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ラビッツ  作者: 無傷な鏡
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〇四二 暗室の戦い


 部屋の中は真っ暗で何も見えない。


「わっ」


 驚いて小さな悲鳴を上げたのはテムスだった。


 それからすぐに微かな衣擦れの音がして、複数の人の気配が四人を取り囲んだ。


 それは従者三人だけのものではなかった。


「すみません。真っ暗で何も見えないのですが、どうなっているのでしょうか」


 怯えるテムスは暗闇に向かって尋ねる。


 タヌはそっと背負っているカゴを下ろし、取り囲む気配に意識を向けた。


 ラウルとギルの二人もタヌと同じくカゴを下ろすと、呼吸を整え、取り囲む気配に意識を集中させた。


 三人は懐にしまってあった作業用の小さなナイフをしっかりと握る。


「おじさん、伏せて」


 タヌは小声で前にいるはずのテムスに声をかける。


「無駄な抵抗は止めなさい」


 暗闇から老婆の声が聞こえた。


「抵抗しなければ、楽に死なせてやるから」


 老婆はそう言い、


「ふふふ」


 と笑う。


「こ、これは、一体どういうことなんでしょうか」


 テムスがおどおどと尋ねると、


「今日の食材はイスタル産の美味しい野菜に果物、そして、霊兎の肉ってことさ」


 老婆はそう言って微かに舌舐めずりの音を立てるのだった。


「なっ・・・」


 テムスは驚きのあまり言葉を詰まらせ、


「烏人が兎人を食べるなんて聞いたことないぞ」


 ギルが声を荒げる。


「私も聞いたことないねぇ」


 それは嫌らしい言い方だった。


「何言ってるんだ、お前」


 ギルは耳を疑った。


 こいつ、楽しんでやがる・・・


 そう思った。


「これから流行らそうかと思ってね。〝万病に効く霊兎の肉〟ってのはどうだい?」


 からかうような老婆の声に、ギルは(はらわた)()えくり返る。


「我々兎人を食していいのは、ドラゴンと爬神様だけです。あとは罪を犯した霊兎が蛮兵の餌になるぐらいで、烏人が兎人を食べることは許されていないはずです」


 テムスが暗闇に向かって懇願するように訴えると、


「私たちが兎人の肉を食べるのは、あくまで秘儀として行うものだからねぇ。公にはされないから、爬神様に知られることもないわね」


 老婆は余裕綽々にそう言い放つのだった。


 それから、


「ふふふ」


 という老婆の笑い声が、暗闇の中に響いた。


 老婆はおそらく部屋の外にいる。


 タヌ、ラウル、ギルの三人は息を殺し、気配を殺す。


 取り囲む人間は剣を持っているようだ。


 動きがあれば、テムスが危ない。


「そ、そんな・・・」


 テムスは力なくうなだれる。


「おじさん、伏せて」


 タヌは改めてテムスに声をかけるが、テムスには聞こえていなかった。


「爬神様にとって兎人はごちそうだよ。ドラゴンにとっては神聖な餌だし。つまり、兎人は聖なる食べ物ってことだわね。それはつまり、兎人の肉を食べることで、私たちも爬神様に近づくことができるってことじゃないかしら」


 老婆の嫌らしい声が室内に響き渡る。


 老婆は怯えるテムスとの会話を楽しんでいるようだ。


「どうかお見逃しください。私は構いません。どうか、若い三人は逃がしてやってください」


 テムスは声を震わせ訴えた。


「あんた、バカだねぇ。若い肉ほど美味しいに決まってるじゃないか。あんたは逃がしても、若いのは逃がさないよ!」


 老婆の声に容赦はなく、テムスの心に冷たく突き刺さる。


「そ、そんな・・・」


 テムスはこの老婆を疑わなかった自分の愚かさを悔やんだ。


 若い三人を巻き込んだことは、悔やんでも悔やみきれないことだった。


「それに、あんたたちで何人目だと思ってるんだい。兎人はお人好しなのか、バカなのか知らないけど、ホイホイ付いてくるんだよねぇ」


 その声音、その言い方、老婆の(さげす)みの笑顔が見えるようだ。


 ギルにはそれが許せなかった。


「お前、許さないからな」


 ギルはそう吐き捨てる。


「イスタルでは人が行方知れずになっても当たり前なのかねぇ。何人食べても、また次の獲物がほいほい引っかかるんだから、楽しくてしょうがないわ」


 たしかに、イスタルでは神隠しのように消える者が少なからずいた。


 しかも、一家まるごと消えてしまうケースもあった。


 こういう背景があったから、サムイコクに渡った兎人が消えたとしても、烏人が疑われることはなかったし、そもそも消えた兎人がサムイコク側で消えたかどうかの確認のしようもなかった。


