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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇四五 可愛い一人娘、ナーラ


 新世界橋から南西へしばらく行ったところに、テムスの農園はあった。


 そこではキャブツやネラ、タムネギなどの野菜やミコンやリモンなどの果物が生産されている。


「おじさん、これ荷台に置けばいい?」


 キャブツで一杯のカゴを背負ったタヌは、額の汗を拭うことなくテムスに声をかける。


 タヌが着ている長袖の作業着と厚手のズボンは、三年前一緒に暮らす事になったときにテムスの妻ラーラが新調してくれたものだ。


 大分大きめに作られた作業着が今ではちょうど良いサイズになっている。


 農園の入り口に停められた荷馬車の点検をしていたテムスはタヌに振り返ると、


「ああ。荷台に適当に置いといてくれ。私の方で奥に詰めとくから」


 そう応じて笑顔をみせる。


「はーい」


 そう言ってタヌは背負っていたカゴを荷台の上に置いた。


 今朝収穫したキャブツの最初のひとカゴ目だ。


 そこにラウルもカゴを背負ってやって来た。


「ラウル、カゴは荷台の上に適当に置いたらいいってさ」


 タヌがそう声をかけると、


「今日はいつにも増して大量だ」


 ラウルはそう返して苦笑いを浮かべる。


 そのラウルの額にも汗が光っている。


「足腰が鍛えられて一石二鳥だな」


 タヌはそう言って笑う。


「そう思って頑張るしかないさ」


 ラウルは背負っていたカゴを荷台に置くと、「ふーっ」と息を吐き、額の汗を拭った。


「よし、どんどん運ぼう」


 タヌは足早に畑へ戻っていく。


 キャブツ畑は農園の入り口にある果樹園の向こう側にあって、そのキャブツ畑にはすでに収穫されたキャブツがカゴに入れられ、一定間隔で置かれているのだった。


 それは夜が明けない暗い時間から、タヌとラウルが頑張った結果だった。


 タヌがキャブツを刈り取り、それをラウルがカゴに入れていくのだが、二人とも屈んでの作業だったので、二人の足にはだいぶ疲れがきていた。


 それゆえに、キャブツで一杯の重いカゴを背負って荷馬車まで運ぶのは、なかなかのキツイ作業だった。


「おじさんは無理しなくていいからね」


 ラウルはそうテムスに声をかけると、タヌの後を追ってキャブツ畑に向かった。


 三年前、ラドリアの護衛隊隊長ミカルのツテで、二人はテムスの元に預けられることになって、今こうしてテムスの仕事を手伝っている。


 テムス夫妻の優しさと包容力もあって、二人はすぐにイスタルでの生活に馴染むことができた。


 キャブツ畑に急ぎ足で向かうタヌとラウルの後ろ姿を見つめるテムスの眼差しは、我が子を見つめる父親のものだった。


 朝の日差しが降り注ぐ中、果樹園の木々が爽やかな風に吹かれ、


 ざわざわざわ・・・


 葉擦(はず)れの音を心地よく立てる。


 テムスが荷馬車の準備を終え、荷台の後方に向かって歩いていると、そこに馬に乗った若い娘がやってきた。


 その娘は(つや)のある白髪(しろかみ)を肩まで伸ばし、目鼻立ちのはっきりとした顔をしていて、深い赤色の瞳が彼女の美しさを際立たせているのだが、それでいて謙虚な優しい雰囲気を(まと)っているのだった。


「パパ、朝食持ってきたわよ」


 娘は馬上からそう声をかけながら、背中に背負った布袋を体を捻るようにしてテムスに見せると、テムスの返事を待たず馬繋場に馬を繋ぎに行った。


「ナーラ、右の杭はグラグラするから、そこはダメだぞ」


 馬を降り、手綱を引いて歩く娘にテムスはそう声をかけた。


 ナーラはテムスの十八歳になる一人娘だ。


「了解!」


 ナーラは快活に応えて馬を真ん中の杭に繋いだ。


 テムスはナーラが馬を繋ぐのを確認してから荷台に上がり、タヌとラウルが置いたカゴを荷台の奥に移動させた。


 ナーラは軽やかな足取りで荷馬車の後ろに来ると、


「パパ、はい」


 朝食のパンとサラダの入った袋を掲げてテムスに差し出した。


「ありがとう、ナーラ。いつも悪いね」


 テムスは袋を受け取ると、畑の方に目をやって果樹の隙間からタヌとラウルを探す。


 二人はキャブツのカゴを背負ってこちらに向かって来るところだった。


「なんてことないわ。パパたちみたいに暗いうちから仕事をする方がよっぽど大変だもん。私にできるのは朝食を持ってくる事くらいだから」


 ナーラは笑顔で応える。


 テムスにとってナーラは自慢の娘だった。


 気立ての優しい性格で、誰からも愛されている。


「ナーラ、おはよう」


 キャブツを背負ったタヌがナーラに気づいて挨拶をし、そのすぐ後ろにいるラウルも「おはよう」と挨拶をした。


「タヌ、ラウル、おはよう。今日も頑張ってるわね」


 ナーラは二人に労いの言葉をかけ、爽やかな笑顔をみせる。


 タヌやラウルにとってナーラは姉のような存在で、その明るい性格と相手のことを常に想いやる優しさを二人は愛さずにはいられなかった。


 タヌとラウルがテムスの家に預けられたとき、ナーラが二人を温かく迎え、すぐに姉弟のように接してくれたからこそ、二人は寂しさや不安を感じることなく、自然にテムスの家に馴染むことができたのである。


