝からガクッと崩れ落ち、ラウルがゆっくりと羽交い締めを解くと、横向きに地面に倒れたのだった。
そんなギルにラウルは声をかける。
「お前、只者じゃないな」
ギルは倒れたまま動かない。
全身全霊の力を込めて暴れたので、言葉を発する力も残っていなかった。
タヌは少し離れたところで立ち尽くすヒーナに近づき声をかけた。
「この人、仲間なんでしょ?」
タヌに声をかけられ、はっとするヒーナ。
「・・・」
ヒーナは黙ってタヌを睨みつける。
ヒーナのその自分を敵視する眼差しに、タヌは一瞬困った顔をするが、
「これ、返すつもりで盗ったんだよね?どういうこと?」
そう優しく尋ねる。
だが、
「知るか」
ヒーナは不機嫌にそっぽを向くだけだった。
そのヒーナの仕草は、不思議とマーヤを思い出させるものだった。
タヌは親しみを込めた笑みを浮かべ、
「よくわからないけど、あの人のことよろしくね」
そう言ってヒーナの頭を優しくポンポンと叩く。
「えっ・・・」
ヒーナは驚いて顔を上げた。
頭に触れたタヌの優しい手の感触に、ヒーナの胸がキュンと締め付けられたのだ。
自分をこんな風に優しく扱った人などいなかった。
ヒーナはタヌの笑顔を驚きの表情でまじまじと見つめてしまう。
「俺の名前はタヌっていうんだ。あいつはラウル」
タヌはそう言ってラウルをチラッと目を向ける。
「・・・」
目の前にある笑顔。
その笑顔があまりにも無防備で、その目があまりにも透き通っていて、それに心が奪われてしまってヒーナは返事ができなかった。
返事をしない娘に、タヌは諦めるように頭を掻くと、
「俺、ちょっと馴れ馴れしかったかな」
と自嘲し、それから真っ直ぐにヒーナの目を見て、
「またね」
と言うと、背を向けラウルの元へ向かった。
ヒーナは去りゆくタヌの背中を目で追いながら、ここで別れるのが寂しいような、そんな不思議な感情を抱いている自分自身に狼狽えるのだった。
「ラウル、行こう。おじさんも待ってるし」
タヌはギルの傍らに立つラウルにそう声をかけると、路端に置いた袋を拾い上げ歩き出した。
「うん」
ラウルはそう応え、
「おれ、ラウルっていうんだ。あっちがタヌ」
亜麻色の霊兎にそう名乗ってから、タヌを追った。
ギルは動かない体を無理やり動かして上体を起こすと、去っていく二人の背中に向かって叫んだ。
「ギル!俺はギルっていうんだ!」
その叫び声に二人は振り返ると、タヌは右手を軽く上げて応え、ラウルは嬉しそうに頷くのだった。
二人の背中が路地から外周道へと消えて行くと、ギルは仰向けに倒れ、空を眺めた。
そこにヒーナが駆け寄って、
「ギル、大丈夫?」
心配そうに声をかける。
ギルはチラッとヒーナを見て清々しい笑顔をみせた。
「すげぇ奴らだな」
そのギルの口振りにヒーナは安堵し、その顔に笑みを浮かべる。
そして、
「うん」
小さく頷き、ギルの傍らに座り込むのだった。
路地の交差点は人通りがほとんどなかったけれど、それでも何人かの通行人は二人を怪訝な眼差しで一瞥し、二人を避けるように、その横を通り過ぎていくのだった。