 新世界橋の両岸にある検問所は、入境する他人種族の人間を確認するだけで、出境時の確認は行っていなかった。


 確認しなくても、みんな帰るからである。


 遅れる者はいても、帰らない者はいない。


 だから出境時の確認は必要なかった。


 つまり、イスタル側(霊兎族側)の検問所では、サムイコク側(賢烏族側)へ渡る兎人の確認はしないし、サムイコク側から戻って来る兎人の確認もしていないということになる。


 そういうわけで、たとえサムイコク側で兎人が失踪したとしても、烏人はそれに気づかないし、兎人にしても、サムイコク側で兎人が失踪するなんて思ってもいないので、消えた兎人はすべて神隠しとして片付けられたのである。


 ちなみに検問所で預かった刃物などは、預けたことを忘れてそのまま帰る者も多く、そのため預かり期限を超えたらただ没収されるだけだった。


「お前、笑えなくしてやるからな」


 ギルはそう言いながら神経を集中させる。


 取り囲む気配の殺気が強くなるのを感じたからだ。


 タヌとラウルもそれを感じていた。


 そろそろだ・・・


 タヌ、ラウル、ギルの三人は身構える。


「おじさん、伏せて」


 タヌはもう一度声をかける。


「何を寝ぼけたことを言ってるのかしら。あなたたちはもう終わりなの。でも、あなたたちの死は無駄にはならないから安心しなさい。あなたたちは私たちの血となり肉となってその役割を果たすのよ。ちゃんと骨までしゃぶって上げるわね。それにね、兎人を食べると本当に元気になるのよ。私もまだまだ長生きさせてもらうわね」


 老婆はそう言うと「おほほほほ」と高笑いをし、それから、


「お腹空いたわ」


 と優しく言い放った。


 それが合図だった。


 四人を取り囲む殺気が一気に襲い掛かってきた。


 その迷いのない動き。


 それは暗闇の中での殺人に慣れた者の動きのだった。


「ぎゃっ」


 テムスの悲鳴が聞こえてきて、ドサッと倒れる音がした。


「おじさん!」


 タヌは襲い来る気配を(かわ)し、床を転がりながらテムスの上に覆いかぶさった。


「うぅ・・」


 テムスは背中を斬られているようだ。


 温かな血の感触がある。


 呻くテムスに、


「じっとしててね」


 タヌはそう優しく声をかけると、すっと立ち上がり、


 ブスッ!


 テムスを斬ったであろう男の喉にナイフを突き刺した。


「ぐえっ」


 悲鳴が聞こえた次の瞬間には、


 シュッ!


 タヌは別の男の首を掻き切っていた。


「ぎゃぁああっ」


 男は絶叫し、その首から吹き出す血がタヌの手を濡らした。


 その生温かな感触。


 ドサッ!ドサッ!


 男が倒れると、タヌは鋭い目つきで闇に目を凝らした。


「おじさん!」


 タヌのその声を聞きながら、ラウルは暗闇に二つの気配を捉えると、


「そこか!」


 と叫んで向かっていき、


 グサッ!


 持っていたナイフで一人の胸を突き刺し、


 バサッ!


 もう一人の腹を裂いた。


「ぐあっ」


「ぎぃあああっ」


 悲鳴に続いて、


 ドサッ、ドサッ!


 人の倒れた音がする。


「相手が悪かったな」


 ラウルはそう吐き捨てると、すぐに周りに感じる気配に襲いかかっていくのだった。


 ギルは暗闇の中で素速い動きをする相手に少しだけ手を焼いたが、その動きに感覚が慣れてくるとすぐに本領を発揮し、持っているナイフで黒装束の男たちの喉を掻き斬り、腹を裂き、次々と倒していった。


 プシュ!グサッ!ブスッ!


