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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇四六 ドリルの昇進


 ラドリア精鋭養成所。


 コンクリの執務室にドリルはいた。


 窓から差す光が、室内を光と影とに柔らかに分断していて、コンクリはその降り注ぐ光の向こう側に座っている。


 ドリルは光の側に立ち、少し俯きがちにコンクリに向かって立っていた。


「イスタルから連絡があり、今年も献上の儀式開催を告げるリザド・シ・リザドからの使者がお見えになったとのことです」


 ドリルは真剣な面持ちでイスタルからの情報を伝えた。


「・・・」


 コンクリはその情報に思うところがあるのか、目を閉じ、ふーっと長い息を吐く。


「イスタルをはじめとする他の都市は、毎年献上の儀式を行っていますが、我がラドリアではあれ以来行われていません。今年こそはと思っておりましたが・・・爬神様が何を考えているのか、私には理解できません」


 そう言ってドリルが悔しそうな顔をすると、コンクリは静かに目を開けて何も映っていない瞳でドリルを見、


「献上の儀式をどう行うかは、ミザイ・ゴ・ミザイが神のお告げにより決めるものだ。つまり、すべては神の意志なのだ」


 と、自らの見解を述べた。


 だが、


「神の意志ならば受け入れるまでのことですが、我がラドリアでは、献身者に選ばれ、ドラゴンに我が身を捧げたいと望む者たちが今か今かとそのときを待ち望んでおります。あれからもう五年も経っていることを考えますと、一刻も早く、ラドリアで献上の儀式が行われる必要があります」


 ドリルが懸念しているのは、ラドリアの住民が教会に対して不信感を持つことだった。


 兎人(とじん)の最高の喜びは献身者に選ばれることだ。


 それが兎人にとって最高の幸せなのだ。


 献身者に選ばれドラゴンにその身を捧げること、爬神様に食されること、この二つが天国に入る条件とされているのだが、献身者は天国の中でも至高の場所に行けると信じられているのだった。


 だからこそ、献身者に選ばれる機会が失われるということは、ラドリアの住民にとって失望以外の何ものでもなかった。


 爬神教は天国へ導いてくれる教えであり、天国と兎人を繋ぐパイプなのだ。


 教会がそのパイプの役目を果たさないとなれば、当然、教会に対する不信感も募ってくる。


 献上の儀式が他の都市で毎年実施され、ラドリアで実施されないのであれば、それはラドリアの教会に何か問題があるのではないか、住民がそう考えてもおかしくはない。


 ドリルはそれを懸念しているのである。


「お前の言いたいことはわかっている。しかし、それが神の意志であり、ミザイ・ゴ・ミザイの望むところなのだろう。五年前の出来事を許しているにも拘わらず、あえてラドリアで献上の儀式を行わないことで、その不満は最高兎神官(としんかん)であり、ラドリアを統治している私に向かう。ミザイ・ゴ・ミザイの狙いは私の権威を失墜させることにあるのかも知れない。そうならば、それは神が私に与えた罰として、受け入れるしかないのだ」


 コンクリは厳しい眼差しでそう言い、片頬に微かな笑みを浮かべる。


 神から罰を与えられていると言いながら、不敵な笑みを浮かべるコンクリに、ドリルはゾクッと背筋が寒くなる。


「コンクリ様に罰を与えるとは(ひど)い仕打ちです」


 ドリルは心にもないことを言ってさりげなくコンクリを持ち上げてみせる。


 ドリルの作られた神妙な表情、媚びるような物言い、胸の前で手もみをする仕草、その一つひとつをじっと見ていたコンクリは、ふんっと鼻でそれを笑い、それから鋭い目つきでドリルを見つめた。


「ドリルよ」


 コンクリは低い声でドリルの名を呼ぶ。


 その厳しい声音にドリルは緊張し、


「はっ」


 と短く応え、背筋を伸ばした。


「イスタルでの献上の儀式が終わったら、お前はイスタルへ行くがよい」


 コンクリは淡々とした口調でドリルにそう命じた。


「えっ」


 コンクリのその言葉にドリルの顔が引きつった。


 ラドリアからイスタルへ行くということは、左遷としか考えられない。


 ドリルはコンクリを真っ直ぐに見つめ、


「それはどういうことでしょうか」


 と尋ね、その意図を確かめる。


 しかし、コンクリは何も答えなかった。


 その無言の沈黙に耐えられず、


「献上の儀式が終わってからイスタルに行くのですか?それにはあまり意味があるとは思えないのですが・・・」


 ドリルは恐る恐る意見を述べる。


「・・・」


 コンクリは半眼になって宙を見つめていた。


 しばしの沈黙の後、コンクリは目を見開くと、すーっと大きく息を吸い、ふぅーっと静かに長い息を吐いた。


 そして、


「統治兎神官としてイスタルを治めよ」


 コンクリは真顔の表情を変えずにそう告げたのだった。


 統治兎神官とは、最高兎神官コンクリの命により各都市を治める兎神官のことで、最高兎神官の次にくる聖職だった。それはドリルが喉から手が出るほど欲しい役職だった。


「まさか・・・」


 ドリルは目を見張ったまま固まってしまう。


 これは聞き違いではないのか?・・・


 それがドリルの心の声だった。


「・・・」


 ドリルはあまりのことに言葉を失ってしまう。


 コンクリはそんなドリルを冷ややかに見つめた。


「献上の儀式を花道として、現イスタル統治兎神官であるコンランは退官させる。その後を、お前が継ぐがよい」


 コンクリが穏やかな口調でそう告げると、ドリルは落ち着きを取り戻し、自分の置かれた状況を理解することができたのだった。


 ドリルは至極緊張し、


「はっ」


 と背筋を伸ばして応え、統治兎神官としてイスタルへ赴くことを受け入れた。


「お前に統治神官としての名を授けよう」


 コンクリが冷たい眼差しのまま、固くなっているドリルにそう告げると、


「はっ」


 ドリルは改めて緊張するのだった。


 そして、その胸には抑えきれないほどの喜びが溢れてくるのだった。


 統治兎神官としての名前をコンクリから授けられるのは、兎神官の中でもわずかな人間しか味わえない名誉なことだった。


 その喜びをドリルは噛み締める。


「イスタルへ赴任するのに合わせ、〝コンドラ〟と名乗るがよい」


 コンクリはそう言ってドリルに新しい名前を授けた。


 コンクリのその厳しい視線、突き放した言い方に、ドリルは気づかない。


 統治兎神官の地位を手に入れたこと。


 ドリルはそれだけで頭も心も喜びで一杯だった。


 体が小刻みに震えるほどの感激にドリルは浸っているのだった。


「有難き幸せに存じます」


 ドリルは感謝の意を示し、深々と頭を下げる。


「下がってよい」


 コンクリが感情のない口調でそう告げると、ドリルは「はっ」と敬礼をし、コンクリの執務室を後にした。


 ドリルが去ると、執務室は静謐に満たされた。


 物音のしないひんやりとした空間。


 コンクリは厳しい目つきで宙を見つめ、何かを深く考える。


「世界を変える、そのきっかけとなるがいい・・・」


 コンクリはそう呟いて、静かに目を閉じた。


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