「もちろん、頑張ってるよ」


 タヌはそう言って笑顔を返す。


「俺も」


 と応え、ラウルも笑顔をみせる。


 二人が背負っていたカゴを荷台に置くと、


「ひとまず朝食にしようか」


 テムスは屈んで朝食の入った袋をタヌに渡し、荷台から飛び降りた。


 タヌは袋を受け取ると、


「お腹すいたぁ」


 そう言いながらラウルと共に井戸に向かった。


 手を洗うためだ。


 農園を囲む柵に沿って五十メートル程歩いた先に、井戸はあった。


 井戸に向かう途中にドアのない物置小屋があって、その中にテーブルと椅子が置いてある。


 それを外に出し、テーブルの上に朝食の入った袋を載せてから、二人は井戸に向かった。


 その二人の背中を眺めながら、テムスはナーラに声をかける。


「今日もソドスのところを手伝いにいくのかい?」


 テムスは少しからかうような目でナーラをチラッと見て、ニンマリと笑顔になる。


 その仕草が何か秘密めいたことを匂わせていた。


 それがテムスの愛嬌だった。


 そんなテムスにナーラは胸を張って答える。


「もちろんよ」


 そのナーラの喜びに満ちた笑顔を見て、テムスも幸せな気持ちになるのだった。


 ソドスはナーラの幼馴染みで許嫁だ。


 ソドスが一人前になったら二人は結婚するつもりだ。


「あ、そうだ」


 ナーラは何かを思い出したように声を上げると、


「パパ、先行ってるね」


 テムスにそう言って井戸に向かう二人を追って走り出した。


「タヌー、ラウルー」


 ナーラの呼ぶ声に二人が振り返ると、そこに、朝の柔らかな陽射しに照らされて輝くナーラの笑顔があった。


 そのナーラの無防備な笑顔に自分たちに対する愛情のようなものを感じて、タヌとラウルは何とも言えないくすぐったい気持ちになる。


 二人は井戸で手を洗いながらナーラを待った。


 ちょうど二人が手を洗い終えたとき、ナーラは二人の前に辿(たど)り着いた。


「ナーラ、どうしたの?」


 ラウルが声をかけると、ナーラは二人を見てニコリと笑い、


「二人にプレゼントがあるの」


 そう言ってスカートのポケットに手を入れる。


 タヌとラウルがキョトンとした顔でその様子を見ていると、


「ちょっと待ってね」


 ナーラはそう言いながら、ポケットの中から綺麗に折りたたまれた二つの布を取り出した。


 そして、


「はい、こっちがタヌで」


 まずタヌにそれを手渡し、


「こっちがラウルね」


 続いてラウルにそれを手渡した。


 その布は黒色の布だった。


「なにこれ?」


 二人が声を合わせて首を傾げると、ナーラは待ってましたとばかりに、


「バンダナよ」


 笑顔でそう告げたのだった。


 それがバンダナだとわかると、


「へぇー」


 ラウルは物珍しそうにそれを見、


「なるほど」


 とタヌは呟いた。


 二人はそのバンダナをどう使えばいいのか想像できなくて、どう感謝していいかわからなかった。


 そんな二人を見てナーラはクスッと笑う。


「あなたたち、時間を見つけては剣術だとか弓術だとか、あと何の修行なのかよくわからないけど、色々真剣に取り組んでるでしょ。それ見てたら不思議なことに、二人がバンダナを腕に巻いて戦っている姿が目に浮かんで来たのよね」


 ナーラがそう説明すると、二人はやっとバンダナの意味を理解し、


「そうなんだ。それは嬉しいなぁ・・・ありがとう」


 タヌはそう言って感謝し、


「ありがとう、ナーラ」


 ラウルもプレゼントを喜んだ。


 ナーラは二人の反応を喜び、


「そのバンダナには刺繍を施してあるのよ。広げてみて」


 自慢げにそう言って二人を急かした。


 二人はバンダナを広げると、その真ん中に大きなバラの刺繍がされているのを見つけた。


 そのバラの細かな刺繍の美しさに、


「わぁ、すごーい」


 タヌは声を上げて喜び、


「すごく綺麗だね」


 ラウルはしみじみと呟き、そして、胸が締め付けられるのだった。


 ラウルは母の面影のようなものをそのバンダナに見ていたのだった。


 母の形見のハンカチーフは失くしてしまったけど、その代わりにこのバンダナを大切にしようと思った。


 タヌは目の前で大きくバンダナを広げ、黒地の真ん中にある大きな赤色の美しいバラを見つめながら、


「ほんと綺麗なバラだ。ナーラ、これ、大切にするね」


 改めて感謝の気持ちを伝えた。


「俺もこのバンダナは大切にする。絶対にする」


 ラウルはそう言い、気持ちのこもった眼差しで青色のバラを見つめた。


 ラウルのその目にはうっすら涙が浮かんでいた。


「あなたたち大袈裟よ。でも、嬉しいわ」


 ナーラは茶目っ気たっぷりな笑顔をみせる。


 その笑顔の美しさは、そのときは意識しなかったが、二人の心にいつまでも残るものだった。


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