「お前ら皆殺しだ」


 ギルはそう吐き捨てると、闇の中の気配を斬り裂いていった。


 目の慣れた三人にとって、暗闇はもはや暗闇ではなかった。


 暗い部屋の中で、黒装束の男たちを次々と倒していった。


 気づけば、


「はぁ、はぁ・・・」


 タヌ、ラウル、ギル、三人の荒い息遣いと共に戦いは終わっていた。


 部屋の中は血の匂いが充満し、黒装束の男たちがゴロゴロと倒れていた。


 呻いている者もいれば、絶命している者もいる。


 タヌはうずくまるテムスに駆け寄り声をかけた。


「おじさん、大丈夫?」


 テムスはそのタヌの声に安心し、


「だ、大丈夫だ・・・」


 フラフラしながらも自力で立ち上がることができた。


「よし、帰るか」


 タヌがラウルとギルにそう声をかけ、入口の扉に向かって歩き出したそのとき、


 ギィ・・・


 と音を立て、その扉が開いた。


 急な光の眩しさに、一瞬視力が失われる。


 目を細めると、光の中にいくつかの人影が見えた。


「もう終わったかい」


 老婆の声がした。


「終わったよ」


 ギルが光に向かって吐き捨てると、老婆の「ひっ」という悲鳴のような声が聞こえた。


「あわわわ・・・」


 老婆は目を見開いて慌てふためいた。


 まさか四人が生きているとは思っていなかったのだろう。


 血だらけで倒れている者、呻き声を漏らして苦しんでいる者は、すべて老婆の部下だった。


「こいつら、気狂いだ!」


 そう震える声で叫ぶと、老婆は従者を連れて逃げ出した。


「気狂いはお前だろ!」


 ギルは光に慣れた目で老婆とその従者の姿を確認すると、


「ラウル、仕留めるぜ」


 とラウルに声をかけ、老婆の後を追った。


「おう」


 ラウルもそれに続く。


 タヌはテムスを支えながら、ゆっくりと外に停めてある荷馬車に向かった。


 タヌが教会の建物から外に出る直前に、


「ぎゃーっ」


 老婆の叫び声が聞こえ、数人の男の悲鳴が聞こえた。


 それですべてが終わったのだった。


 タヌは外の光の下でテムスの背中の傷を確認した。


 テムスの背中の傷は深くはなかった。


 タヌはすぐさま水筒の水でその傷口を洗い、荷馬車に常備してある薬草を傷口に塗り込むと、これまた荷馬車に常備してあるキレイな布を傷口に当て、それを固定させるための包帯でテムスの身体をぐるぐる巻きにし、その上から背中の切れた服をテムスに着せたのだった。


 タヌにも何ヶ所か剣の切っ先が(かす)めた傷があった。


 ラウルも、ギルも、それなりに傷を負っていた。


「あのババァ、さんざん兎人を食べておいて命乞いはするんだからな。あんな浅ましいやつ初めて見たぜ。俺が今殺さなかったら、ああいう奴はまたすぐに兎人を騙して殺すに決まってるんだ。ああいう奴は殺すにしても、もっといたぶって殺すべきだった。俺は優しすぎた」


 ギルは自分の傷を確認しながら、そうブツブツとあの老婆の文句を言うのだった。


 ラウルはそこにギルの優しさを見ていた。


 老婆は泣きながら命乞いをした。その老婆の首を掻き切るときに一瞬躊躇したギルの、そこにあった罪悪感のようなものが、今ギルを饒舌にさせているのだろう。


「まぁいいじゃないか。人間なんて自分のことが一番かわいいんだから、命乞いぐらいはするさ。でも、もしここでお前があの婆さんを仕留めてなかったら、この先どれだけの犠牲者が出てたかわからないからな。殺し方なんてどうでもいいじゃないか。お前はいい仕事をしたよ」


 ラウルはそう言ってギルを(なぐさ)め、


「ギル、よくやったよ」


 タヌも優しく声をかけた。


「言われなくてもわかってるさ」


 ギルは照れを隠すように、ぶっきら棒にそう応える。


 三人が明るく言葉を交わす中、テムスは荷台に座り、放心状態でぼーっとしていた。


 帰りの荷馬車はタヌが操ることにして、一旦ヒシリウ川に寄って身体を洗ってからイスタルに戻ることにした。


 いくら検問所が帰りの兎人をチェックしないとはいえ、返り血を浴びて血だらけの兎人を通すわけがない。


 タヌ、ラウル、ギルの三人は川で服についた血を一旦洗い流した後、どうしても落ちない血痕を目立たなくするために、あえて土を塗り込むようにして服を汚すことにした。まるで農作業で汚れたかのように。


 背中の切れた服を着ているテムスは荷台で横になっててもらえばいい。


 服が少し乾くのを待ってから、荷馬車を新世界橋へと走らせた。


 預けていた剣を受け取り、何食わぬ顔で検問所を抜ける。


 日も暮れ、橋の上を通る馬車の姿は見当たらない。


 遠く前方に、ボンヤリとその気配を感じるくらいだ。


 月明かりが辺りを明るく照らし、聞こえるのはタヌの操る荷馬車のガタガタとした音だけだった。


 そんな穏やかな空気が救いだった。


 荷馬車を走らせ、サムイコクから少しずつ遠ざかっていくと、それだけ安堵(あんど)の気持ちも強くなっていく。


「ここまで来れば大丈夫かな」


 タヌがほっとして胸を撫で下ろした、そのときだった。


「止まれ!」


 人を威圧するような声が前方から聞こえてきた。


 なんだ?・・・


 タヌは声の主を確かめようと暗がりに目を凝らす。


 すると、行く手に道を塞ぐように荷馬車が停められていて、その前に三人の黒髪の若者が立っていた。その恰好は賢烏族のものだった。


 賢烏?・・・


 タヌは三人の若者が賢烏族だと気づいて驚いた。


 タヌが荷馬車をその手前で止めると、


「待ってたぜ」


 真ん中に立つ若者がそう言ってニヤリと笑い、自分の肩の高さに持ち上げた剣を、鞘からゆっくりと引き抜いたのだった。



 


 

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